第7話:カラオケ
路地裏を出て5分くらい歩いたところに地元民御用達のカラオケがある。大体地元の学生はここを使用しているという話はよく聞く。
とはいうものの、小さいころに酔っぱらった家族に連れてこられたのが最後で少しだけ緊張した。
レジのフロントで店員とやり取りを済ませる。フリータイムで入る。店員からグラスをもらい、
「さぁライブ会場は2階だよ!」
という元気な加恋の声とともに2階へと歩みを進める。
カラオケルームに入るとあたしここー!と女性陣が自分の座る位置を確保する。かと思えばいつのまにかリモコンを取り出し、曲を入れようとしていた。あまりの手慣れたスピードに舌を巻く。
「リモコンと場所の陣取り速すぎない」
「あれは職人技だから」
もう何度も見た技と言わんばかりに蓮人が答える。
「何歌おうかなー」
加恋は鼻歌を歌いながらリモコンを捜査する。その傍で楓はマイクをもって「あたし〇〇の曲歌いたーい」と歌も始まっていないのにマイクで会話を始めていた。
僕はあまり立ち回り方が分からず、とりあえず蓮人と一緒に行動することにしていた。
「じゃあこれ!」
と加恋が曲を入れる。カラオケのモニター画面が切り替わり、登録された楽曲のリストが表示され、そこに今しがた加恋が追加した曲が表示されている。
表示された楽曲は意外なもので、2000年代初頭に流行った青春パンクが印象的なロックバンドだ。世代としてはかなり上の年代のバンドだが、青春の青臭さのある歌詞に胸を打たれる人は多く、今でもファンは根強く残っている。
「初手から飛ばすねぇ!加恋~!」
「しばらく行ってなかったからなー!それに......」
そう言って僕の方を見る。そして言葉をつづけることなく、ニコッと笑う。
曲の前奏からAメロに入る。ロックバンドらしい激動的なインストである一方、歌詞は過ぎ去りし青春を唄う、やや刹那的でノスタルジックな印象だった。
そこに加恋の歌が加わる。彼女の歌声は自分なりの祈りや叫びがあるように感じられる、どこか情緒的でなにかを訴えている。オリジナルの曲とは様相を少しだけ変容させている。
続いて楓が歌ったのは、加恋とは少し違ったトレンドになっている曲だ。有名なラッパーが曲を書き下ろし、アニメとのタイアップを経て、人気がさらに高まっているいわゆるバズった曲だ。あまり音楽を聴かない僕でも知っているくらいにあちこちで流れている今流行の曲だ。
楓は楽々と曲を歌いこなす。抑揚がついており、リズム感が高いということを感じさせられる歌いっぷりだ。先ほどの加恋が歌を届けるような歌い方だとすれば、楓は器用に楽しませる唄い方をするタイプだ。
その後に歌ったのは蓮人だ。クールでポーカーフェイスな印象の蓮人がどういう曲を歌うのか、個人的に気になっていたが、歌いだすと曲は意外と今流行りの曲が多い。同時に印象的だったのは、この歌が好きで唄っているというのは蓮人からは感じられない。表情があまり表に出ないタイプだからそう感じたのだろうか、そんなことを考えているうちに、蓮人の曲は終わり、自分の番が回ってきたことに気づいた。そういえば曲をまだ入れてない事に気づき、急いで何か曲を入れようとリモコンを操作する。
急いで選曲する。入れた曲はだいぶ昔に流行したものだ。僕がまだ小学生くらいで当時、クラスメイトの全員がよく歌っていたものを自分も聴いてみたらとてもいい曲だった、というものだ。
その曲は『自分らしく生きろ』という歌詞が耳に残り『人に合わせるんじゃなくて、自分らしさを貫いていく』というメッセージの強い曲だ。当時の僕はただメロディーの聴き心地の良さで気に入っていたが、高校生になった今、メロディ以上にこの歌詞に愛着を覚えている。小学生の時からずっと聴いており、今でもメロディーを口ずさむほどだ。
だが歌いながら曲の歌詞を自分の口から一言一言紡いでいるときに、常に頭をよぎるのは、本当に今の自分は自分らしく生きていることができているのだろうかという自己内省だ。
歌い終わって、加恋と楓がイエーイ!と盛り上がる。
「穂高って、意外とこういう曲歌うんだな。懐かしい!」
「あたし、聴いたことなかったけどこの曲の歌詞は好きだなー!」
などと加恋と楓が色々コメントをよこしてくれた。蓮人は続いて、
「なんとなく、公共の壁に落書きをしたことが合点がいった気がするよ」
「それは忘れて」
正直、勢いに任せて書いた文字だ。少し恥ずかしい。
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