5. 親友


 「やーっっと、終わったぜーっ! 忠治、司、ちょっと寄り道して帰ろうぜ」


 放課後、ホームルームが終わるや否やヒカルが声を掛けてくる。


 「悪い、今日はちょっと用事があって。先に帰らせてもらうよ」

 「なんだ? 何かあるのか」

 「ああ……ちょっとね」

 「ふむ。せっかく週末なんだから、久々に街中のアニメーツに寄らないかと誘うつもりだったんだが」

 「悪いな。今度また埋め合わせするよ」


 少々残念そうな顔をするヒカルと忠治だったが、深くは訊いてこなかった。

 お互いこの程度で気を悪くする仲でもなく、用があるなら仕方がないと見送ってくれる。

 こうして気負うことなく付き合える友人の存在に感謝を覚えつつ、だったら素直に結衣里に呼ばれたと言えばいいのだろうが、それはそれとして揶揄からかわれるのは不服なのだ。

 事実、


 「……家で可愛い妹さんが待ってるもんね?」

 「うん羽畑さん、黙ろうか」


 と、廊下に出たところで出くわした羽畑さんに囁かれ、良い笑顔で凄んで口を閉じさせる羽目になった。


 「きゃーこわい」

 「ったく、羽畑さんでもあまりしつこいのは怒るぞ」

 「ごめんごめん。でも改めて、今日はありがとね」

 「ああ。言ってくれたらまた手伝うよ。……態度によっては」

 「ごめんって。うん、その時はよろしく」


 揶揄いはあくまで冗談で、お礼を言うために声を掛けてくれたらしい。

 軽口を叩いてくれるくらいには打ち解けられたのだと思えば、それは嬉しい。

 それはそれとして、結衣里のことを揶揄われるのはやはり恥ずかしいのだが。



 「しかし、結衣里があんな風に言ってくるのも珍しいよな」


 電車を降りて、改札を出ながら、呟く。


 結衣里も司も、部活やバイトをしていないので友達と遊んでくるのでなければ基本的にはまっすぐ帰宅する。

 必要があれば買い物をして帰ることもあるが、その場合も荷物の関係で一旦家に帰ってから改めてスーパーに行くし、そもそも前日から事前に決めておく場合がほとんどだ。

 今日のように用もなく「待っている」というだけのメッセージが来たのは初めてだった。


 「……あれ、お兄さん?」


 帰宅の途へ就こうとしたその時、聞き覚えのある少女の声がした。


 「あ、君は。結衣里の」

 「はい、親友の桐枝きりえです。お久しぶりですね」


 そこにいたのは、結衣里と同じ聖ヴェルーナ女学院の制服を着て、ヴェル女特有のチェック柄の制帽を被った髪の長い少女。


 声を掛けてきたのは、結衣里がいつも一緒にいるという友人の早川はやかわ桐枝きりえさんだった。

 結衣里が中学の頃からの付き合いだそうで、司も何度か顔を合わせたことがあった。


 この駅から学校へ向かう司とは対照的に、この子はこの駅が学校からの最寄り駅である。

 この時間に帰るということは、今まで結衣里に付き合ってくれていたのだろうか。


 「今日は結衣里と一緒じゃないの?」

 「え……お兄さん、知らないんですか? 結衣里ちゃん、早退したんです」

 「え……!?」

 「今日は結衣里ちゃん、朝から体調が悪いって言って保健室に行ってて。お昼前くらいかな、早退したって先生が」


 寝耳に水だった。

 RAINにもそんなことは書いていなかったし、昨日もそんな素振りは全く無かった。


 だが、考えてみると今朝は何か様子がおかしかったし、もしかしたらその時点で体調が悪かったのかもしれない。

 気付けなかった自分が悔やまれる。


 「ありがとう教えてくれて。あいつRAINでもそんなこと全然言ってなかったからさ」

 「たぶん、お兄さんに心配を掛けたくなかったんだと思います。結衣里ちゃん、お兄ちゃん大好きですから」

 「それはそうなんだろうけど、後から聞かされても余計に心配になるだけだってのに。まったく、変なところで良い子ぶるんだから……」

 「分かります。優しいし、健気けなげですよね。そういうところが可愛いんですけど……うへへ」

 「……まあ、理解者が結衣里の側にいてくれて嬉しいよ」


 少々だらしないというか、緩んだ微笑を浮かべる早川さん。


 結衣里と彼女はお互いに「親友」と呼び合う仲ではあるが、早川さん側からの愛情はやや行き過ぎた母性のようなものを感じなくもない。

 結衣里のことを語るしまりのない顔は、やや色黒でなめらかな肌つやと綺麗な黒髪をたたえた彼女の清楚な雰囲気にはそぐわないが、これでもお互いに強い信頼を寄せているらしい。

 兄である司としても結衣里の庇護欲をそそる年下属性は理解しているので、こうした反応もある程度は止む無しなんだろうと、一応納得はしている。

 ……少々心配ではあるが。


 「じゃあ、俺は急ぐから」

 「はい。結衣里ちゃんをお願いしますね」

 「ああ、伝えとくよ」


 何にせよ、結衣里を心から案じてくれる人の存在は貴重だ。

 大事な妹の親友に改めて会釈してから、司は家への帰り道を急いだ。

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