第15話

「う……ん」


 目が覚めると、俺はまたしても床で寝ていた。


 ん? デジャヴかな?……。


 と、俺がそんな事を考えていると、誰かが俺に声を掛けてきた。


「あ、起きた〜?」


 声の主は初音だった。


 初音は、あいも変わらず俺のベッドに乗っては、足をパタパタとさせながら、うつ伏せでスマホと睨めっこをしていた。


「いきなり殴るなよな……。とまぁ、それはそれとして、俺に何か用でもあったんだろ?」


 そう、俺が初音に尋ねると、初音は触っていたスマホをベッドに置くと、上体を起こして女の子座りで俺の方へと向き直した。


「あ、そうそう! アニキ、久しぶりに『アソコ』行かない? ちょっと気になるものがあってさ!」


「ん? 『アソコ』?」


 恐らく、初音が言っているのは、初音がまだこの家に住んでいた時、俺と毎週のようによく行っていた、『アニメ○ト』というアニメ専門ショップの事だろう。


「しょうがないな……分かったよ」


「ほんと!? じゃあ、ちょっと準備してくるね!」


「え? 今から? 今、11時前だけど? 俺氏……まだ、朝飯すら食べてないん……」


「むしろ! 今でしょ!」


 初音は、そう言い残して乱暴にドアを閉めると、洗面所の方へと向かって行った。


 当時、家の洗面所にある棚の5割は初音ゾーンになっていて、父が3割、母が2割を占めていた。


 因みに、俺のゾーンは存在しないので、父のゾーンに歯磨きセットだけ置かせてもらっていた。


 ほんと! 新戸家での俺の扱いって酷すぎない!? マジで並の精神力だったら、とっくに人生ドロップアウトしてるところだぞ!?


 思い出しただけでも、イライラしそうになるが、とりあえず落ち着いて気でも紛らわせるべく、俺も一階に降りることにした。


 しかし、この時の安易な判断と選択で、俺は後悔することになるなんて、この時の俺には想像することすら出来なかった。


 それは、俺が一階へ降りてリビングへと入り、麦茶を冷蔵庫から取り出して、そのままコップに注ごうとした時だった……。


 俺は、見てはいけないものを見てしまうことになる。


「あぁ〜、いい湯加減だった〜」


「へ?」


「……え?」


 それは、シャワーを浴びてリビングへと入って来た、かろうじて下着姿の初音だった。


 まだ、ブローしていないからなのか、毛先から雫がポタポタと首に巻いたフェイスタオルに下垂れている。


 水色ベースの生地に、白い水玉模様が際立っているブラジャーに、同色のパンツをかろうじて身に纏った状態で初音は、まるで不審者でも見るかのような目で俺を睨みつけてくる。


 俺は完全に忘れていた……。


 初音が昔から「露出狂」だったということを……。


 フェイスタオルで器用に自分の髪の水を絞りながら、初音が俺に言った。


「いつまで見てるし……早く、アニキも出掛ける準備したら?」


「え? 殴んないの?」


「は、はぁ!? その発言だと、なんか私が常日頃から殴ってるみたいじゃん!」


「いや! ことあるごとに殴ってるだろ!?」


「意味わかんないし〜! あっ、私にも麦茶ついで〜」


「分かったから。早く、服を着ろ! 服を! 目のやり場に困るんだよ!」


「はいは〜い」


 初音はそう言うと、2階に上がり、自分が使っていた部屋へと入って行った。


「……」


 そして俺は、この日、俺の人生においてマジでどうでも良いような無駄な知識を1つ得てしまったのだった。


 妹の胸が綺麗で柔らかそうで、しかもあんなに整っていたなんて、正直知りたくもなかった。


 出来ることなら、初音がリビングに入ってくる前に時間を戻して欲しいものだ……。


 俺は、色んな意味で後悔した……。


 小さい頃は、良く一緒に風呂に入っていたものだが、あんなに立派な代物なんて、ぶら下がってなどいなかったぞ?


 と、俺が懐かしい思い出に笑みをこぼしながら、初音と自分のコップに麦茶を注いでいた時だった……。


「アニキ? なに、ニヤニヤ笑ってるの? マジ、キモいし……」


「は、初音!? もう、着替えてきたのか!?」


 自分の部屋から着替えて降りて来た初音が、俺の方を見ては、ボソッと呟いた。


 初音は、白色のフリフリが付いた可愛らしいワンピースを着て、ナ○キのエナメルバッグをぶら下げた格好で降りて来た。


「なに? 妹の裸見て欲情してたの? バカなの?」


「ば、ばか! ちげぇよ! 違くないけど、ちげぇよ!」


 初音がそう言いながら俺の方に向かってくると、コップを手に取り、それをそのまま口へと運ぶ。


「な、なぁ? 初音?」


「何かようですか? 変態さん?」


「おい、その呼び方はやめろ! 断じて違う!」


「はいは〜い。それで? どうかした?」


「いや、アニメ○トに行くなら、電車の時間とか調べないでいいのかなって……」


 初音は、キョトンとした顔で俺を見た。


「え? アニキが調べてくれるんじゃないの?」


「なんで、お前の用事に付き合う俺が、わざわざ調べないといけないんだよ……それくらい、自分で調べなさい」


 と、俺が初音の頭頂部を軽くこつくと、初音が心底面倒くさそうな表情を浮かべる。


 最初、初音は俺を見ては抗議をしていたが、俺もお兄ちゃんの威厳を保つべく「オール無視」で冷静に対応することにした。


 すると、初音は俺の飲んでいたコップを「ヒョイッ」と無言で取りあげると流しの方へとスタスタと向かって行く。


「あっ! コラ! まだ飲んで……」


「分かりました! 自分で調べます〜! あっ、これ洗っとくからアニキも自分の部屋で着替えて来てよ〜? そんなダサい格好をした人と一緒に歩きたくないから〜」


 俺にそう言うと、初音は「シッシッ!」と手をひらひらとさせては、俺をリビングから追い出した。


 あんのアマぁ〜! ちょっと可愛いからっていい気になりやがって! 大体、誰の用事で出掛けることになったんだっつうの! それに、ジャージの何処がダサいんだよ! むしろ、カッコいいじゃねぇかよ!


 俺は、1人ぶつぶつ言いながら、階段を登って行くのだった……。


 to be continued……。




 

 



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