第8話:もっと素を出していいんだよ

 しばらく、皆で順番に曲を歌い、手元にあった飲み物が空になったため、ドリンクコーナーに移動する。

「あたしもいくー」

 と加恋が僕についてくる形でドリンクを注ぎにいった。

 ドリンクコーナーの前に到着すると、

「楽しんでる?」

 加恋は唐突にそう僕に問いかけた。

「久しぶりのカラオケだけど楽しいよ」

「そっか、ならよかった。初対面の人に囲まれたカラオケなんて緊張するかなって思ったけど」

「まぁ、それはね」

 僕はすこしだけおかしくなった。そりゃそうだろ!心の中で思ったが、それを気遣ってこうやって二人きりの時に声をかけてくれるのは嬉しかった。

「はは、でももっと素を出していいんだよ。穂高はもっとテンションが高い激情的な人間だと思っているから」

「それなら蓮人もテンションは高くないだろ」

「あいつは基本ローテンションだからね。くたばれ社会!なんて描いたりしないしね」

 僕をからかったような表情で彼女はそう言う。反応したら負けのような気がして、僕はそれを無視してドリンクを選ぶ。ははは、と彼女は僕の反応を見て笑う。

「でも、なんか感覚的な話なんだけどさ」

 彼女はそう言葉を置いて続ける。

「なんか今日のカラオケ、穂高は初めてだけど、あたしたちは穂高とカラオケするのが初めてって感じがしない」

「どういうこと?」

「ほら、一人でも誰か初対面の人間がいると、なんというか空気を合わせちゃうというかなるべくみんな知ってて有名な曲を入れよう、みたいな空気が出るだろ。ああいうのがないってこと」

「そうなのか?」

「うん」

「でも俺カラオケそのものが久しぶりだからカラオケの感覚あんまりわからないや」

「友達少ないもんね」

「うるせえ、ほっとけ」

 彼女に対して僕は口をとがらせて反論する。完全に面白がってるな、そうわかっていながらも彼女のことをいやだとは感じない。

「でもそれって———」

 彼女はははっと笑いながら、

「これから変化していく穂高を見ることができるってことだし、本当の穂高をあたしたちは見ることができるってことだもんね」

 その言葉で僕は彼女の方を見る。率直な僕への関心をもった故での発言ということが彼女の声色からわかった。僕はここにいていいんだ、そう感じさせてくれる彼女のメッセージと声色は僕の心の水面に波紋する一石のように感じられた。

 ドリンクバーから部屋に戻ると、楓がテンションが高い様子で

「よっしゃー!叫ぶ曲入れるぞー!」

 といい、有名な男性アーティストと女性アーティストがデュエットした時代を彩るという表現が適切であろう楽曲を入れる。

 おおー!とテンションが上がっている加恋を尻目に席に着く。

「穂高、立って!叫ぶよ!」

 といい、みんなで歌いだす。

 その楽曲は『今は遠くて見えない道も、先に何かがあると信じて歩いていこう』という元気の出る楽曲だ。楽しく歌える歌である一方、元気をもらえる曲でもある。

 思いっきり曲を熱唱した後、知らないうちにもう一曲入り込んでいた。しかも、これもデュエット系の曲でみんなで叫んで盛り上がる曲だ。

 あの叫んで歌っている最中にいったいいつ入れたのだろうか。曲が知らずのうちに入っていることに驚いた様子を見せる僕を、蓮人が、これもまた職人の技だ、と言いたげに僕の肩をたたいた。

「さぁあと6時間、ぶっ続けで歌いまくるよー!」

 楓のその言葉は今まで聞いたどの大人の言葉よりも絶望に満ちた言葉だと感じられた。


 それから6時間、ドリンクコーナーへの往復を除けば休憩もなく歌い続けた。どれもこれもみんなで叫ぶ系統の曲だったり、合いの手が元気な曲だったりと、歌っていない人間すらも歌いつかれる様なものばかりだった。

 驚くべきはみんな歌っているのに、曲は絶えることなく登録されていることだ。蓮人が職人の技というだけのことはある。どうにかロストテクノロジーになることを願うばかりだ。 そのあとはカラオケのまえで現地解散をすることになった。カラオケを出るときには、外は暗くなっており、昼に入店したときとの大きな差を感じる。

 声がガラガラする。喉がかすれているような感じがして、声が出づらい。声を張ってもかすれたままで今までどうやって声を出していたのだろうか、と疑問がわいてしまうほどに声が出なくなってしまっていた。

 楓は器用な性格故かわからないが、あまり声が枯れず、いつもの元気な声のままだった。加恋は『ワレワレハウチュウジンダ』とガラガラになりながら宇宙人の声をまねをしていた。宇宙人の声なんて知らないけど。

 蓮人にいたっては、時々声が裏返っており、楓と加恋は蓮人の声が裏返るたびに大笑いしていた。

「今から別の女の子連れてデートしてきなよ」

「蓮人君、甘いマスクとそのビブラートと地声の入り混じる声で女の子を口説くんだ」

 などと女性陣に散々ないじられ方をしている。そもそもこんなに歌って声が枯れている原因は自分たちだということを完全に棚に上げている始末である。

『これから変化していく穂高を見ることができるってことだし、本当の穂高をあたしたちは見ることができるってことだもんね』

 帰り道、加恋がドリンクコーナーで僕に告げた言葉を反芻する。

 その言葉は今までの喉の言葉よりも温かく、自分の弱みや醜いところも、笑ったり共感したりしながら分かち合い受け入れてくれるんじゃないか、そう思わせてくれる言葉だった。

 夜空の中に少しだけ夕焼け空の橙色のような温かみが僕の心を包む。自転車のペダルを漕ぎ、帰路に就いた。

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僕らの成長譚 としやん @Satoshi-haveagoodtime0506

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