6. 弱気な結衣里
「ただいまー。結衣里、大丈夫か?」
まっすぐ急いで帰宅した司は、大声で結衣里の部屋に向かって声を掛けた。
「結衣里、寝てる?」
『……お兄ちゃん?』
結衣里の部屋をノックすると、中から結衣里の声が返ってくる。
思ったより元気そうな声で安心した。
「帰りに早川さんと会ってさ、体調不良で早退したって聞いた。言ってくれたらよかったのに」
司に心配を掛けたくなかったのだろうが、それでも心細かったからこそあんなRAINを送ってきたのだろう。
「体調は大丈夫なのか?」
『う、うん……意外と大したことなさそうっていうか……』
「それはよかった。何かして欲しいことはある?」
『えっと、今は……ないかな』
「分かった。ご飯は用意するから、ゆっくり休んでな。くれぐれも、無理に出てこようとするなよ?」
『……ありがと』
元気そうではあるが、所々声が
こんな状態の結衣里に夕飯の用意をさせるわけにはいかない。
結衣里は前に風邪で寝込んだ時にも、フラフラなのにも関わらず料理をしようとして、司と母親に無理矢理寝かしつけられた前科もある。
どうか余計なことは気にせず休んでいろと釘を刺しておいた。
さて、司は簡単な料理くらいならできるとはいえ、作り続けて2年の経験を誇る結衣里の腕前と比べてしまうとさすがに雲泥の差がある。
この機会にチャレンジしてみるのもアリではあるのだろうが、今それをする勇気はなかった。
下手な失敗をして、ただでさえ体調を崩している結衣里にイヤな思いをさせたくはない。
「晩ご飯はスーパーでお惣菜を買ってくるつもりだけど、何か食べたいものはある?」
『……ごめんね、お兄ちゃん……』
「気にするな。むしろいつも作ってもらっておいて、頼りにならなくてごめんな。油っこいものはやめておいた方がいいよね?」
『ううん、お兄ちゃんが食べたいものでいいよ。食欲とかは普通だし、熱もないし…………その、お兄ちゃん』
ドア越しの結衣里の声が近くなる。
どうやら部屋の扉の目の前にまで結衣里が歩いてきたらしい。
『その…………ね。それよりも……ご飯はわたしが用意するから、今は……お兄ちゃんに家にいてほしい。ダメ……?』
心細さを隠せない不安そうな声。
病気の時は誰だって弱気になるものだ。
「……まったく。病人は余計な心配せずに寝てろってのに。大丈夫、出かけない。側にいるから。冷凍のものもあるもんな。ご飯と味噌汁くらい作って、あとは有り合わせで済ませよう」
『…………うん』
司がそう答えただけで、安堵した様子が伝わってくる。
普段はそんなに甘えたな子ではないのだが、そんな結衣里がこうまで言うのだから余程しんどいのだろう。
可愛い妹にこうもせがまれて、
安心させてやるべく、ドアを開けようとし────開かない。
『だ、ダメっ!! 開けるのはダメっ!!』
今朝を思い起こさせる必死そうな声で結衣里が叫ぶ。
部屋のドアはカギなんてないはずなので、おそらく内側から結衣里が押さえつけているのだろう。
「えー……なんで?」
『えっ、と……そう!
「安心しろ、マスクは装備済みだ。手洗いうがいも欠かさないし、顔合わせたくらいでどうにかなったりしないさ」
母が看護師ゆえに、防疫・感染対策の意識はバッチリな水野家である。
『で、でも……今わたし、たぶんヘンな顔になってるし、お兄ちゃんに見られたくない』
「なんだそれ。結衣里はいつだって可愛いし、もし仮に変な顔になってたとしても俺は笑ったりしないよ」
『でも…………こんなの、お兄ちゃんだってゼッタイ気持ち悪いって思うもん…………』
「何を心配しているのか分からないけど……俺が今まで、冗談でも結衣里を馬鹿にしたことなんてあったか?」
贔屓目を抜きにしても、結衣里は母親譲りの整った容姿をしている。
だがその分、妬みや陰口の対象にもなってきた。
そんな結衣里を間近で見て来れば、たとえ冗談であっても傷付けるようなことを言えるはずがない。
むしろ、そんな悪意には毅然と立ち向かうくらいの気概があった。
兄は妹を守るもの。
司はそう信じている。
『と……とにかくダメだから! いてくれるのは嬉しいけど、ゼッタイに開けちゃダメだからね!?』
「はいはい。分かったから寝てろ。俺はご飯炊いてくるから」
司が諦めて手を離したのが分かったのか、結衣里がドアの前から離れてベッドに戻る足音がした。
思春期の女の子というのは分からない。
家族なんだから必要以上に気にすることなんてないだろうに……
────ドサッ、バタバタッ。
リビングに戻ろうとした司の背後で、何かが倒れる音がした。
「結衣里っ!!」
結衣里が部屋で倒れたのだろう。
司は思わず結衣里の部屋のドアを開け────
「っ!?!? あ、開けちゃダメっ!! 見ちゃダメぇぇ────っ!!!!!」
そのとき司の目に飛び込んできたのは、少々散らかった結衣里の部屋の風景と、妹の怒号。
そして────
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