【二個目】


 暗くてジメジメした空間を天井の淡い光が静かに照らしている。この場所をティアは知っていた。とある見ず知らずの少年の優しさに触れた、思い出の場所だ。

 前来た時とは少しだけ風景が異なっていた。空間の真ん中には小さな木のテーブル、四個の椅子。そして布団を重ねた簡易的なベッドが置かれていた。ぱんぱんの麻袋も二つある。

「安心して、ここは安全だ。人が来ることも無いよ」

 聞き覚えのあるその声に、ティアは喜びを隠せない。

「レイくん!」

 ティアは彼に駆け寄り、ぎゅうっと抱きつく。少年は少し赤面し、困ったように狼狽えている。

「おいティア、誰だそのアホそうな奴は」

「酷いなぁ…。君こそティアちゃんの何?」

「ティアちゃんだと? そいつ今年で十九だぞ」

「ええぇー⁉︎ 年上⁉︎」

 二人のやりとりにティアとシューくんは大笑いしている。

「二人ともいきなり仲良しだねぇ」

「どこがそう見えたんだよ」

 アンナがティアの頭にチョップを落とす。

「ねぇティアさん、紹介してよ」

「はいはーい。えっと、こっちの赤髪でヤンキーっぽいのがアンナでぇ」

「あ?」

「こっちのお人好し金髪がレイくんだよぉ」

「お、お人好しって…」

 ティアは二人の手をとり、強引に握手させた。

「はい、仲良し〜」

 アンナは嫌そうに手を振り解き、レイを睨みつける。

「それよりお前、私達に何をした。今まさにヒヨクに殺されるところだったはずだ。それがどうしてこんな洞窟にいる」

「確かにぃ!」

 ティアも興味津々といった様子でレイに眼差しを向ける。

「ええっと、話すと長くなるんだけど…」

「いいから話せ。じゃないとちゃんと礼も言えない」

 最後の方は少し小声であった。

「わかった。ティアさん、あの時のこと話すけど、いい?」

「うん、いいよ」

 レイは頷き、アンナにティアとの出会いのことを話し始めた。

 冒険者のくだりでアンナは激怒したが、ティアとシューくんが何とか彼女を落ち着かせる。

「その時、気付いたら僕達は突然この場所にいたんだ。まるで一瞬で移動したような。あの時はそれどころじゃなかったからあんまり考えなかったんだけど、その事が後でどうしても気になったんだ」

 アンナは真剣にその話を聞いていた。

「ねぇ、変なこと聞くかもだけど、常識的に魔法とか異能ってあると思う?」

「何それぇ」

「………常識的には無いな」

「だよね。でもどうやら僕は、使えるんだ」

「使えるって、何を」

「異能の力だよ」

 レイは腰から剣の鞘を外し、テーブルの上に置いて見せた。

「厳密にはこの剣の力みたいだ。この剣を持っているとどうやら、瞬間移動ができるみたいなんだ」

「…」

「…」

 二人はテーブルに置かれたその妖艶な剣をジィーッと見つめる。

「今朝ティアさんと別れてから色々試したんだ。路地での事を思い出しながら色々念じてみたんだけど、成功しなくて。諦めて剣の練習をしていたんだ。そしたら。喉が渇いてきたなぁって思ったその時だったんだ。体が急に青白い光に包まれ、気付いた時にはハイパーゼットンっていう居酒屋の前にいたんだ」

 ティアは目を輝かせながら話を聞いている。どうやら信じてくれているようだ。

「そう、この剣を持っていると、一度行ったことのある場所に瞬間移動できる。使いこなすのに時間はあまり掛からなかったよ」

 話を終えた少年はどこか誇らしげだった。ティアはわーと言いなが拍手を送る。しかしアンナはレイを冷たい目で見ている。

「本当かよ」

「ほ、本当だって! さっきはこの力を使って二人に会ったんだ」

「じゃあ証拠を見せろ」

「い、いいよ」

「じゃあ今すぐハイパーゼットンに行ってさくらんぼジュースを買ってこい」

「えっ」

「ティアの分もな。はい、よーいスタート」

「わ、わかった」

 レイが慌てて剣を取ると、彼の体が光に包まれ、跡形もなく消え去った。

「うわっ消えた⁉︎ やっぱり本当だったんだぁ」

「まぁそうだろうな。そんなデタラメな力でも無いと、あのヒヨクからは逃げきれない」

「じゃあ何で行かせたの?」

「喉が渇いたからな」

「アンナ酷いよぉ」

 ティアは苦笑いだ。

「なぁ、ティア。あいつ何でヴァエネ街に飛んで来れたんだろうな」

 突然の質問にティアは目を丸くした。

「一度行った事のある場所にしか瞬間移動出来ないって説明だったろ」

「うーん、前に行ったことあったんじゃない? 私達と出会う前とかぁ」

「あそこにか? 何しに」

「わかんないけどぉ。気になるなら聞いてみればぁ?」

「丁度あのタイミングで助けに来られたのも妙だ。あいつには一応気をつけていた方がいい」

「え〜? レイくんはいい人だよぉ」

 アンナは肩をすくめた。


 五分程経ってレイが戻ってきた。空間に突然青白い光が現れたかと思った次の瞬間には少年が二本の瓶を持って立っていた。

「遅かったな」

「店にこの前の冒険者がいてさ、気まずくて…。マントを顔に巻いたり声を変えたりして何とか入れたよ…」

 赤い液体の入ったガラス瓶を少女達に手渡しながらレイは語る。

「当分あの店には行きたくないなぁ」

「お前根性無いな。この前はティアがお世話になりましたって言いながらビールでもぶっかければ良かったのに」

 レイとティアは苦笑いだ。

「さて、五分移動坊やも帰って来たしこれからの事を話そうか」

「レイです…」

「レイ。最初に一つだけ尋ねる。お前は私達の味方か?」

 レイは少し考え込んだ。

「君の目的は何なの?」

「ギルドの解体」

「それはティアさんのため?」

「それも理由の一つだ。ソモの村には思い入れがある」

「一つ? 他は?」

「家族が殺された」

「そっか…」

 アンナは苛立った様子で髪をかき乱す。

「これで十分だろ。詮索すんな。で、私は奴らと戦うつもりだが、お前はどうするか聞いてんだ。ティアを見捨ててギルドに味方するならここで殺すし、そうじゃ無いならどっかに消えな」

 アンナのキツい言い方にティアは心配そうにレイの方を見た。だが彼は真っ直ぐにアンナを見つめ返している。

「じゃあ味方だ」

「何故? 義理が無い」

「確かに義理なんてないよ。僕自身が冒険者にムカついているだけだ」

「…」

「僕は人の助けになりたかった。自分がしてもらったみたいに、困っている人を助けてあげられる存在に憧れていた。でも誰よりもそうであるべき冒険者が、ティアちゃんやソモの民を迫害していた事にムカついているだけだ」

「…十四人も死んだ。その中にはティアの祖母も居た。彼女の唯一の肉親だ」

「…」

 ティアは悲しそうに俯く。

「ソモの民は確かに危険な研究を行なっていた。だがそれによる死傷者は村の内外合わせてゼロ人。村を破壊される程の大罪は犯していない」

「そうだね。僕もそう思うよ」

「二人とも…」

 ティアもシューくんも今にも泣きそうだ。

「だから私はギルドを破壊する」

「暴力か? 他に方法はないのか」

「あいつらがはいわかりましたってやり方を変えると思うか? ここに奴らの悪行リストがあるから後で読んでおけ」

 アンナは革のファイルをテーブルの上に置いた。

「それにこれは私の復讐でもある。少なくともヒヨクをぶっ殺すまで腹の虫はおさまらない」

「そうか…」

 レイは考え込んでいるようだ。ティアが心配そうに彼の背中を摩り、彼女の足をシューくんが舐めている。

「わかった。協力するよ。殺しは好きじゃ無いけどね」

「私が好きだとでも?」

「あ…いや…」

 アンナは皮肉そうに鼻を鳴らした。

「正直、お前の能力があれば助かる。潜入が段違いに楽になる」

「なるほどぉ、瞬間移動で行くんだねぇ。アンナ頭いぃ〜」

「でも僕はギルド内に行った事ないよ?」

「別にお前が行った事無くたっていいだろ」

 二人は首を傾げる。

「私があるんだ。ヒヨクと出会った日にな」

「あ、なるほどね」

「お前の剣を借りる。それを使って私が攻め込むから、後で使い方を教えてくれ」

「わかった」

「何だよ、後でちゃんと返してやるから泣くな」

「僕がいつ泣きました?」

 ツッコミながらレイは剣をアンナに手渡そうとする。

「あ、ちょっと待て」

 アンナは首の後ろに手を回すと、いつも付けている雫型のペンダントを取り外した。蒼い宝石のような綺麗なペンダントだ。薄暗い洞窟の中でも輝いて見えるような美しいペンダント。

 彼女はティアの後ろに回り、そのペンダントを彼女の首にかけた。

「アンナ…これって」

「私が帰ってくるまでお前が持っていてくれ。もし私が死んだら形見にでもしてくれると嬉しい」

 その言葉にティアは怒ったようにアンナを睨みつける。

「冗談だって。ティア、耳を貸せ」

 アンナは手を口元に当て、膝を曲げた。ティアの耳に口を近づけ、小声で何かを話した。

「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」

 ティアは驚きのあまり目を白黒させている。

「さて。レイ、待たせたな。剣を貸してくれ」

「あ、ああ」

 驚きふためくティアを横目にしながらも、レイは剣をアンナに手渡した。

「なるほど…これが…」

 アンナはまじまじと剣を眺める。

「レイ、まだ寝ないなら早速コツを伝授してくれ」

「大丈夫だよ。習得はそう難しくないし、アンナならすぐに覚えると思う」

「ティア達は先に寝ていてくれ。襲撃は明日だ。今日はもう遅いし休め」

「はーい」

「あ、布団使っていいからね。中古屋で買ったやつだから少し臭いけど」

「大丈夫だよぉ〜。それじゃあお先におねんねさせてもらいまぁす。シューくん行こっ」

 一人と一匹はベッドに走って行った。

「じゃあ始めようか」

「先生って呼んでやろうか?」

「じゃあそうしてもらおうかな」

「いいから。早く教えろレイ」

「アンナって僕に冷たいよね…」

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