【覚醒】
時間は少し遡る。アンナがギルドに移動した直後であった。梯子を降りてくる者の気配を感じたレイとティアは構えていた。
「どうしようレイくん、誰か来る…」
「僕の後ろに下がってて」
侵入者は梯子を一段ずつ丁寧に降りているわけでは無いようだ。タタタタ。凄いスピードでどんどん降りてくる。そしてその姿が現れた。
「る、ルカさん⁉︎」
白髪の色男が巨大な剣を背負ってそこに立っていた。
「まさか君達があの賊の仲間だったとはね」
彼は背中から剣を抜き取った。
「ギルド長からここに賊が潜んでいるって情報があってね。まさかうちの地下に潜んでいるとは灯台下暗しだ。君達を連行しに来た。命は取りたくない。抵抗しないでくれ」
そんな話を易々受け入れるレイではない。彼はティアがどんな目に遭ったかを思い出す。連れて行かれれば、ティアもシューくんもどうなるかわからない。
レイも剣を抜き取る。
「家賃は後できちんとお支払いしますので今日のところはお引き取りください」
「俺が優しい大家だったらそうしたかったけど、生憎今は正義の冒険者として来ているんだ」
剣を構えながら、二人は間合いを図る。かたや冒険者の英雄にして、もう片方は冒険者歴一日未満の素人。見合ったこの時点で二人の力量の差はルカには丸わかりであった。
そしてレイもそれを知っている。彼は絶対に勝てない。だからどうにかティア達だけでも逃がせないかと頭を巡らせる。
「それ以上抵抗したら、本当に殺さなくてはいけなくなる」
ルカが冷たく言い放つ。
「だめぇぇぇぇぇ‼︎」
ティアが叫んだその時、不思議な事が起こった。アンナに貰ったペンダントが光ったと思ったその瞬間、世界が停止した。
ルカもレイもシューくんも、ぴくりとも動かない。
「アンナが言っていた事は本当だったんだ…」
(「ティア、耳を貸せ」
アンナは手を口元に当て、膝を曲げた。ティアの耳に口を近づけ、小声で何かを話した。
「そのペンダントにも、レイの剣みたいな異能がある。私のは時間停止だけどな。二つ持っていると死ぬから、これはお前に預けておく。念じれば時間は止まるから、もしもの時はこれを使って身を守れ。わかったな」
「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」)
アンナ言う通りであった。時間は綺麗に静止した。
何も動いていない。何一つとしてぴくりとも。空気すら静止しているのが感じられる、息が苦しい。
ティアは足を一歩踏み出した。物凄い疲労感が全身を襲う。
(これぇ…凄い疲れるぅ…)
二歩目を踏み出した時には更なる疲労に加え、全身の痛みすら感じられる。少し休もうとも思ったが、体を動かさずとも疲労と痛みは増していく。
(頑張らないと…レイくんがぁ…)
彼女は全身の力を振り絞ってルカの元まで歩いていった。かなり躊躇ったが、覚悟を決め、彼の胸板を思いっきり突き飛ばした。しかし彼はぴくりとも動かない。時間を止められてなお、物凄い体幹である。
(もぅ…無理ぃ…)
ティアが力を抜いた瞬間、時間が再び動き出す。
突然目の前に現れたティアにギョッとしたルカが反射で後ろに飛び下がった。
(この感じ…ミロスフィードの時と同じ…)
レイも突然近寄っていたティアに驚いたが、ふらつく彼女を見て、すぐに彼女を支えに行く。
「ティアさん、大丈夫⁉︎ 何があったの?」
「大丈夫…剣貸してぇ…」
レイが不思議そうな顔を浮かべた時、時間が再び静止した。ティアがまた止めたのだ。
彼女はレイの腕から剣をもぎ取った。とても重い。腕が千切れそうだ。しかし彼女は全力で体を奮い立たせ、ゆっくりとルカに近づいていく。
(こんな苦しいこと、レイくんにさせられない…あたしがやらないと…)
ルカまでの数メートルが永遠のように長い。これが時間を止めることの代償であろうか。ティアは今にも気絶しそうになるのを必死に堪える。
(ごめんなさい…誰も死なせないためなの…)
骨が砕けそうになるのを我慢しながら剣を胸まで持ち上げ、ルカの肩に突き刺した。これで彼の戦力を奪える。ティアはそう考えた。
しかし剣先は刺さっていかなかった。非力なティア、そして時間停止の負担もあるが、ルカの体が硬すぎるのだ。鍛え抜かれた高密度の筋肉が鎧のようになっているのか。
ティアはもう耐えられなかった。彼女が気を失うと同時、時間がまた動き出す。
(また一瞬で近くに⁉︎ 速いとかじゃない、なんだ)
ルカはティアが気絶しているのを確認すると、彼女から剣を奪って拾い上げた。
「ティアさん‼︎」
「どういうからくりを使ったかは知らないが、お前の剣は俺が奪った。この娘を切り刻まれたくなかったら大人しく降参してくれ」
「ルカぁ‼︎」
「誰も殺したくないんだ。頼む」
息が荒くなっていくレイを見て、ルカは彼が怒りで興奮しているのだと思った。しかしどうも様子が変である。ルカは怪訝な顔を浮かべた。
「おい、お前。変だぞ」
「はぁ…はぁ…」
「なんだ、体がどんどん黒く、大きくなっていくぞ⁉︎」
青白い光と共にアンナが現れた。瞬間移動で戻って来たのだ。彼女は心配そうに見渡し、状況を理解しようとしている。
「おいミロスフィード、こいつは一体どういう事だ⁉︎」
「レイ! どうした⁉︎ なんだ貴様何をした⁉︎」
「うがかぁfぅyにs;hロロkんwkんあァァァァ‼︎」
アンナがルカに掴み掛かろうとした時、レイの雄叫びが地下空間を激しく揺さぶった。怯む二人。再びレイの方を見ると、彼は何か巨大な黒い異形に変貌してしまっていた。
口を大きく開けた瞬間、放たれる紫のレーザー。天井に穴が開き、彼は一瞬でそこから飛び立っていった。
「地上に逃げる気だ。追うぞ、ミロスフィード」
「レイ…!」
アンナの顔には不安と焦りがあった。
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