第10話


「大人しくしねぇと痛い目見るぞ!」


盗賊の1人が胆を切る。

奴らは下品な笑みを浮かべている。

こちらも

ダリルが何か言い返している。

盗賊の表情はすぐに残酷な笑みに変わる。


『今、逃げたらどうなるんだろうね』


背後に回ったその声は男とも女とも取れる、赤くみずみずしい妖艶さを纏う唇をいやらしく歪ませて笑った。

瞬時にこの門を通られた後の凄惨な光景が脳裏によぎった。

シンパは臆病だった。

きっとここにいる誰よりも。

たまらなく恐ろしかった。

目の前の盗賊が、脳裏の光景が。


(アルシェ)


1人の少女の名を呟く。

シンパは気づいてしまった。

あの優しい少女は一人震えているのだと。

稀代の臆病者はその臆病さ故、雄叫びを上げた。

一心不乱に握りしめた棍棒を力一杯振り下ろす。

棍棒からは誤って踏み潰したトマトと同じ感触がした。

踏み潰されたトマトは食べ物としての価値を失う。

シンパは次に狙いを定める。

青く熟していなかったのだろう。

固くて潰れるというより凹むような感触だった。

次のは懐かしいものだった。

子供の頃落ちていたオレンジを木の棒を打って遊んでいた時の思い出だ。

棒がオレンジに当たるとドンという鈍い音がして果汁が飛び散る。

実は対して飛もせず割れてぼとりと地面に落ちる。

大人に見つかった時はコブができる程殴られた。

落ちていた半分腐ったオレンジだった。

あの時は納得出来なかったが今となれば食べ物の大切さはよくわかる。

なのに次のトマトが向かってくる。

そうだった、食べ物は粗末にしてはいけない。

そう思った瞬間またあの声が聞こえた。


『でも仕方ないんでしょう?』


そうだ。

仕方ないのだ。

シンパはまた棍棒を振ってトマトを潰す。

籠いっぱいにあったトマト達は半分程に減っていた。

潰し終えたのではない。

籠から転がり落ちているのだ。

いけないことだ。

逃げ出したそれらはまた必ずやってくることをシンパは知っていた。


『酷い人ね。全部潰すつもりなの?』


後ろから細い腕をシンパの首に回し、絹のように滑らかな手の真珠のような美しい爪で頬を撫でた。


そうだ、シンパは短く答えまた棍棒を振る。

心地の良い潰れる音が鳴る。

呆れた、と言いたげなため息が耳元で聞こえた。

そこにはシンパには決して見えない満足げな笑みがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る