第3話
「あんの、アマぁ……。俺の息子になんてことを……」
俺は、痛みに耐えながら床から起き上がると、初音の後を追った。
「おい! 初音! いい加減に!……」
俺が勢いよくドアを明け放ち部屋に入ってみると、初音が俺のベッドに無防備な格好で寝転がっては、枕に顔を埋めて、「何か」を堪能していたようだった。
その、「何か」とは……。
「はぁ〜! 「加齢臭」の良い匂いだぁ〜!」
……え? ちょっと待って? 今、コイツなんて言った? は? 加齢臭?……いや! カレー臭????
俺、昨日カレーライスとか食ったかな? いや、食べてないよな……。
初音が発したその言葉の意味を、不覚にも理解出来てしまった俺は、反射的に、軽い現実逃避をしてしまう。
ま、まぁ俺も、さっき初音が身体を近づけてきた時なんか、初音から女の子特有のいい香りがして、その、なんだ……少しだが……む、ムズムズしてしまった……。
こ、これは、妹に欲情したとか、決して! そういうわけじゃ無いぞ! つまり、アレだ! 匂いフェチの人だけが体感してしまうと言う、例の現象ってやつだ!
ほら? 良くあるだろ!? 街中で歩いてると、突然、通りすがりの女性からイイ香りがしたと同時に、振り向いたりした経験とか!? つまり、そう言った現象の1つみたいなものだ! ソースは俺!
初音は、しばし加齢臭の匂いを堪能した後、ベッドにうつ伏せになり、足をパタパタとさせながら、スマホを取り出しては、「○ouTube」とか「○nsta LIVE」を見始める。
ってか! 少しは、意識しろよ! あぁ〜もう! スカート捲れ上がってパンツとか見えちゃってるし!「おい、パンツ見えてるぞ?」とか情け無くて言えねぇじゃねぇか! て言うか! スパッツとか、短パンくらい履いとけよ! 女子の基本だろが!
「ふんふんふ〜ん♪」
「……」
まぁ、別段、迷惑を掛けているわけじゃないし、いっか。
俺は、スマホを片手に取り、初音に背を向けるとネットサーフィンを始めた。
室内には、初音が見ている動画の音声と、エアコンと空気清浄機の音だけが、心地良く漂っていた。
昔から俺は、何かに集中する時、必ずと言っていい程、無言になってしまう癖があるのだが……驚くことに、それは俺だけではなく、初音も同様だった。
こうしてみると、容姿が違くても、俺と初音は本当に兄妹なんだなぁと……そんな事を考えている内に俺の頬が、少しだが緩んだ気がした。
まぁ、初音の容姿はともかく、相変わらず性格の方は「難あり」だがな!! ああやって、すぐに手を出すし!
その点、俺は絶対に手は出さないし、人とも特に話さないから、争い事なんかも起こらない! まさに、パーフェクトヒューマンと言っても過言ではないだろう……。
と、そんな事を考えていると、初音が動画を止め、「くるり」とコチラを向いて話しかけて来た。
「あ、ねぇ! アニキ?」
「ん?」
俺は、スマホを片手に初音の方へと視線を送った。
「あのさ?
俺は、amuseの名前を何処かで見かけた事があったような気がしたが、特には知らなかったので、適当に答えることにした。
「あぁ、知ってるぞ? 前に『ラブライバー』とかで流行ったやつだろ?」
俺がそう答えると、初音は肩を落とし、少し呆れた様子で返す。
「全然違うから……しかも、それは、amuseじゃなくて!
「そかそか! んで? そのamuseが、どうかしたのか?」
俺がスマホを置いて、あくび混じりに、そう答えると、初音はベッドから身体を起こすと、身を乗り出しては、俺の横に「ピョコッ」と鎮座し、スマホの動画を俺に見せて来る。
「アニキも、時代に取り残されたくなかったら、一度でいいから、このamuseを見てみる事をおすすめするよ! amuse! 今、マジやっばいから〜!!」
「お、おう……はっきり言って、どうでもいいんだが……」
「私のおすすめはねぇ! 明日香さん! amuseが結成して、今年で5年目になるんだけど! この5年間、ずっと不動のセンターなの! 容姿も抜群だし! もう! センスの塊って言うか!」
あれ? 初音さん、俺の話聞いてました!? 俺氏、どうでもいいって答えたんですけどぉ!?
初音は、戸惑う俺に対して、全く気にする事もなく、間髪入れずに話を続ける。
「でさ! amuseがこれまで出してきた曲は、全てあらゆるチャート入りを記録してるんだけど! 明日香さんって、ソロでもそれを達成してるんだよ!? しかも! メンバー内では最年少! これって、マジ! 凄くない!?」
「うんうん……凄い凄い……」
「それでねぇ〜! 明日香さんってば!……って! アニキ! 私の話、ちゃんと聞いてるの!?」
「あ、あぁ! ちゃんと聞いてるぞ〜? あ、アレだろ? 納豆には、ネギ入れるか? 入れないかのタイプの話だったよな!?」
「って! 全然違うから!! 何処の5歳児だ!! てか! ちゃんと話聞け!!」
「あ、あれ!? 違かった!?……あ、因みに俺は、入れないタイプだぞ?……」
「は、はぁ!? どうでもいい情報、要らないから!!!! てか死ね!!!!!」
「ぐっはぁぁあぁぁあぁあ!!!!!」
初音は、俺の頬にプロ顔負けの見事な左ストレートを入れ、ジト目で俺を睨みつけては、威嚇をしてくる。
「人の話聞かないとか! マジ! ありえないんですけど!!」
「はい……すいません」
あれ? 俺、なんで謝ってるの!? そもそも俺、悪くなくない?……。
それから俺は、何故か初音のご機嫌取りに2時間も費やす形となり、その後、初音は、部屋を後にする。
「とにかく、元気そうで良かった……。また、くるから!」
「お、おう」
2度と来んな!!!!
別れ際に、俺が心の中で放った言葉に、初音は気付いたのだろうか?……突然、「くるり」とこちらに振り返ると、「何か言った?」と、俺を睨んでいた様にも見えた……。
「いや、何も! そ、それより、気いつけて帰れよ?」
「え? 変なアニキ〜……ありがとう。それじゃ!」
ガチャッ!
「流石、母さんの娘……。母さんに似て、マジ怖ぇわ……」
俺は、初音を玄関まで見送った後、自分の部屋まで戻ると、RNOのソフトを手に取った。
それから俺は、ゲーム機の電源を入れ直した後、ソフトを再度入れ直し、VRゴーグルを着用する。
「……よしっ! いっちょやるか!」
そして、軽く深呼吸をしたあと、そのままベッドに横になると、静かに、RNOを起動するのだった……。
to be continued……。
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