4. 兄バカ、弁明の余地なし
「……ふー、これで全部かな?」
確認を終えたプリントの束をトントンと整えて、司は言った。
静かな図書室の一角で、二人向かい合ってこなしていた作業がようやく終わった。
「うん、終わりだね。ありがとう水野くん、助かったよ~」
「羽畑さんこそおつかれさま。というか手伝ってもらってありがとう」
「ううん。言ったように本来はクラス委員の仕事の範疇だし」
「まあそこは、俺だって実行委員に選ばれた以上は任せっぱなしってのも気が引けるからさ。……まあいきなり言われるよりは、事前に知らせてもらえたら心の準備ができて助かるけど」
「う……ご、ごめんね。思ったよりも量が多くて」
また申し訳なさそうな顔をする羽畑さん。
この様子だと、大したことない量だったら自分ひとりで片付けるつもりだったのではないだろうか。
「なんというか……妹と似てるよ」
「え?」
「ああいや、羽畑さんがね。うちの妹と同じで変に素直でマジメだから、余計なこと考えて自分だけで抱え込みそうだと思って。ホント、気にせず頼ってよ?」
少しの間、呆気に取られたようにぽかんとしていた羽畑さんだったが、
「あ、うん、ありがと。私は大丈夫だよ。本来はクラス委員の私がやることなんだから」
と、急に態度を戻して若干のよそよそしさを感じる言葉遣いで言った。
それを聞いて司はしまったと内心焦りを覚える。
「あー……その、別に変な意味じゃなく。余計な負い目を感じないでいいよって意味でね。別に、これをきっかけにお近づきになろうとか、そういう下心は無いから」
クラスでも指折りの人気の女子と、二人きり。
朝にヒカルからも恨まれたように、男子としてはどうしても妙な期待を抱いてしまうシチュエーションではあるが、少なくとも司はそんな下心だけで了承したわけではなかった。
「あ……その、えっと。……うん、ごめんね。私から頼んでおいて、その……」
「うん、まあ分かる気はする。……苦労してるんだな」
学年、いや校内でも屈指の人気を誇る美少女の羽畑さんだが、誰かと付き合っているだとかそういう話は聞かない。
親しみやすい雰囲気と性格に、愛嬌のある顔立ちと小さくリボンで束ねたサイドアップが可愛らしいお洒落のセンスと、人気になるのも納得の優等生。
無論告白なども受けているのだろうということは想像に難くないが、男女ともに分け隔てないフレンドリーな態度と裏腹に、ガードは固い。
司としても今回のシチュエーションに全くの期待を抱かなかったわけではなかったものの、彼女にそんなつもりはなくただ純粋に助けを求められていたことも承知していたので、ショックを受けるほどではなかった。
「さっきも言ったように、似てる妹がいるからさ。あの子も結構人気みたいで、思いもよらない相手から告白されたりとかも割とあるらしくてね。なんとなく苦労を察しているというか」
「そうなんだ……妹さんと仲良いんだね」
「よく言われる。昔ちょっと色々あって、普通の兄妹よりかは仲が良いとは思うんだけど。世間では兄弟姉妹ってもっと仲悪いものなんだってね」
「そうだよ。私も妹がいるけど、ワガママで私に冷たいもん。いいなあ、どんな子なんだろ、水野くんの妹。写真とかあったりする?」
「あるけど……引かない? 兄妹で写真とか」
「さすがに引いたりはしないよ。普通家族と写真くらい撮るでしょ?」
「女の子ならそうかもしれないけど、男だとなぁ……」
妹もそうだが、母親と一緒に写真なんてのも、思春期の男子としてはこう、言いようのない忌避感がある。
ましてやそれを他人に見られるのは……ハッキリ言ってかなり恥ずかしい。
だが、予想以上に羽畑さんが見たいオーラを出してくるので、仕方なく家族で出かけた先で撮った結衣里とのツーショット写真を見せた。
「わ、可愛い~! なるほどねえ、この妹さんがいるから、水野くんは割と女の子慣れしてるんだね」
「女の子慣れって、俺ものすごい風評被害受けてない?」
「違う違う、別に悪い意味じゃなくて。他の男子の子と違ってさ、女子である私に話しかけられても困ったりしてないというか。水野くんがそういう人だったから、私もこうやって頼めたわけで」
「うーん……まあ多少は慣れもある、のかな? たしかにヒカルや忠治と比べたら、可愛い女の子への耐性はある方かもしれないけども」
考え込みながら呟いた司に、羽畑さんが今度こそ若干引いた表情になる。
「あ、いや客観的に見て、結衣里は可愛い方だってヒカルたちの反応から判断したからであって……引かないで!」
「あ、うん……仲、良いんだね」
さらによそよそしさを増した羽畑さんの態度に冷や汗が流れる。
「……あれ? 水野くん、妹さんから通知きてるみたいだけど」
「あ、ほ、本当だっ、ごほんっ、なになに……!?」
誤魔化すように、わざと咳払いまでしながら司はスマホを覗き込む。
【お兄ちゃん今日は何時に帰ってくる?】
短くそう綴られたRAINのメッセージ。
特に他に用件も書いておらず、あまりに簡素なその一文は、そのやり取りが司たち兄妹にとってごく自然な日常であることを雄弁に物語っていた。
「…………兄妹っていうか、夫婦?」
「かっ、家族だから! 家族ならフツーフツー!」
非常にバツの悪い心地になりながら、結衣里に返信する。
【どうした、何か用?】
【ううん、べつに。気にしないで】
【特に用はないから、学校終わったらすぐ帰るつもりだけど】
【うん、まってる】
普段なら結衣里もこんな連絡を寄越してくることはないのだが、学校で何かあったのだろうか。
以前結衣里が学校でのゴタゴタに巻き込まれた際には、ずいぶんと心細い思いをしていたらしいので気がかりではある。
「……ふふっ。やっぱり仲、良いんだね」
しばらく兄妹でメッセージの会話をしていた司を見て、羽畑さんが再びそう言って笑った。
「だ……だからそういうのじゃなくってっ……!」
「うん、変な意味じゃなくて。妹想いの良いお兄ちゃんだなって。いいなぁ」
「からかってる……それ絶対からかってるやつ!」
「ふふっ。んー、どうかな~? 妹さん、可愛いもんね~」
「くっ……!」
羽畑さんはしばらく司をからかいながら、微笑ましそうな、どこか少し寂しそうな顔で笑っていた。
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