【襲撃】

 時間の経過を考えると、地上はもうすぐ黄昏かもしれない。そろそろ仕事を終え、夕食に向かい、一日が終わる頃だ。だが三人の今日はここからが本番。まさに命運を分ける夜が始まる。

「ヒヨクをぶっ殺してくる」

 様々な想いが籠ったその言葉はとても重かった。

「ついでにギルドのトップもだ。そいつらが組織を腐らせている」

 聞きながら、ティアは少し涙目になっていた。

「今夜で全て終わらせてくる。お前らは心配しないでここで待っていろな」

 アンナはティアの頭に手を乗せ、優しく撫でた。そしてレイの方を向き、二人は頷き合った。

「じゃあな」

 アンナは二人から離れると、剣を握りしめた。

「またね、アンナ。帰ってくるって約束だから…」

「ああ、約束。またな」

 少女の体が青白い光に包まれていく。

「待っていろよヒヨク」

 そして彼女の姿はもう、無くなっていた。


 この地域の建造物の殆どは煉瓦か木材、もしくは丸石で出来ている。中には暖炉があり、そこで暖をとる。冬の寒さが入ってこないよう、窓は二重に重ねて造られる。

 どこの家も似たような構造であり、人々にとっては当たり前の生活だった。

 しかしこの部屋だけは国で唯一、様子が違う。違いすぎる。

 アンナは三年ぶりに訪れた部屋を嫌悪感たっぷりに睨みつける。

「あれから全く変わらない。気持ち悪い」

 正方形で、窓の無い部屋だった。一辺十メートル強程だろうか。そこそこの広さがある。壁、床、天井、全ては同一の素材で出来ており、真っ白であった。その真っ白い素材には光沢があったが、金属ではないようだ。知っているどれにも当てはまらない、アンナにとって未知の物質。窓は無かったが、部屋は何故か外より明るい。

 部屋に家具は殆どない。あるのは細長い金属製のテーブルと、同じく金属製の棚。液体やら粉やらが入ったガラス瓶や、何かの資料が乱雑に置かれている。そして部屋真ん中には椅子とベッドの中間のようなものがあり、家具は以上であった。椅子にはベルトがついており、寝そべった者を拘束出来るようになっていた。

 アンナはその椅子を睨みつける。怒りがどんどん湧き上がってくるのを感じた。

「懐かしいね〜」

 皮肉な声が静寂を破る。部屋にはいつの間にか青髪の長身男が立っていた。どこから現れたかは分からない。いつの間にかそこに立っていた。

「ヒヨク…」

「僕らが出会った日もここに来たね。騙されたと知った君の顔ときたらもう…」

 そう言ってヒヨクはくすくす笑う。まるでアンナを挑発するかのように、わざとらしく。

「悪夢だ。あれからの三年間、私はお前に復讐することを願い続けた」

「そうだよね、怒りに囚われちゃったよね」

 ヒヨクは挑発する姿勢をやめない。

「僕が憎いよね。全てを奪われたからね。家族を奪われ、人と愛し合うことすら出来なくなって」

「ティアの村も世話になったよなぁ…」

 アンナは冷静に努めるが、怒りで体が震えていた。

「そうだね。ギルドの裏の悪事は大体僕が仕組んでいるから。あの時は鉱物が足りなかったし、ソモの連中が目障りだったから一石二鳥だった」

 彼は嬉しそうに笑う。まるで悪気など無いように。

「ヒヨク」

「なんだい」

「お前を殺す」

「やってご覧よ、お嬢さん」

 ヒヨクは怪しく微笑んだ。アンナはゆっくりと剣を抜き、構える。

「待ちたまえ」

 突然、とある声が二人を制した。

 どういう仕掛けか、壁の一部が開き、そこに人が立っていた。初老の小綺麗な男だ。彼は革の靴をつかつか鳴らしながら部屋に入ってきた。後ろで扉が自動的に閉まる。

「久しぶりですね、アンナ」

 年相応の低い声で男は言った。その声には何故か聞き覚えがあった。ゆっくりと彼女の方を振り向く男性。知っている顔だった。遠い記憶が呼び起こされる。

「ぱ…親父…⁉︎ まさか、生きて…」

 センリ・ミロスフィードは静かに頷いた。

「大きくなりましたね」

 アンナの体からは力が抜けてしまい、剣はカランと床に落ちた。

「い、今までどこに…」

「……」

 センリは複雑そうな表情を浮かべるだけで答えようとしない。

「僕が代わりに話してやろう。この組織、ギルド(組合)というのは名ばかりでね。本当は昔、彼が買い取ったのさ」

「買い…とった?」

「ああ。つまり彼こそ冒険者のオーナー。ギルド長よりも誰よりも偉い。そして僕のパートナーでもある」

 ヒヨクは拍手をしてみせる。

「じゃあ…私は、みんなは、あんたとヒヨクのせいで…」

「そうなりますね」

「うぅ」

 彼女は膝から崩れ落ちる。

「でもまさかヒヨクがあなたに手を出していたとは。私も今さっき話を聞いていて知りました」

 しかしセンリのそんな言葉はアンナに届いていない。

「うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 怒りと悲しみ、絶望。少女は狂ったように泣き叫ぶ。

 センリは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに真顔になり、ヒヨクに向かっていく。

「ヒヨク、彼女を見逃してください」

 口調こそ丁寧であったが、威圧的な言い方であった。

「おいおい。今まで沢山の人間を苦しめ、殺してきたのに、自分の娘だけは可愛いのか?」

「元々あなたと協力関係になったのは家族のためです」

「死んだ嫁のため、ね。そのために生きている娘を放っておいた。だから僕がもらったよ」

「それは…」

「でもいいよ、見逃してあげる。丁度君のお友達が面白い事になっている頃だし、見にいくといいよ」

 ヒヨクはアンナの方を見てニヤリと笑う。

「友達…まさか…⁉︎」

 アンナは血の気が引くのを感じた。彼女は急いで剣を拾い上げ、あの地下を頭に思い浮かべた。青白い光が彼女を包み込み、一瞬後には消え去っていた。

「健気だね〜。僕は君の娘の事好きだよ」

「ヒヨク…」

「さて、僕達も行こう。きっと面白いものが見れるよ。最低親父のセンリちゃん」

 ヒヨクはただニヤニヤと笑うだけだ。

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