【ルカ=ギルドの守護者】

「彼女のこと、よろしくお願いします」

「ええ。任せて頂戴」

 ルカは寮長のおばさんに深くお辞儀をすると、静かに寮を後にした。

 特に負傷もなく変異歹を倒したルカだったが、アンジュの精神を守ることは出来なかった。兄を失った絶望、血みどろの現実、恐怖。彼女の心は持たなかった。ルカが駆け寄るより先に、彼女は涙を流しながら失神した。

 そんな彼女を急いで街に連れ戻し、冒険者寮に預けたのだった。医者も呼んだので数分のうちにやってきてすぐにアンジュのことを診てくれるだろう。

 本当はルカもそばにいてやりたかった。しかし街に戻るや否や、ギルドからの緊急呼び出しを受けたため、長く一緒には居られなかった。

「アンジュ、すまない。すぐに戻るからな」

 愛馬に乗り、彼は大急ぎでギルドへ走っていく。一刻も早く要件を済ませ、アンジュの元に居てやりたかった。

 しかし緊急の要件も気になる。ギルド長はルカに休暇を与えた。それを取り消してまで彼を呼び出すというのは本当に只事ではないのだ。

 時間はもう遅い。空は月を除いてすっかり黒であった。

 見慣れた塔が見えた。ルカはアーリアを繋ぎ、塔の中へ走っていく。四階のギルド長室目指して階段を駆け上がる。

「ギルド長、連絡もらいました! 一体どうしたんですか⁉︎」

「おおルカ君。今からここへ賊が攻め込んでくるらしいのだ」

「賊ですって⁉︎」

「ああ。顔は割れている。若い赤髪の少女だ」

「少女? ひとりですか?」

 ルカは訝しむ。

「いやいや、かなりの強者らしい。人離れした強さとのことで、君にしか頼めないんだ」

「そんなに…?」

「出来るだけ騒ぎは大きくするなよ。君の実力ならそれが可能だろ? 速やかに人目のつかないところへ連れて行き、討伐せよ」

「討伐…」

「ギルドからの最重要司令だ。早く行きたまえ」

「わ、わかりました」

「ああ、それと」

 部屋を出て行こうとするルカをギルド長が引き止める。

「そいつを倒しても服を脱がせたりするなよ」

 一瞬何を言われたのか、ルカは理解が出来なかった。

「何ですかそれ。俺を何だと思っているんですか」

「そうだな、すまん。さぁ、早く向かいなさい。もう近くまで来ているそうだ」


 ルカは急いで今来た階段を駆け降りる。耳を澄ませば下の階で誰かが揉めている声がする。

(例の賊か。もう来ていたのか)

 一階へ着き、ホールを見渡す。

(居た!)

 血のように真っ赤な髪をした細身の少女が受付嬢と口論をしている。

 ルカは全身の力を足に込め、思いっきり床を蹴りつけた。彼の体は矢のように少女に向かって飛んでいく。

「なっ⁉︎」

 飛んでくる男に少女が気づいた時にはもう腕の中に抱えられ、その勢いのまま扉から外へ飛び出す。しかし少女はすぐに冷静になり、ルカの関節を肘で殴りつけた。

「うぐ」

 腕の力が一瞬緩み、少女はその隙にすり抜けた。両者着地し、剣を抜き合う。

「なんだお前痴漢野郎」

「すまないが君をギルドに入れるわけにはいかない。ただの入会希望者ではないのは知っているんだ」

「ああ、そうだ。こんなゲロ溜めに入会するぐらいなら今すぐ死んでやるよ」

 両者睨み合う。しかしお互い中々動こうとしない。それは相手がかなりの強者であると、互いに感じ合っているためであった。攻撃しようにも隙を見せられない。

「なぁ、ここでは周りを巻き込む。どうだ、ギルドの裏に闘技場があるんだが、そこでやらないか?」

「どうせ罠でもあるんだろ。お前らは信用ならない」

「賊め、関係ない人を巻き込みたいのか!」

「お前が襲ってきたんだろうが」

「ギルドを襲ったのはそっちだろう」

「お前阿呆か。何でギルドを襲いたい賊が馬鹿正直に受付に行くんだよ」

 その言葉にはルカも納得せざるを得なかった。

 確かに彼女は受付と揉めていたが、暴力を振るったり暴れたりといった様子はなかった。先に攻撃を仕掛けたのはルカの方だ。

「ならばなぜギルドに来た。お前が襲いに来たって聞いたぞ」

「そんなの誰に聞いたんだよ。私はギルドの上に会いに来ただけだ」

「ギルド長に? なぜだ」

「何でお前に話さなきゃいけない。ていうか誰だお前」

「ルカだ。冒険者とギルドを守護する者だ」

「守護ねぇ。じゃあ私のことは通さないのな?」

「ギルド長の命令だ。君はギルドに危害を及ぼしかねない。憎悪が伝わってくるようだよ。だからここで拘束させてもらう」

 ルカは剣を構えたまま、一歩踏み出した。

「そうかよ。やはり野蛮な連中だ」

 少女もゆっくり、一歩踏み出した。これで互いは間合いに入った。戦闘が、始まる。

 先に動いたのはルカだった。彼は凄まじいスピードで走り出し、少女の体に剣を突き刺す。彼女はかわさなかった。絶対に届いたと思った。しかし次の瞬間、彼女の姿はそこにはなかった。

「何⁉︎」

「上だ、ノロマ」

 月光に照らされた少女の影がルカにかかる。彼女の体が翻り、剣先がルカへ襲いかかる。

 ガキンという音が鳴り、剣同士が弾かれる。攻撃を防がれた少女は着地し、距離を取る。ルカは彼女を逃さまいと剣を構え直し、走り出そうと足を踏み出した。だが。

「遅いつってるだろう」

 たった一つの瞬きの時間。その間に少女はルカの懐に潜り込んでいた。

「いつの間に⁉︎」

 顎下の死角から剣先が突き上げられる。剣を握る両の腕では防げない。ルカは全力で首を逸らし、何とか攻撃を避けた。

 だが追い討ちが来る。ルカは全身の力を込めて剣を振り下ろす。これには少女も堪らず、追い討ちを諦めて懐から転がり出た。ルカの剣は空を斬り、その間に少女は立ち上がり、また剣を構えた。

「冒険者のクセになかなかやるな」

「君もな。まだ十八やそこらだろ。大したスピードと戦闘センスだ。君が味方に、冒険者になってくれたらどれだけ心強いか」

「ふざけるな。誰がそんなのになるか」

「君は冒険者を嫌っているようだな。一体なぜ?」

「なぜだと? 逆にこっちが聞きたい。一体なぜあんな犯罪者組織のために働けるんだ」

「何だと。俺達を侮辱する気か!」

「侮辱されたのはこっちだっ‼︎」

 少女のあまりの気迫にルカも思わず怯む。

「貴様らのせいで私は…サイガさんは…」

「サイガ…だと? 前国王のことか⁉︎ それは一体どういうことだ⁉︎」

「うるさい。興が醒めた。今夜は帰る」

「おい! 待て!」

 ルカは慌てて少女を追いかけるが、次の瞬間には彼女の姿は闇に消えていた。

 ルカにとって、人生で初めての任務失敗だった。

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