【ティア=拠り所】
繁栄した大きな街にも光と影がある。王宮や商店が栄える一方で、明日食べるパンすらも無いような生活難の人々が住む地帯も存在しているのだ。
そこは「ヴァエネ街」と呼ばれる、王都の北東に位置するテントだらけの集落。テントとは言っても、それはゴミやボロ布を使ってそれっぽい形にパッチされているだけの粗末なものだ。そんなテントが数十平方メートルの砂地のエリアにぎっしりと建てられていた。
そこには老人も居れば乳のみ子も居る。家を失った貧しい人々が肩を寄せ合って生活しているのだ。
そんなヴァエネ街に一人の少女がやってきた。少女は髪から服まで全身ピンクで、茶と灰の色をしたこの集落には不釣り合いの女の子だ。
外からの来客自体は珍しいことではない。国民からはその存在を見てみぬフリされているヴァエネ街。しかし冷やかしに来たり、逆に施しに来る変わり者もいる。一時的にその身を隠すためにもうってつけの場所だ。
しかしこのピンク色の少女はそのどれでもない。鹿のような生物の跡を付けてとことこ歩いている。子供に手を振られれば笑顔で振りかえすが、住民達に用があるわけでは内容だった。
彼女がここを訪れるのは初めてであったが、その歩みに迷いは無い。くんくんと鼻を鳴らしながら歩く鹿にただ着いて行く。
一つのテントの前で鹿のような生物は立ち止まった。少女もそこで足を止める。
「ここにいるんだね」
「ピュー」
彼女は入り口にかかっている布を手で払いのけた。外の光がテントの中に差し込み、中の人物の姿が露わになる。
「アンナ。迎えにきたよ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたアンナ・ミロスフィードが、そこには横たわっていた。
数時間が経った。日は沈み始め、黄昏が訪れる。
二人の少女はヴァエネ街にあるゴミ山のてっぺんに座り、一緒に沈む太陽を眺めていた。
「来てくれてありがと。おかげで少しは楽になった」
ティアにもたれかかりながら、アンナは弱々しく呟いた。そんな彼女の頭をティアは優しく撫でた。
「沢山辛いことあったね。アンナはいつも一生懸命頑張ってるだけなのに」
再びアンナの瞳から涙が流れ出る。
「みんな目の前で死んでいく。私はいつも誰も守れない…」
いつになく弱々しい声だった。
「そんな事ないよ。あの日、村にアンナが来てくれたお陰であたし達は今生きている」
「でも…何人も…助けられなかった…」
「でも何人も助けられた。あなたのお陰で村は全滅しなかった。心の底から感謝してるよ、アンナ」
泣きじゃくるアンナをギュッと抱きしめる。ティアは凄く温かかった。
「よしよし。アンナはいつも頑張りすぎなんだよぉ。いつも誰かのために戦ってる」
「…そんな立派な人間じゃない」
「じゃあそういうことにしとく。でもあなたに感謝している人もいっぱいいるって事は覚えておきなさいねぇ」
そう言ってティアはもう一度アンナの頭を撫でた。優しく、優しく。
「子供扱いすんなよ…」
「だってアンナは私にとって妹みたいなものだもーん」
「一歳差だろ。少しばかり年上だからって偉そうに。大体お前は見た目が幼すぎるんだ。見た目年齢十二歳め」
「気にしてるのにぃ! アンナひどーい」
ティアはほっぺを膨らませてぷんぷんと怒ってみせる。いつもと変わらないティアの姿にアンナは少しだけ口角をあげた。
「…くよくよしてる暇、ないよな」
彼女は目を拭い、立ち上がった。服の汚れを払い、自分の長い髪に指櫛を通す。
その様子をティアはどこか悲しそうに見つめている。
「…あたし、アンナの無理をするところ、きらい」
「私がやらなくちゃいけないんだ。アルトとサイガさんとの約束だからな」
アンナは手のひらをティアの頭の上にポンと置いた。
「お前達の平穏も取り戻さなくちゃな」
「また人のためにさぁ、そうやって」
アンナの顔に影が差す。
「……だからそんな立派な人間じゃないって。根っこにあるのはただの復讐心だ。黒くて醜い、暗い感情。憎悪が私を縛り付けているの、自分でもわかっている」
アンナの奥歯が鈍い音を立てた。彼女の体が震えているのがティアにも伝わってくる。
そんな彼女をティアは困ったような顔で見つめていた。
「あのさ」
ティアも立ち上がり、アンナの手を握りしめた。
「別に復讐でも人助けでも何でもいいじゃない。アンナの状況は知ってるし、苦しんでるのもわかってる。だから好きなようにやりなさいよ。あたしはずっとアンナの味方だからね」
そう言ってティアはにへへと笑って見せた。アンナは彼女のこの可愛らしい癖が昔から好きだった。
「でも死ぬのだけは許さないよぉ。さっきも私がお薬を持ってこなかったら危なかったんだから」
「悪い…」
「悪いと思ってるんだったら自分の命も大事にするって約束して。ほら、余った薬も持たせてあげるから」
ティアは小さな布袋をアンナに手渡す。
「わかった、約束する」
「はーい」
ティアは満足そうに体を揺らしている。
「だが少しの無茶は見逃して貰うぞ」
「はいはい。止めても無駄なんでしょ」
ティアは両手を広げながらやれやれと首を振った。
「ああ。今度こそギルドと決着をつける。私やみんなの敵討ちだ」
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