2. 妹は天使?


 「ふあぁ……」


 次の日の朝。

 瞼をこすり、司はベッドから体を起こす。


 体調はすこぶる快調だ。

 昨日は大雨のせいか調子が出なかったが、一晩明けてすっかり天気も晴れたようだ。

 カーテンを開けると、日が昇ったばかりの朝の景色が目に映った。

 朝日を浴びて輝く、窓のひさしに付いた水滴は雨の名残りか、それとも朝露だろうか。


 「さて、準備しますかね」


 水野家の朝は遅い。

 平日の食事の準備は厳密に担当を決めているわけではないものの、夕食が結衣里と大体決まっているように、朝食は司がすることがほとんどだ。


 といっても司の腕前では大した料理ができるわけでもない。

 簡単なベーコンエッグを作り、あとはトーストとインスタントのスープを用意したら終わり。

 司とて特筆するほど早起きなわけではないので、それくらいしか余裕はないのだ。


 自分の分の朝食を食べ終え、皿やフライパンを洗い終えても家の中は静かだ。

 台風一過、というのは言い過ぎにしても、大雨が過ぎ去った次の日の朝は明るく落ち着いている。

 抜けるような青い空が目に眩しい。

 こんな朝に歩くのは、たとえ学校への道中だとしても心地が良いだろう。


 「さてと。出る前に結衣里を起こさないとな」


 徒歩で通える距離の学校に通う結衣里とは違い、司は電車に乗らないといけないので家を出る時間はどうしたって早くなる。


 結衣里は可愛いうえに料理も上手く、自他ともに認める良く出来た妹ではあるが、朝には弱い。

 というのも、結衣里は料理以外にも凝るところはとことん凝る性質で、一言で言えばオタク気質なのだ。


 アニメやマンガは多数追いかけているし、ゲームにも色々ハマっていて夜更かしは日常茶飯事。

 休みの日なんかは家から一歩も出ないこともザラ。

 いつも何時に寝ているのかも分からない。

 生活習慣が非常に心配である。


 (天使は天使でも、微妙に駄天使なんだよなぁ)


 と苦笑しつつ、それはそれで可愛いと思ってしまうあたり司も大概兄バカである。

 それに、美味しい晩ご飯を用意してもらっているのだからあまり強く言えない。

 手が掛かる子ほど可愛いと言うように、むしろ少しくらい欠点があった方が愛着も沸くというもので、なるほどこれがシスコンというものかと他人事のように納得してしまった。


 自分にあきれながら司は結衣里の部屋の前にやって来ると、コンコンとドアをノックした。


 「おーい結衣里。起きてる?」


 そろそろいつもなら結衣里は起きて髪を整えたりしている時間だ。

 後から「なんで起こしてくれなかったの!」と怒られるのも怖いので、こういう時は一応声を掛けておくのが無難。


 「そろそろ俺は出るけど、遅刻するなよ?」


 と、司が声を掛けた途端────


 ドタン、バタン、ドシャッ!


 ────と、部屋の中からものすごい音がした。


 「ゆ、結衣里? なんかヤバそうな音がしたけど大丈夫か?」

 『おっ、お兄ちゃん!? いっ、いま着替えてるから、入っちゃダメっ!! 見ないでっ!!!』

 「えっ、ごめん……って、まだ開けてねぇよ! 見てないって!!」


 ドッタンバッタンゆかいな音が聞こえる部屋の中の結衣里に対して司は思わず叫び返した。


 さすがに司とて無断で着替え中の妹の部屋に入ったりはしない。

 たまに遅刻寸前まで寝ていて叩き起こしたことはあったが、返事がある以上むやみに入ってはどんながあるか分からない。


 「……それはそれとして、大丈夫だろうな? 下手に転んでなきゃいいけど……」

 『だ、大丈夫……ちょっとビックリして箪笥を倒しちゃっただけだから』

 「箪笥を!? それ、シャレになってないけど。え、ホントに大丈夫?」

 『大丈夫、大丈夫だから……! そんなに重くないやつだし』

 「……ならいいけど……俺はもう出なきゃだけど、必要だったら待ってようか? 一本くらい遅れても間に合う」

 『だ……だいじょうぶだからっ!! とにかくゼッタイ入っちゃダメ! 見ちゃダメだからねっ!?』

 「えっなに俺ってそんなに信用ない?」


 あまりに必死になって釘を刺してくる結衣里に、ガーン、と司は内心かなりのダメージを受けていた。

 司とて、さすがに妹の着替えを覗くほど破廉恥なつもりはない。

 これでも兄として人としての常識はあるのだ。


 『もう……と、とにかくっ、お兄ちゃんは行ってきてっ!!』

 「分かった、分かったよう……」


 弁明しようにも取り付く島は無い。

 本当に手伝わなくてもいいのかと少し粘ってみたが、頑なに拒否されたので大人しく先に出ることにした。


 結衣里の部屋はなかなかどうして足の踏み場が無かったりするので、そのあたりが色々と崩れて大変なことになっているのだと司は予想する。

 入られるのを嫌がるのは、着替えはもちろんだろうがそういった部屋のアレコレを見られるのを恥ずかしがっている面もあるのだろう。

 だったら片付けろという話なのだが。


 まあ、何かあったとしても家には今日も昼から出勤の母さんがいるので大丈夫だろう。


 「……一応、母さんにもRAINで伝えておくか」


 家を出た直後に司が呟くと、


 【余計なことしなくていいからっ!】


 とお怒りのメッセージが結衣里のRAINで飛んできた。

 エスパーだろうか?

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