3. 学生らしいこと
「────ってことがあったんだけど、こういう場合はどうするのが正解だったんだろう」
電車に揺られること30分あまり、学校に着いた司は見慣れた顔の級友たちに今朝の話をしていた。
「はー、ウワサの妹ちゃんも朝は弱いんだなぁ」
「家族とはいえ、異性だと気苦労も多いのだな。兄というのも大変そうだ」
司の話を聞いて相槌を打つのは二人のクラスメイト。
「にしても司、妹ちゃんと仲良いよな。ウチの姉貴なんて弟を子分か何かだと勘違いしてるのかってくらい横柄だしよ」
「まあ、他の家庭よりかは仲が良いのは認める。色々あってね、厄介な思春期特有の冷めた関係にはならずに済んでるよ」
「はぁ、良いよな。このあいだ写真見せてもらったけど、めっちゃ可愛かったし。今度紹介してくれよ?」
「紹介くらいなら良いけど、期待はするなよ? 告白なら何度かされてるっぽいけど、付き合ったって話は聞かないし」
「結衣里ちゃん、だったか? 兄がいるぶん男性には慣れていそうだし、面倒見が良くて仲の良い司という兄と比べて、ヒカルが彼女のお眼鏡に適うとは思えないが」
「うっせぇ。そこはお兄ちゃんの友達ってことで、もしかしたらワンチャンあるかもしれないじゃんか」
「あー、自分でワンチャンとか言う時点で望みは薄そうだね」
なにおう、と司の言葉に不服そうに口を尖らせる無造作な髪をした調子の良さそうな奴が
そんなヒカルをたしなめている、メガネを掛けた堅物そうな男子が
二人とも高校に入学した時からの付き合いで、司は心の中でこの二人を
何故、というツッコミは不要だ。
ちなみにそんな二人とつるんでいる司が何故か「トレーナー」なんて呼ばれているのも、特に意味のない余談である。
「にしても、たしかに彼氏の一人も出来てもおかしくない歳なんだよな。もう高校生なんだし、贔屓目抜きでも見た目は良いから『実はいました』って言われても不思議じゃないんだよね……もしそうだとしたら、さすがに複雑だけど」
「まじかよ!? オレの結衣里ちゃんが……」
「おい、まだ会ってもいない人の妹に、しかも兄の目の前でその物言いは良い度胸だな?」
「まあまあ、ヒカルは基本言うだけだからな。しかし、たしか通っているのは聖ヴェルーナ女学院だったか? 女子校なら身近に男子がいないから出来なくてもおかしくはないと思うが」
「良いよな、お嬢様学校……! 妹ちゃんを抜きにしても、一度は行ってみたいぜ」
「文化祭の時だったら、結衣里が招待状を都合してくれるから入れるぞ。もっとも、馬鹿な真似をしてあの子を困らせるつもりなら連れては行かん」
「うぐっ」
ヒカルは基本的に言動が調子が良いだけで、無暗矢鱈に女の子に声を掛ける人間ではないので誘ってやっても良いとは思っているが、結衣里が白い目で見られることは避けたい。
女子の人間関係は何かと面倒事も多いと聞いているのでなおさらだ。
結衣里の学校は中高一貫の学校だが、中学時代には結衣里も一悶着あったとか。
具体的な話は司も聞いていないが、女の子は怖い。
「ま、君は発言がお調子者なところを抜いたら案外誠実だし、まずは身近なところに目を向けていきなよ。たとえば────」
「たとえば、この私とか? うーん、大宮くんが悪いってわけじゃないけど、私はちょっと遠慮しておこうかなぁ」
「うおっ、委員長っ!?」
「いや、たまたま目が合っただけだって。
近くにいて偶然司と目が合ったクラスメイトの女子が、少し申し訳なさそうにお断りをする。
彼女は
今年から司たちと同じクラスになった女子で、クラス委員を務めている社交的な子だ。
「話は聞こえてたけど、ヴェル
「そういうつもりじゃなかったんだけどね……隣の芝生を見る前に、ちゃんと周りに目を向けろって話で。まー、この反応が来るあたりキビしそうではあるけど」
「アハ、たしかに水野くん達は男子の中でも話しやすいけど、それは一対一じゃなくていつもこうやって三人一緒だからなんだよねえ。三人一緒でならもしかしたら、ヴェル女の文化祭でも話しかけられるかも?」
「ふむ……それこそワンチャン、なのかな? 今のところ俺はそのつもりはないけど」
「ああ、僕も殊更に女の子目的で行こうとは思わないな。司の妹ちゃんの学校というのは純粋に興味はあるが」
「……どうでもいいけど、声を掛けてすらいないのにフラれたオレは泣いていい?」
司がフォローしたかと思ったら、言い切る前に即出鼻を挫かれて肩を落とすヒカル。
忠治にポンと肩に手を置かれる姿が、なんというか哀れである。
「あ、そうそう。実は水野くんに用事で声を掛けたんだよ。ちょっとチェックと整理してほしい書類が……ほら、文化祭の実行委員の仕事で」
「あー……って、もう仕事あるの? まだ四月だよ? 文化祭は10月のはずじゃあ……」
この前のホームルームで、司は文化祭の実行委員に選ばれている。
「そうなんだけど、文化祭の準備はもう始まってるからね。といってもまだちょっとした事務作業だけなんだけど」
「それでも、まだ半年は先なのに……いやうんゴメン、別にイヤってわけじゃなくてね?」
思いっきり申し訳なさそうな顔をされて、思わず平謝りしてしまう。
羽畑さんもこれでなかなかに整った顔立ちをしている、クラスでも1、2を争う人気の高さを誇る女の子だ。
無下にしてしまえば間違いなく肩身が狭くなる。
「ご、ごめんね。3年生は受験があるから、実行委員とかのこういう地味な実務は2年生が主体で」
「なるほど。……たしか主役は3年生で、2年生はサポートが中心とか言ってなかったっけ?」
「それは……飲食店をやれるのは3年生だけだし、合唱コンテストも3年が一番気合い入ってるから、受験勉強で準備に時間が掛けられないぶん当日一番はっちゃけられるのが3年生で、裏方は私たち2年生以下の仕事というか」
「…………もしかして、ハメられた?」
たしかに実行委員決めの際、羽畑さんは文化祭の主役が3年生であるとは言っていたが、裏方が忙しくないとは言っていなかった。
「えっと、その……元々クラス委員と協力してやる前提の役職だし、手伝うつもりだったから」
「ああ、大丈夫気にしないで。どうせもう決まったことだ。運命だと思って諦めるさ。裏方作業は嫌いじゃないし」
文化祭の実行委員といっても、出し物自体は各クラスやクラブごとに行うもので、委員はそれらの裏方として各種の調整に当たる役割。
当然ながら目立つことのない地味な役回りで、やりたがる人間がおらず、このままでは進まないからと仕方なく司が手を挙げたのだ。
ただでさえ誰も立候補しないことは簡単に予想できたので、説明する羽畑さんとしてもあまり忙しいことを強調できなかったのだろう。
家でも母さんや結衣里をサポートする役回りを担いがちな司としては、ある意味適材適所と言うべきかもしれないと納得もしていた。
むしろ、部活もバイトもしていない司にとっては、こういう学生らしい事をする良い機会かもしれない。
そう思いながら、司は羽畑さんから書類を受け取った。
「あの、ホントごめんね? もし良かったら、お昼休みにでも一緒にやっちゃお。私も手伝うから」
「いいの? 羽畑さんだってクラス委員の仕事もあるだろうに」
「言ってみればこれもクラス委員の仕事だから。むしろ、私が手伝わせちゃってる形だし、せめてもの償いっていうか」
「マメだねぇ……損する性格だと思うよ、それ」
「そこはお互い様、じゃない?」
「たしかに」
互いに肩をすくめて苦笑いを交わし、
「じゃあ、昼休みに」
「うん、また」
と、羽畑さんに別れを告げる。
「……司、ちゃっかり羽畑さんと二人で仕事する約束取り付けやがったな?」
話を終えて女子たちのグループに入り込んでいく羽畑さんを目で追いながら、恨みがましい声でヒカルが言った。
羽畑さんは人気者でクラスの中心人物的な立ち位置にいる女子なので、周りの男子たちからは同じような妬みのこもった視線を感じている。
「羨ましいんなら、あの時手を挙げればよかったのに。なんなら代わるか? 実行委員の仕事まるごと」
「い、いや全部は
「ったく、調子の良い奴だ。そんな下心満載のお願いをされても」
論外だ、と司は突っぱねる。
ここで全部交代すると言ってのける気概があれば見直してもらえる目もあるだろうに。
「なら今日は司は昼休みは別行動か」
「ああ、悪いな」
「なに、なら今日は司の分までヒカルに今期のアニメの良さをたっぷりと聞いてもらうとしよう」
「うげっ、お前語り出すと長えんだよ……!」
「ははは。うん、またの機会にね」
譲ってくれた忠治には悪いが、ここで引き受けなければ羽畑さんが一人でやろうとしかねないと思う。
友達付き合いも大事だが、ここは手を挙げた者の責任を果たすべきだろうと司は心に決めた。
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