【アンナ=革命の戦士】
一晩が過ぎ、朝が訪れた。アンナは路地裏のゴミ捨て場で目を覚ました。彼女はゆっくりと立ち上がり、体に付いたゴミをはらう。
「城に戻らないとな。アルトが危ないかもしれない」
彼女はふらふらとした足取りで城に戻っていく。
城門には昨日のフレンドリーな衛兵が立っていた。アンナが睨みつけると二人は慌てて槍を投げ捨てて門を開いた。
「あら、何も言ってないのに門を開けてくれて気が利くわね」
皮肉を言った彼女のわざとらしい笑顔はとても恐ろしいものだった。衛兵の二人はすっかり怯えてしまっていた。
城に入るとデドダムに会った。彼は笑顔でアンナにお辞儀をする。
「おはようございますアンナ殿。やはり来てくださったのですね」
「ああ」
「いよいよ今日、あなた様の悲願が叶うんです。三年間も情報を集めていたのですよね。大変お疲れ様でした」
「知ったような口を利くな」
嬉しそうに話すデドダムをアンナは睨みつける。
「これは失礼しました」
「アルトは?」
「丁度もうすぐ王宮会議が始まるところでして。当局も行きますが、アンナ殿も一緒に来られますか?」
「場所は知っているから自分で行く」
「かしこまりました。当局はもうひと用事済ませてから行くので」
アンナはデドダムを無視し、東側の廊下へ歩いていった。
「冷たいですね…。陛下にはもう少し優しかったのに」
デドダムは苦笑して肩をすくめる。
「食えないお嬢さんだが、彼女がこの国の命運を握っているのは確か。今日の仕事、何としても成功させましょう」
彼はそう言って手を打ち合わせた。
「あれ、アンナちゃん? 来てくれたんだね!」
アンナが会議室に入ると、嬉しそうにアルトが駆け寄ってきた。
「少し気になる事があってな」
「丁度今から会議が始まるんだ。アンナちゃんも参加してよ。後はデドダム大臣が来たら全員だから」
「あの狸親父にはさっき会った。用事があって少し遅れるとさ」
アンナの言い草にアルトは苦笑いしている。
「ちょっとアンナ殿、狸親父はあんまりです。お待たせしました陛下。さぁ、会議を始めましょう」
会議室はそこそこ広く、部屋の真ん中には長方形の長い机と二十個程の椅子が置かれていた。突き当たりの席だけ豪華で巨大な椅子が置かれており、そこは王族の席だった。
アンナとデドダムも適当な席に座る。他の席にも人が座っており、二十程の席は殆ど埋まっている。彼らもこの国の重役達で、アンナが知る顔も多い。
「さて、それでは本日の国王集会前の最終ミィーティングを開始する」
アルトの挨拶で場が締まる。本日の重大ミッションに、その場にいる十数人の重役達全員が緊張を隠せないようだ。
「最終確認だ。皆資料には目を通したな? 本日、国王集会でその中身を国民に暴露する」
重役達は重々しい顔でアルトを見ている。
「国民にギルドの悪事を伝え、世論を持ってして冒険者ギルドを解体させる」
皆が静かに頷く。まだ昨日の今日であり、事実を飲み込めずにいる者もいるだろう。しかし彼らは真剣にアルトの話を聞いていた。それはアルトへの信頼でもあり、彼の国を良くしたいという気持ちを知っているからでもある。
「アンナちゃ…アンナ博士が集めてくれた証拠書類は既に複製されており、集会と共にビラにして配る手配だ。あれは動かぬ証拠、ギルドも言い逃れは出来ない」
「中には死体や現場のスケッチもあります。そういったものは子供に刺激が強いため、配布は控えた方がよろしいでしょう」
手を挙げながらデドダムが発言した。
「ありがとう大臣。それはそうさせて貰おう」
デドダムは満足そうに頷いた。
「集会が始まるのは午後一時きっかり。告知は昨日のうちにしている。気が早い国民はもうすでに隣の広場に集まり始めているかもしれないね。それではデドダム大臣、集会の運びを話してくれるかな」
「はい」
名前を呼ばれ、デドダムが立ち上がる。
「午後一時、まずは当局が開会の挨拶をさせていただきます。そしたら陛下をお呼びしますので、暴露は陛下にやっていただきたいと思います。陛下は国民に知られておりますし、信頼も厚い。陛下の口から聞いた情報の方が受け入れやすいでしょう」
重役達は頷いている。
「次に警備についてです。逆上した冒険者やその家族が暴動を起こさないとも限らない。城内と広場の警備は騎士団長率いる王宮騎士団にお任せしたいと思います。アーサー騎士団長、どうぞ」
デドダムが座り、代わりに向かいの席の女性が立ち上がった。
二十代半ばぐらいの若い女性だ。整った可愛らしい顔をしており、かなりの美人であると言える。薄水色の癖っ毛はショートカットで、毛先が猫の髭のように顔にかかっている。頭部の毛は特に癖が強いらしく、これまた猫の耳のような形になっている。
彼女はスタイルも良く、そのとても大きな胸を見てアンナは舌打ちをした。
「あんな小娘がダンケルさん達を束ねる騎士団長なのか」
悪態をつかれたのに、彼女はアンナに向かって微笑んだ。可愛らしい顔立ちだが、どこか凛としたかっこよさも感じられる。
「騎士団長のアーサー・カタパルトです。初めまして、アンナ博士」
アンナは答えない。ただ不機嫌そうにアーサーの胸部を睨みつけている。
「アーサーはとても優秀なんだよ。彼女に敵う戦士なんてこの国に三人もいない」
「恐縮です、陛下」
アーサーは頬を赤らめる。
「警備は私達王宮騎士団にお任せください。急な任務でしたが、兵は役百十名集まりました。十分な数だと思われます。内四十名は城の出入り口、残りは広場の警備に当てたいと思っておりますが、大丈夫でしょうか?」
「アーサーの采配は城のみんなが信じている。任せるよ」
「はい、陛下」
アーサーは嬉しそうに頷き、着席した。
その後会議ではいくつかの質疑応答が行われ、皆が作戦の理解を十分にした頃に解散となった。
会議室は空になり、アンナとアルトだけが残った。
「お前みんなの前だと王様っぽい喋り方になるの面白いよな」
「面白がらないでよ。これでも頑張ってるんだからさ」
恥ずかしがるアルトの姿がアンナには面白かった。
「だけどお前信頼されているんだな。見直したよ」
「そうだといいな」
アルトは寂しそうに笑った。
「アンナちゃん、改めてありがとうね」
「何が」
「この国のために色々動いてくれていたんだね。ボクはてっきり、父さんが死んだショックで君が家を出て行ったんだと思っていたよ」
「そんなわけ」
「そんなわけないよね。今ならわかるよ」
「…」
アルトはアンナの手を取った。冷たくて細い手だった。
「ねぇ、あの日何があったの? なんであの晩、戻ってきてくれなかったの…? 何で何も言わずにこの国を出て行ったの?」
アンナは暗い顔で俯く。手を振り解こうとするもアルトは離さない。
「言えない…。お前には絶対に言いたくない」
「アンナちゃん…」
落ち込むアルトにアンナも心を痛めたようだが、それでも彼女は決して言おうとはしなかった。
「だがサイガさんの願いは今日、叶いそうなんだ。ギルドを消し去り、お前は良い国をつくれ。それが私とサイガさんの最後の約束なんだ。それを手伝うのが私の使命、願いだ。そのために三年間頑張った」
アルトは潤んだ瞳を拭き、頷く。
「わかった。今日絶対成功させようね。アンナちゃんの書類に書かれていたような被害者をこれ以上出さないように」
「ああ」
二人は握手を交わした。
会議室の扉が開き、誰かが入ってきた。二人がそちらに振り向いた瞬間、太い槍がアルトの胸に突き刺さった。血飛沫が吹き出し、アルトが倒れる。
「 ⁉︎」
もう一本の槍が投げられた。今度はアンナを目掛けて。次の瞬間、アンナはそこにはいなかった。
彼女は剣を抜き、襲撃者の一人を斬りつけていた。
「おや、素早いですね。まさか投槍を避けるとは」
「デドダムっっっっっ‼︎」
扉に立つは五人の衛兵を連れたデドダム・ニックス大臣であった。彼は不敵で邪悪な笑みを浮かべている。
アンナは二人目も斬りつけ、デドダムにも襲い掛かろうとするも、残りの三人に突き飛ばされ、部屋に押し戻される。
「賢い君なら城にスパイがいる事ぐらい気付いていただろう」
「貴様ぁ‼︎」
突かれた槍をひらりとかわし、三人目の衛兵の首を斬りつける。血飛沫が少女を赤く染めていく。
「前国王のサイガは明らかに毒殺だった。どう考えても城に間者がいるのはわかる」
四人目と五人目は剣と盾を持っていた。攻撃すれば盾で防がれ、その隙に向こうの剣が突き刺しに襲いくる。
「昨晩襲われただろ。君の動向が知られていたのは変だよなぁ? お前はそこで確信したんだろ。それで今日戻ってきたんだ」
気付けばアンナは二つの盾の上に乗っていた。彼女の素早い剣技で二人の首は一瞬で切り落とされる。
「この王国にはギルドが浸透している。内通者のおかげでなぁ」
「デドダムー‼︎」
「全て当局がやったのでぇぇぇぇぇす‼︎」
アンナの剣がデドダムの胸を貫く。心臓を貫く感触に一瞬遅れて口と胸から血がブワッと吹き出す。
「だが相打ちだ」
デドダムがニヤリと笑う。アンナの腹には太いナイフが突き刺さっていた。
「君にも効く毒だ。死にたまえよ」
彼は親指で首を切るジャスチャーをした。そして挑発するように舌を出し、そのまま崩れ落ちた。血が床にドバドバ流れる。
「君の資料は全て燃やした。王の死で集会も中止。作戦は失敗だ、ざまぁ無いな。ギルドよ永遠に。万歳」
嫌味たらしく言い残し、内通者は絶命した。
事に気付きだしたのか、遠くで使用人の悲鳴が聞こえた。だがアンナは構ってられない。腹部からナイフを抜き捨てると、フラフラしながらアルトの元に向かった。
「アル…ト…」
少年は応えない。アンナは一生懸命彼を揺さぶる。しかしピクリとも動くことはない。
「アルト…アルトッ! アルトォォ‼︎ うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
少女は叫ぶ。涙が止まらない。あまりの絶望に頭がおかしくなりそうだった。
「あがァァァァァァァァ‼︎」
彼女は叫びながら部屋を飛び出す。もう何もわからない。頭が真っ黒だった。
そして彼女は城から居なくなった。
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