7. ……悪魔!?
「見ないでぇっ!!! ……お兄ちゃん……みないで……っ…………」
自分の身体を抱くように覆い隠す結衣里。
その頭には小さな鬼のような角が生え、腰あたりから黒くて細長い羽としっぽが伸びていた。
その姿は、まるでコスプレやイラストで見かける小悪魔のようで……
「────、……お、思ったよりも、似合ってるな。可愛いよ?」
状況を飲み込めないながらも、意外にも馴染んでいて可愛らしい結衣里の姿を褒める。
どんな状況であろうと、女の子が目新しい姿を見せたらまずは褒めるべし、という母の教育が生きた瞬間だった。
ゆったりとした濃紺色の半袖パジャマと、そこから覗く細いながらも適度に肉付きのある腕と脚。
今はコンタクトレンズを外して大きめのメガネを掛けており、メガネ姿の小悪魔というのがまた意外な魅力を
似合っているというのは、掛け値なしの本心だった。
「…………引かない、の?」
「いや……引くもなにも、正直状況がよく飲み込めてないというか。……どうなってるの、コレ?」
「わ、わたしが聞きたいよぉ……!」
困惑する司をよそに、結衣里が顔を真っ赤にして羽としっぽをバタつかせる。
コスプレの翼が羽ばたくわけがないし、そもそもこんな時にコスプレ衣装を着るわけがない。
つまりこれは正真正銘、結衣里の身体に生えたホンモノということで……
「ちなみに、いつから……?」
「…………今朝、起きたらこうなってて…………こんなの見られたらお兄ちゃんになんて思われるかって」
「だからあれだけ入るのをイヤがってたのか……」
朝目が覚めたら羽としっぽと角が生えていたなんて、パニックになって当然だ。
というか、この格好のまま一度は学校に行ったのか。
「羽としっぽは自由に動かせるから、体にぴったり貼りつけたら制服に隠せたし……でも角はどうしようもなくて、行き帰りは制帽でごまかせたけど、あとは保健室に直行して……」
「まあ、そうなるよなぁ。ってか、それなら俺や母さんに相談してくれればよかったのに。いや、されたからといって何かできるわけじゃないかもだけど。それでも、一人で抱え込んでどうにかなる問題じゃないでしょこれは」
「…………だって…………こんな、悪魔みたいな身体になっちゃって、もしお兄ちゃんに気持ち悪いなんて思われたらって…………」
小さく縮こまり、肩を震えさせる結衣里。
考えてみれば当然の話だ。
自分の身体に常識ではあり得ない変化が起きて、不安に思わないわけがない。
司はそっと結衣里の肩を抱き寄せて、何年かぶりに頭を撫でた。
「…………お兄ちゃん」
「大丈夫。たとえ誰が何と思おうと、俺は気持ち悪いなんて思わないよ。俺にとっては、結衣里のことが何より一番大事なんだから」
「…………うん」
少しだけ恥ずかしそうにしつつも、結衣里は強張らせた身体の緊張を解いて司の背に腕を回す。
この温もりこそが、2年前のあの日、司が守り抜いた何よりの宝物だ。
何があっても絶対に手放すつもりはないし、たとえ
「それで、体調は? 熱とかは無いのか?」
「うん、それは仮病だから。ただ、色々と生えたから、顔を合わせられなくてウソついてただけで」
「色々と生えたって、その通り過ぎる表現だなおい……でもまあ、元気そうで安心した」
司は苦笑しながら、結衣里を撫でるついでに頭の角に指を触れる。
ほんの数センチの小さな角で、それほど目立たないもののしっかり固い。
結衣里は不安を紛らわせるように司の腕にぴとっと頭をくっつけてきているが、この角のせいで若干痛かったり。
「あ……その、当たってた?」
「まあ、大したことはないよ。にしても、ホントに謎の現象だよ」
こうしているうちにも、背中の羽としっぽはゆっくりとゆらゆら揺れている。
羽は
しっぽは1メートル足らずくらいのごく細いもので、ご丁寧に先端はハートマークのようになっている。
質感はどちらも見た感じすべすべしているが、試しに触れてみると僅かにハムスターを撫でたようなふわふわした手触りがして、正直かなり撫で心地が良い。
「……っ、ひゃん……っ……その、おにいちゃん、くすぐったい、からっ……」
「あ、ご、ごめんっ」
羽はそれほどでもないようだが、しっぽを撫でていると結衣里がぴくりと背筋を震わせたので、あわてて手を離した。
しかし、くすぐったい、つまり感覚が通っているということは、正真正銘このしっぽたちは結衣里の身体の一部になっているということ。
「ちなみに、他に身体に変化はないのか?」
「生えた他には、これといって特には。体調だって元気そのものだし、食欲も全然あるもん。むしろ落ち着かないから、料理したくなってきた。もうすぐ夕方だもんね」
「なんだそりゃ。まあ、変に悩むよりかはいつも通りの方が安心だけどさ」
「うん。お兄ちゃんにくっついてたらちょっと安心しちゃった。ご飯作ってくるね」
「無理はするなよ? 今日は俺も手伝うから。まあ母さんが帰ってきたら相談して……」
と司が呟いたのを聞いて、結衣里が再び顔を曇らせる。
「……あ、その……やっぱり、言わなきゃダメかなぁ……」
「いや、だってもし万が一変な病気とかだったら困るし」
「病気って。悪魔になっちゃう病、なんてあるはずないじゃん。お母さんに余計な心配かけたくないし、イタい子だって思われるのもイヤだし……」
イタい子、ねぇ……と司は部屋を見回す。
結衣里が買い集めたマンガや雑誌が所々散乱した部屋を見て、今更なんじゃ、と思ったが口には出さない。
それに、司たちの母親なら「あら〜、結衣里ちゃん可愛い!」とか言って何事もなく受け入れそうな気さえするのだが。
母・
それでも、結衣里はただでさえ忙しい母親に心配や気苦労をかけたくはないと頑なに言い張った。
おいそれとは受け入れがたい事情が事情だけに、結衣里が言いたくないというのなら、司としては従うのみだ。
「母さんには言わないとしても、これからどうするつもりなんだよ? まさかずっと学校休むわけにもいかないだろ」
「……うん……」
結衣里は黙りこくったまま、司の服の裾を掴んでくる。
本人が自覚しているのかは知らないが、こうする時の結衣里は何か言いたくないことがある時のサインだ。
どうやら、この身体の変化について全く何の心当たりも無いわけではないらしい。
「……分かったよ。でも、何かあったらちゃんとすぐに言ってくれよ? 結衣里の身に何かあったらって、こっちは気が気じゃないんだから」
「……うん」
どのみち、明日明後日は土日で休みだ。
看護師である母の夏子はそんなの関係ないとばかりに仕事だが、今の場合はむしろ好都合だろう。
とりあえずこの週末は結衣里と一緒にいて、様子を見る他にない。
一体どうしたものかとため息を吐きながら、司はご機嫌にキッチンへ向かおうとする結衣里に、「せめてパジャマからは着替えろ」と声を掛けた。
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