第4話:出会い
路地裏を抜け、大通りを走り抜ける。僕は成り行きに任せるような形で彼女の後をついて走る。後ろからは鬼の形相の不良たちが追いかけてくる。「待ちやがれこの野郎!」などと、どすの利いた声が僕の背中を刺す。
そんなことなどお構いなしとでもいうように、僕の目の前を彼女は走り続ける。彼女のフォームはとても整っていた。陸上選手のような整いというよりはスポーツができる人特有のセンスのあるような走り方だった。
彼女は唐突に後ろを振り向きこちらを見つめて来る。その顔は余裕に満ちていて、
『なんだ?これくらいでギブか?』
と僕をあざ笑うかのような表情で見つめてくる。すごくバカにされたような気がして僕は睨み返す。そもそも、誰のせいで追っかけられてるんだ、と言いたげに。
彼女はそんな僕の不満を意にも返さずにこっと笑みを返しやがてまた前を向いて走り出す。そんな彼女の一連の仕草にも僕はどこか魅力を感じてしまっていた。
しばらく大通りを駆け抜けたのち、彼女は大通りから細い路地を走る。路地は狭く、人が一人通れるくらいという狭さだ。コンクリートの建物の間にできた小さな隙間のような路地だ。夜ということもあり、視界はかなり悪かった。僕はスピードを落として、ケガをしないよう丁寧に走る。一方彼女はそんなことなど気にもせずに全速力で走る。
後ろを振り返ると、先ほどの不良たちも追いかけてきている。何人かガタイのいい奴は入ることができず、結局通ることができた数人のみが追いかけてきている状態だった。
狭い路地裏を抜けた先には広い広場のような場所があった。建物の非常口につながる階段があり、階段を昇ると狭い路地を見下ろすような形状になっていた。
僕と彼女は階段を昇り、不良たちと対面するような構図になった。
「お前、これじゃあ袋の鼠だな」
不良のリーダー格が余裕の表情でそう言った。
「ほんとあんたらしつこいね」
「てめぇが喧嘩売ってきたからだろ」
「あたしは喧嘩売ってないしー。勝手に売りもしないもの買わないでほしいんだけど」
不良のリーダー格はふと深呼吸をする。
「まぁ、いいさ。いずれにしてもお前は追い詰められている。今のこの状況いくらお前でも自分がやばいことぐらいわかるだろ。逃げ場はない」
すると彼女は胸をそらし、顎を突き出すように言う。
「それはどうだろうね?あんたらがネズミみたいに束になっても猫様には勝てないんじゃないの?」
不良がさらにイラっとしたような表情を見せる。
「てめぇ、なめた口きいてんじゃねえぞ、このくそ女」
その一言についに不良たちの怒りが頂点に達し、2階にいる彼女に襲い掛かろうとしていた。
僕は彼女を見やる。彼女はそれでもなお不敵に笑う。その口は弧を描き、言葉を紡ぐ。
「じゃあ、いっぱいくらわせてやるよ!」
そう言って、彼女は自身の後ろにあるとても大きなバケツを取り出し、中にある液体を下にいる不良たちにぶちまける。
飛び散る液体はカラフルな色をしている。
重く質量をもったその液体は下にいる不良たちに重くのしかかる。不良たちはペンキの液体まみれになっている。突然の出来事に状況が理解できていないようだ。
「お前、何しやがった。ペンキか?」
「あたしが何も考えずにこんなところに来たと思っていたのか」
「ちっ」
不良はやられた、とでも言いたげな表情で舌打ちをする。
「てめぇら、今のペンキ一発くらいで」
「本当に一発かな?」
すると彼女は2発目のペンキをぶちまけようとしていた。
「次はてめえらの口にこれぶちまけてやろうか!」
まったくためらいを見せないその様子に不良たちはおののく。
「……お前ら今日は一時撤退だ」
不良のリーダー格はあきらめ、路地裏の入ってきた道を戻る。
彼女は顎を突き出し、挑戦的な表情で声高に叫ぶ。
「漂白社会の不良さんはお利口さんだな!」
彼女はさらに不良をあおり始めた。不良たちは歩みを止め、振り返り彼女をにらみつける。彼女はそれに気分を良くして、さらに言葉を続ける。
「いいか、よく覚えとけ。あたしはあたしとして強く生きる。社会だろうと不良だろうと負けない。あたしはあたしだ。社会の趨勢や同調圧力なんかには負けない。信頼できる仲間を見つけ、恥ずかしいことも弱みも見せて、社会に漂白されない強いあたしでい続ける!」
さらに彼女は深く深呼吸をして言葉をつづける。
「あたしは絶対に社会に迎合しない!」
そう言って、彼女は僕の方を見る。彼女は僕の後頭部に手を回して、顔を近づけてきた。「そのためだったらな」
「んん?」
彼女の顔が近づく。言葉を発することができなかった。
目の前には綺麗な美少女の顔。
長いまつげ、綺麗な二重、きめ細かくつるっとしたような綺麗な肌。
甘い香水の香り。
唇に柔らかい感触。
状況を理解できず、僕は周囲を見渡してしまう。目の前には彼女の顔があり、その視線は僕をとらえていた。
彼女は目をつぶることもなく、堂々と僕と目を合わせている。
『逃がさない』
とでも言いたげな彼女の表情一つで僕はその場で何も反応することができなくなっていた。
それだけ彼女の姿はとても魅力的で、かっこいい言い方をしてしまえばカリスマ性のある姿だったのだ。
長く重ねられた唇はやがて離れる。永遠のように感じられたその刹那。唇が離れた後も、彼女の唇の柔らかい感触が残る。彼女は舌なめずりをして、
「こういうことだってできるんだよ」
その言葉は先ほどまでの強い声色と打って変わって、少しだけ艶やかさを持っているように聞こえた。
その後の顛末はひどくあっけなかった。不良たちは僕たちを睨みつけながら退散していく。『あいつ関わらねえほうがいい』などという不良たちの言葉が聞こえてきた。
僕はというと、あまりの事態に状況を呑み込めずにいた。
女の子とキスをした。あまりにも突発的だったのと、頭の中が真っ白になってその時のことなど全く思い出せない。
そんな僕を気にも留めず、自身のカバンを背負う彼女がいた。
「おっと、そういえばあんた、面白いからLINE交換しておこうよ」
思い出したかのように、ポケットから携帯を取り出す。
僕もそれに応じて、携帯をポケットから取り出して、
「じゃあ、私がQRコード出すから読み取って」
といい、慣れた手つきでQRコードを差し出す。
「.......えっとどこでQRコード出すんだっけ?」
「ここで画面切り替えて.......それでここ押して」
一方で僕はLINEの友達登録の機能を使う機会が少なく、かなりぎこちない手つきで、というかこの女の子に教えてもらいながら登録画面にたどり着いた。
「君、あんまLINEとか交換しない?」
そう言われて、僕は「もしかして友達あんまりいない?」と言われたような気がして、少しだけ恥ずかしくなる。別に、とだけ返し、彼女の方には目を向けず言葉を返す。
QRコードが読み込まれると、彼女のアカウントが表示される。彼女のアカウントはいつものスポーティーな様子に元気にピースをしている写真だ。彼女の朗らかな性格がわかる写真だった。僕が画面から目の前の彼女の方に目を移すと彼女はなぜか僕に対してピースをしてきていた。
「何やってるの?」
「ほらほら、プロフィール画面の物まね~」
「物まねも何も、本人じゃん」
一体どういうボケなんだ......。不思議な気持ちになりながら携帯をしまう。
「あんたのは、これは海?」
彼女は喰いつくようにスマホの画面を凝視する。
「うん、昔行ったことがあって、そこで撮ったやつ」
「ふーん」
「海好きなんだ?」
「まぁね」
「なんで?」
なんで? LINEのアイコンに対してそうやってきかれたことがないから、少し返答に困った。
「海ってさ、すごく自分の悩みとかが小さく見えるだろ。人間関係や同調圧力とか、学校の悩みとかがちっぽけに感じられてさ」
「ふーん」
「君、やっぱ面白いね」
そう言って彼女は首を傾け、顔をくしゃっとしたような笑顔で僕を見つめた。
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