【用事】

 その晩は洞窟内で眠った。布団はティアとアンナが使い、シューくんは彼女らの上で眠った。布団は二人でもぎゅうぎゅうだったため、レイだけは床で眠った。床が冷たくて硬いため寝心地は最悪であった。もう二度とここで寝たくはない。

 しかし我慢するしかなかった。呑気に宿でもとっていれば、そこをルカやヒヨクに襲撃される恐れがある。今はここがこの街の中で一番安全なのだ。しかしそれでも、もう二度とここで寝たくはない。

 太陽が無いためわからないが、体内時計が朝を告げ、レイは目覚めた。目を擦って伸びをする。

「ティアちゃんもシューくんもまだ寝てるか。あれ、アンナは?」

 ティアと一緒に寝ていたはずだが、起きたらいなくなっていた。コートもブーツも無くなっているが、荷物は置きっぱなしだった。レイの剣は見当たらない。

 彼女は昨晩無事に瞬間移動を習得したので、それを使ってどこかへ出掛けているのかもしれない。

 まさか黙って襲撃しに行ったりはしていないだろうかとレイは考える。彼女ならやりかねない気もするが、いくら何でも気が早い。レイ達が目覚めるのを待ってくれてもいい筈だ。

 暫くして青白い光と共にアンナが現れた。丁度ティア達も目を覚ました。

「おかえり。どこへ行ってたの?」

「お前には関係ない」

 アンナはぶっきらぼうに答えた。

「ティアも起きたな。じゃあ朝ごはん食べに行くか。他にも買い物で寄らなくちゃいけない所があるし」

「むにゃむにゃ。おはよぉ。何買うのぉ?」

「レイに剣を買ってやろうと思ってな。あいつのは私が取ったからな。私の剣はオンボロだし、礼も合わせてちゃんとしたのを買ってやろうと思って」

「アンナ…」

「うるさい、そんな嬉しそうな顔をするな。後は爆薬とかも要るんだ。それらを手分けして買いに行こう」

「爆薬?」

「ヒヨクん家を破壊するのさ」


 三人がまず向かったのは服屋であった。太陽は既に上がっており、大概のお店はとっくに開店している。

 服屋に寄ったのは変装のためであった。アンナは勿論、ティアやレイもヒヨクに顔を見られてしまっている。アンナは大きなツバの茶色いハット。ティアは花柄の頭巾。レイにはフード付きのマント。そしてシューくんにはウサ耳のカチューシャと全身を覆うペット用の白いコートを、それぞれ変装用として購入した。

「これ顔隠れてないけど大丈夫かな?」

「帽子被ってれば案外顔なんてわからないものだ。それとも舞踏会の仮面でも買うか? 目立って仕方がないぞ」

「シューくん可愛ぃ♡」

 変装を終えた三人は喫茶店で軽く朝食をとり、ここからは別行動となる。

「私は爆薬や着火剤、その他必要な諸々を買いに行く。お前らはレイの剣を買いに行け」

 アンナはコインの入った袋をレイに投げ渡す。

「突入は夕方だ。遅れんなよ。昨日の高級ホテル集合な」

「皮肉がキツい…」

 アンナは体を回転させ、人混みの中へ消えていった。

「あたし達も行こっかぁ」

 しかしレイは浮かない顔だ。

「ん? どったのぉ?」

「ちょっと気まずくて…」

 苦笑いしながら頬をかくレイ。

「また〜? 今度は何なのさ」

「折角冒険者に認めてもらったのに、僕辞めちゃったからさ…。店長さんに申し訳が立たなくて…」

「もぉ、そんなこと気にしなくていいのにぃ」

「しかもお店の地下、勝手に使っちゃってるし…」

「あ、それは気まずいかも。ていうか普通に謝りなよぉ」

「でも作戦が終わるまでは言うわけにはいかないよ。店長も鍛冶屋さんも一応元冒険者だし」

「それもそうねぇ。今度ちゃんと手土産の一つでも持って謝りに行くんだよぉ」

 二人は話しながらぽわぽわぴょんぴょんへと歩いていく。他の店に行く案もあったが、探している時間が惜しいとの事もあり、近くのぽわぽわぴょんぴょんに行くことに決めた。

 それにレイはあの店の品揃えと質を信用している。フライドの作品があるあの店で買いたい気持ちも確かにあった。

(センリさんが居ませんように。センリさんが居ませんように)

 先程まで居た地下の出入り口はお店の横の路地裏に存在している。戻るだけなので、店には直ぐに辿りついた。

「き、緊張する…」

「いいから入るよっ。ごめん遊ばせぇ〜」

 元気よくお店に入っていくティアに慌てて付いていく。見覚えのある店内が出迎えてくれた。

(センリさん居ませんように…)

「いらっしゃいませ〜」

(ひえっ)

 だが声の主はセンリではなかった。雪のように真っ白い髪をした若い男が店の奥から現れた。レイが前回来た時には見かけなかった店員だ。

「何かお探しでしょうか。もし宜しければお手伝い致しますよ」

 店員は爽やかに微笑みかけた。彼はかなりのハンサムで、その優しい表情の破壊力はかなりのものだった。しかしティアは特に気にしている様子は無く、用件を話し始める。

「こっちの金髪のために剣を探しているのでありんす。何か素敵なのを見繕ってくれませんこと?」

「なるほど、承りました」

 白髪の店員は丁寧にお辞儀をして見せた。

「頼もしいですね。お願いします」

「はい。お客様にピッタリの品を見つけさせて頂きます」


 しかしそれが失敗であった。あれから一時間が経とうとしている。

 待ちくたびれたレイとティアは床に座り込んでだらんとしていた。シューくんなんてショーケースの上に登って熟睡している。

「あの…まだですか?」

「少々お待ちください〜」

「もう大分待ったでございますわよ…」

「申し訳ございません。でもこちらの剣も素敵ですし、こちらの剣も高性能で…。あ、この斧もとても人気なんですよ。こちらの棍棒もおすすめしておりまして…」

「剣を探しているんですって…」

「は、はい、そうでしたね。どの剣がよろしいのでしょうか…」

「だからそれを一時間も待っているんです…」

 これなら最初から自分達で探しておけば良かった。二人はため息をつく。

 一口に武器と言っても、それらの個体差はかなりのものである。激しく振り回す物である以上、使用者の癖にピッタリ合ったものを選ぶのが好ましい。だがそれは素人には判断が付きづらく、店員の意見を得たいところであった。しかしこのハンサム男は役に立ちそうにない。

「あれもいいな。これもいいな。こっちも使ってみて欲しいな」

 諦めて自分で探そうとレイが立ち上がったその時、店の奥の扉がドーンと開け放たれた。

「ルカてめぇ接客にどれだけかかってんだよ!」

 レイはその太い声に聞き覚えがった。

「今頑張って探してんだよ。休みの日に手伝わせておいて文句言うな」

「センリが居ないんだからしょうがねぇだろ」

「親父一人でやればいいだろ」

 さっきまでの親切さが嘘のように、店員は奥から出てきた男に怒鳴り声をあげる。

「フライド…さん…」

「おう、すまねぇな。うちのバカ息子が…って、お前、レイ」

 レイとフライドはお互いに気まずそうにしている。ティアと店員はキョトンとした顔で二人を見比べていた。シューくんはショーケースの上で熟睡していた。

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