第2話 私らしくいられる場所

私の朝は結構早い。

といっても、一般的な勤務時間ほどではないけれど、私が自分のまま働ける場所を探していたら、ここに落ち着いた。


「おはようございます」


カランカラン、とレトロな雰囲気のドアを開けると、そこは古い喫茶店。

中ではマスターがカウンターの奥で準備していた。


「やぁ、おはよう矢田さん」

「おはようございますマスター」

「今日はスカートなんだね。似合うよ」

「……ひょっとして口説いてます?」

「ふふ、僕が何歳年上だと思ってるんだい。いいからホールお願いね」

「はい」


私はここで、好きな恰好をして働いてる。

ここには制服とか、そんなのはない。

一応エプロンだけはあるけど、基本的に服装は何だっていい。


髪型も、服装も、私が好きな恰好ができる。


だから、私はこうしてここで、スカートを履いて、化粧もして働いてる。


ここだけが、私の居場所だと思える。

私らしくいられる所を、やっと見つけられた。



高校まで、誰にもなじめなかった。

私は男として生まれて、男の子たちと、同性として遊んでいた。

でもそのうち、だんだんと彼らと私は同じじゃないんだってことに気づいてしまった。

それはどんどん膨れ上がり、大きな違和感として私に立ちはだかった。


与えられた身体に反発するように、髪を少し伸ばしてヘアピンをつけ、制服を着崩して、いつも生徒指導の先生に注意されていた。

イヤリングも付けていたし、高校になってからは薄く化粧もし始めた。


毎日、化粧して着飾って、目いっぱい突っ張っていた。

私は男になんてならない。男なんかじゃない。そう言いたかった。


当然、そんな私の変化を、私の父親も母親も、受け入れはしなかった。典型的な男女二元論の価値観を有していた彼らにとって、自分の息子がまさか女装の趣味があるなんて受け入れたくなかったのだろう。


理解してくれる友達なんかいなかった。


親も分かってくれなかった。


誰も味方になってくれなかった。


『女装したいなんて変だよ』

『おねがい、一緒に病院に行こう』

『変態。不細工のくせに女の恰好してら』

『おまえさ、自分の顔見たことある?似合うと思ってるのそれ』

『もっと女顔だったらそういうカッコも似合うだろうにな』

『ぶはは!そのゴリラ面じゃあな!』


私のことを、理解してくれる人は、誰もいなかった。


悔しかった。


自分の顔のことは、私が一番知っている。

似合わないことも、痛感している。


可愛くなんかなれないことに、どうしようもない絶望を感じた。


それでも。


それでも、私のことを知っている人たちからの不躾は視線と言葉に反発して、傷つきながら、それでも自分を曲げたくなかった。


男が同性であるということが受け入れられなかった。


私もそうなってしまうことが、そして第二次性徴によってそうなってしまったことが、耐えられなかった。


このごつい身体が、指が、頬骨が、喉ぼとけが、くびれのない腰が、膨らまない胸とお尻が、なにもかも嫌だった。


なによりも、この顔が……どう頑張っても、可愛くなれない顔が、私の絶望だった。


だからせめて、私が好きなもので武装しようと思った。

アクセサリー、メイク、髪型。ファッション誌を買い漁って、私でもできそうなことを探し続けた。


少しずつ、自分が自分に戻れている気がして、すごく楽しかった。


なじみの美容師さんに、思い切って「女の子の髪形にしてほしい」って頼んで……


変な反応されると思ってたけど、何も言わずに女の子用のヘアカタログを山のように持ってきてくれて、「どれがいい?しばらく見てていいから、気に入ったのが合ったら言ってよ」って言ってくれた、あの驚きと喜びは忘れられない。


ボサボサに伸びてたのを、まずは全体のフォルムに丸みを持たせたショートにしてくれて、その可愛さに言葉が出なかった。


それと同時に、私はようやく、私が満たされるのを感じた。


今まで男であることに、女に生まれなかったことに絶望し、妬み、私は私を認められなかった。


でも、髪型をこんなふうにしてもらえるだけで、私はその私を許してあげられると、そう思えた。


もう誰とも比べなくてもいいよ。


そう自分に言えそうな気がした。


そんな時、この喫茶店に入った。


切ってもらったばかりの丸みを帯びたフォルムの髪形で、お気に入りのイヤリングをつけて、慣れないヒールを履いて歩いていたけど、そのせいで痛くなった足先を休めたかった。


たまたま入った喫茶店だったし、適当に時間をつぶして出るつもりだったけど、マスターはほかの同級生や大人と違って、女の恰好をした私のことを、馬鹿にしたような、毛虫でも見るような目では見ることはなかった。


何度か通うようになって、マスターとも話をするようになって、ここで働きたい、と思うようになった。


私以外の客がいない時に、思い切って聞いてみた。


「ねぇマスター、ここってバイト募集してる?」

「そうだね。一人いてくれると助かるかも、って思ってたよ」

「……あのさ、私……このカッコのまま働きたいんだけど」


断られるかも、と思ったけど、やっぱりマスターは優しくて。


「いいよ。君の好きな恰好でおいで」

「……いいの?」

「あぁ。君らしくいられる格好でおいで」

「……!」


私は


溢れそうな涙を堪えながら。


「名前を、教えてくれるかい?」

「……矢田、昌」

「オッケイ。じゃあ矢田さん、明日からよろしく」


私はマスターと改めて握手した。


こうして私は、ここでホールスタッフとして雇われた。



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