【カタストロフ】

当時の戦士達によって冒険者ギルドが設立されてから、変異歹による被害は確実に減少していた。しかし、それでも毎年数多の人々が死亡している。

 ロキロキのような大きな街は、戦争などに備えて防壁で囲まれている。故に変異歹の被害は殆ど無かった。しかし街にも出入りはある。一歩外に出ればいつでも命の危険があり、その被害は深刻なものであった。

 変異歹の顕現は突然の事であった。ある日突然だった。

 対策として考えられた冒険者ギルドも、設立までには時間がかかり、それまでに何百人もの人々が犠牲となった。

 しかし仕組みは年々強化されてゆき、変異歹はどんどん討伐されていった。冒険者ギルドは人々の安寧のために無くてはならないものになった。


 しかし事件は起きた。今から十六年前の事である。


「緊急招集? 一体何があったんです?」

「わからねぇ。とりあえずギルド長のところへ行ってみようぜ」

 フライドとセンリは冒険者の中でもかなり腕の立つコンビだった。ギルドのエースである彼らが緊急で呼び出されるということは、良い知らせではまず無いだろう。

 二人は急いでギルド本部のある塔へと駆け込み、最上階の四階へと向かう。

「おっさん来たぜ‼︎」

「ギルド長、緊急事態ですか?」

「よく来てくれた」

 ギルド長は冷や汗でびっしょりだった。やつれてすら見える。いつもの落ち着いた雰囲気からはあまりにかけ離れている。

「これを見てくれたまえ」

 一枚の羊皮紙をテーブルに広げる。

「うちの情報部隊からだ。今さっき届いたばかりだ」

 紙にはこう書かれていた。

「緊急事態。二足歩行の大型変異歹、以降オーガと名付ける。オーガの群れが北東から自国の方へと一直線に向かっております。その数、少なく見積もっても百。日が暮れる頃にはたどり着く見込みです」

 センリは読み上げながらどんどん顔色が悪くなっていった。

「何だと⁉︎ マジかよ‼︎」

「時間がない。二人は他の冒険者も集めていますぐ北東の壁外に向かってくれ。間違ってでも、一匹も街に入れるわけにはいかない」

「承諾いたしました。今すぐ」

 二人は急いで部屋を飛び出していった。


 街の前方に広がる美しい草原。そこは百匹のオーガで埋め尽くされていた。不気味に蠢きながら、街の方へと進撃する。

「食い止めますよ、フライド」

 対峙するのはセンリとフライドを含む三十人の冒険者達。各々が武器を構える。

「あたぼうよ。街は襲わせねぇ」

 街を、人々を守るため、彼らは変異歹の群れに突撃していった。


 だがオーガの群れは強かった。数も多かった。

「やばい! 見ろ、何匹か門をこじ開けて街に入っていったぞ!」

 満身創痍で戦っていた冒険者の一人が叫んだ。

「まずい」

 センリは目の前のオーガを斬り倒すと、それらを追いかけて街に入っていった。フライドも続く。

「センリ、この地区って」

「私の家はすぐ近くです…」

「お前、嫁さんと産まれたばかりのガキがいただろ!」

「避難命令は出ています。きっともうここから離れています。それより私達は迅速にオーガを」

「わかった…」

 二人はひたすら走る。焦燥を感じながら。

(アイサ、アンナ、無事でいてくれ…)


 避難は間に合っていなかった。家は破壊され、民の死体があちこちに転がっていた。二人が、入り込んだ七匹のオーガを全て討伐した頃には、街の一角は地獄絵図と化していた。

 共に戦っていた冒険者がやってきて、外のオーガも全て倒したことをフライドに伝える。戦死者は十名だった。

「わかった…」

 フライドは絶望した顔で前方を見ていた。蹲って泣いている親友の背中を。彼の前には血まみれの女性が倒れていた。下半身がひしゃげて、見るに耐えない姿で。

「すまない…私は、家族すら守れなかった…」

 涙を流すセンリに女性は微笑む。

「この子は無事よ、傷ひとつ付いてないわ」

「だが、アイサ、君は…」

 彼は泣くことしかできない。死にゆく最愛の妻の手を握りながら、ただ嗚咽する。

「私達の子…大切に育ててあげてね…」

 アイサの体から力が抜けていき、目の光が失われる。

「アイサぁぁぁぁぁぁ‼︎ うわぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 センリの号哭だけが街に響く。


 この事件は死者三十八名で幕を閉じた。センリは妻を失い、心に深い傷を得た。フライドは孤児になった男の子を一人、養子として向かい入れた。

 だがこの事件には不可解な点があった。その一、変異歹の異常な数。その二、同型の変異歹が百匹もいた事。奴らは普通の生き物が突然変異した存在であり、同じ種族であそこまで数が多いことは無いに等しい。その三、何故一直線に街に向かってきたのか。まるで統率がとれていたかのように。


 センリはこの事件を憎んだ。その真相を命懸けで調べ尽くしたのだった。

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