第二章「ギルド決戦」

【吸血鬼】

「で、これからどうするのぉ?」

 荷造りをするアンナにティアが問いかけた。

「またお城に戻るの?」

「いや、デドダムの他にもスパイがまだ潜んでいるかも知れない。アルトも居ない今、あそこは信頼できる場所じゃなくなった」

 辺りは既に真っ暗である。今朝アンナがゴミ捨て場で目覚めてから丸一日が過ぎていた。まさかゴミ箱始まりゴミ山終わりの一日になるとはアンナも思っていなかった。彼女の計画では今日既にギルドが解体されていたが、現実はそう簡単には行かなかった。

「じゃあ一人でどうするのよぉ。言っておくけどあたし、弱いからね」

「知ってるよ。はなからお前を連れて行くつもりはないって」

「シューくんはちょっと強いけどねぇ。ねっ、そうだよねぇ〜」

「ピュー」

 シューくんは嬉しそうにティアの頬を舐め始めた。

「正面から行っても勝てないよぉ?」

「わかってる。別に冒険者を皆殺しにするっていう訳じゃない。ギルド長…ていうかそれを影で操っている奴を潰せれば大丈夫だ」

 支度が終わり、アンナがテントから出てきた。

「この前は馬鹿正直に会いに行ったが、追い返された。今度は力尽くで行くしかないな」

 アンナは胸のペンダントを握りしめる。

「あはは、馬鹿正直に行ったんだぁ。アンナらしいかもねぇ。会いに行ったその人は知ってる人なんだっけ?」

「ああ。忘れもしない。気持ちの悪いゲス男だ」

「おいミロスフィード〜。それは言い過ぎなんじゃないか?」

 突然の男の声に二人はギョッと振り向く。暗闇の中誰かが立っている。暗いとはいえ、その接近に全く気がつかなかった。

「ヒ、ヒヨク…⁉︎」

「やぁミロスフィード、久しぶりだな。丁度三年じゃないかい?」

 すらっとした長身にボリュームのある青髪をしたその男は懐かしの友人に会ったかのような気楽さで話している。

 しかしアンナの態度はそれとは真逆であった。顔は青ざめ、体が震え出す。歯がカタカタと音を鳴らすも、今の彼女はそんなのに気を回せる程の余裕を持っていない。

「無視しないでくれよ。俺は君に会いたかったんだ」

「にっ…逃げろティア‼︎ 全速力だっ‼︎」

 二人は一目散に走り出した。男とは逆向き、街の方へと全速力で。だが。

「おいおい、とんだご挨拶だな」

 なんという速さであろうか。男は一瞬で二人に追いついた。ポケットに手を突っ込みながら、ニヤニヤとこちらを見ている。彼のその姿に冷や汗が止まらない。

「久しぶりの再会だというのに逃げるなんて酷いなー。そこのピンク色の嬢ちゃんもそう思うだろ?」

 走っても無駄だと悟り、二人は立ち止まった。息切れが酷いが休んでいる隙はない。男も立ち止まり、じわじわと少女達に迫りよる。

「ヒヨク…どうしてこの場所がわかった…」

「さてどうしてでしょう。俺が君の体に何もしてないと思った? まぁ、あれ以外は何もしてないんだけどね」

 アンナは怒りのあまり奥歯を食いしばる。

「久しぶりに会えて君がどれだけ実っているかと思えば…。とても残念だ。君を選んだのはどうやら失敗だったみたいだね。とんで弱そうじゃないか」

 ヒヨクは腰から湾曲したナイフを取り出した。

「なんか君、俺達の邪魔をしたがってるみたいだし、もう殺すわ。ここで」

 彼はニコリと笑い、ナイフを掲げ上げた。

「じゃあな、ミロスフィード」

 ヒヨクが駆け寄る。近づいてくる。恐ろしく早い。

(避けきれない⁉︎)

 二人は思わず目を瞑った。死を覚悟した。

 ヒュン。

 しかしヒヨクの刃が血を浴びることはなかった。空を切る音を残し、何も起きなかった。

 アンナもティアもシューくんも、もうどこにも居なかったのだ。

「逃げたか。まさか仲間がいたなんてね」

 刹那の出来事だったが、ヒヨクの目は確かに捉えた。一瞬だけ現れ、アンナ達と共に消えた、蒼いマントの少年の姿を。

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