【レイ=新人冒険者】
街の全体図はおよそ楕円のような形をしており、その全てを街の外壁が囲い込んでいる。
街に入るためには門を通るしかなく、門は東西南北の位置に一つづつ存在している。馬車や大砲なども通れる大きな門だ。ここにはいつも監視がいて、絶対に間者を通さないような体制が敷かれている。
主な出入り口はその大門だが、一応他にも門は存在する。北西や北東、つまり大門の間には馬一頭しか通れないような小さな門があった。基本的に使われることのない、廃れた小さな扉。非常用として造られたこの扉も合わせると、街には全部で八つの出入り口がある。
外壁付近の土地は比較的安く、安くて小さい家々や小汚いストリートなんかが多く見られる。逆に中心部に近づけば近づくほど街は発展を見せ、土地の値段も上がっていく。
街の真ん中は軽く盛り上がっており、丘陵となっている。街を遠くまで見渡せるその丘のてっぺんには王宮が建てられている。国のトップとしてここより相応しい場所もない。
そしてその丘の麓。王宮のすぐ近くに聳える巨大な塔こそが冒険者ギルドの塔である。
塔の後ろ隣にはギルドが所有するコロシアムがあった。直径五十メートル程の円形で天井はなく、蟻地獄の巣のような形に無数の石レンガが積まれている。かなり古いのかあちこちが欠けたり崩れたりしているため、今では立ち入り禁止になっている。しかしギルドはここを一向に手放そうとはしない。
王宮からの丘を下りギルドを通り過ぎると、そこは街一番の大広場である。
この最大の広場は最大の市場でもあり、数えきれない程の店舗がこれをぐるりと取り囲んでいる。さらに広場内では、これまた無数の荷馬車が泊まっていてここでも商売が行われている。布と木の棒、木箱を使った簡易的な屋台が展開され、荷馬車から降ろした商品が並べ売られている。
何かが必要になれば、この広場に来ればいい。馬車屋台の間を散歩し、店舗の看板を眺めていれば、欲しかった物が売ってるお店が必ずある。そう言っても過言ではない程、この広場は人々の生活の中心であった。その結果、平休日や時間を問わず、広場にはいつもたくさんの人々が訪れ賑わっていた。
レイとフライドはその広場にある、とある二階建ての建物の前まで来ていた。この広場にあるということは勿論、この建物も商店だ。赤く塗られた長方形の立派な建物。壁に貼り付けられた看板には、「武具店 ぽわぽわぴょんぴょん」と大きく書かれている。
「ず、随分可愛い名前の店ですね」
苦笑いを浮かべてレイがつぶやく。
「店長の野郎の悪趣味だ。俺はやめろって言ったんだがな」
武具店。つまりは武器と防具の店である。その身その手で守れといった世の中だからこそ、こういった店の需要が高まる。武器や防具の他にも、戦いに役立つ道具や小物などは一通り置いてあるらしい。まさに戦う者達の命綱である。
その中でも、フライドの話ではこの「ぽわぽわぴょんぴょん」はこの街一番の品揃えと品質を兼ね備えた店であるらしい。街の中心部であるこの広場に店を出している時点でその話の信憑性はあるだろう。儲かるからこそ高い土地代も払える。儲かるということはそれだけ沢山の人から支持されている証拠でもある。
「お前の武具、俺がまた一から作ってもいいんだが、それだと時間がかかり過ぎる。俺は凝るタチでね。材料までも拘るから、作り始めるまでだけで一ヶ月近くかかることも珍しくはない」
あの時森に来ていたのはそういう訳だったのだ。自分が納得出来る物を作るため、材料も納得のいくものではないと使用しない。これが職人の姿なのだとレイは感激する。
「まぁでも、俺なら用意できるぜとかカッコつけておいて買いに行きましょうはないよな。我ながらダサいとは思うぜ」
「でもフライドさんの作品もこの店に納品されているんでしょ? だったら僕はそれで嬉しいですよ。せっかくならフライドさんが作った装備を身につけたかったから」
「ああ、まあな」
「それより申し訳ないです、お金を出してもらっちゃって。僕冒険者として頑張って、絶対に全額お返ししますから。記憶もお金もないばかりに、本当にすみません」
「気にすんなっって。お前まだ若いんだから、少しは甘えたってバチは当たらないと思うぜ、俺は」
「フライドさん…」
「お前が冒険者として自分の生活を確立し、生活費に余裕が出てきた時でいいから。勿論利息なんて姑息なこと言うつもりは無え。最悪金が返ってこなくてもいい。酒でも飲みながらお前の冒険譚を聴く。これさえ出来れば俺は十分だ」
「ならとっておきのをご馳走しますね。この国で一番の美味しいお酒を」
「ばか、気が早いっての」
二人は笑い合った。レイは心の底から嬉しかった。楽しかった。もう、森でおぼえた不安や恐怖は微塵も残っていない。レイは明るくて優しい、頼りになるフライドのことが既に大好きだった。
「フライドさんがお父さんだったらよかったのに…」
小声で呟いた独り言のつもりだったが、フライドの耳には届いていたようだ。彼は困ったように微笑み、レイの肩に手を乗せた。
「大丈夫。きっとだ。きっとお前の記憶は戻るし、家族にも出会える。神に代わって俺が約束してやる」
「…うん」
「さっ、店ん中入るぞ。いつまでも店の前に突っ立ってたら営業妨害でアイツに訴えられるかもしれんからな」
店の扉は開いた状態で固定されていて、入り口は開きっぱなしになっている。二人は入口へと続く四段の階段を上り、店内へと進み入る。
「すごい…」
レイは吐息まじりに呟いた。思わず漏れ出した心からの言葉だった。
「アイツの…いや、俺達の店へようこそだ、レイ」
レイの瞳が輝く。それはまるで玩具箱を目の前にした子供のような表情だった。彼は目の前に広がる浪漫に溢れた光景にただただはしゃいでいた。
店内に入ってまず目につくのは、幅二メートル、高さ三メートルはある巨大なショーケースだ。かなり立派なショーケースだった。枠は白塗りの木材で作られており、全面開閉式のガラス貼りになっている。これが店内の壁という壁の前、さらには店内中央にもいくつも置かれている。
そのショーケースの中に小綺麗に飾られた武器の数々。諸刃、ハンマー、モーニングスター、金属棒、槍、仕込み武器、斧。種類も多ければ、それらの形状や材質もさまざまである。
向こうには盾だ。さまざまな形があるのは勿論、フェイスに描かれた様々な模様や絵はどれも見事なもので、一見すると美術館のようですらある。
それらがズラリと飾られており、その見応えは圧巻である。レイはその凄まじい迫力に心が躍らずにはいられず、それは他の客も同じようだった。
彼らは一様に純情な子供のような面持ちで店内を歩き回り、美しく陳列された名作達を眺めては感嘆の声を漏らす。
商品がこれだけ丁寧に飾られているのなら、店自体もまた善い。埃ひとつないのは当たり前。木を用いた床は綺麗に磨かれていて艶やかである。壁紙は純白で統一され、ところどころには木製のプレートが壁掛けにされていた。プレートにはお洒落なフォントの文字で店の名前が書かれていた。文字は金色で、白い壁とも茶色い木のプレートとも良く合っている。
三方の壁の面積のほとんどは大きなガラス窓が閉めており、日の光が店内を明るく照らす。おかげで非常に見栄えが良い。残る奥の壁には窓はなく、その前には木製のカウンターが置かれている。横に長いカウンターで、店員が三人横並びに立っていた。彼らの前には長い行列ができていて、商品を持った客がまだかまだかとソワソワしながら待っている様子が窺える。
「あれが会計所だ。万引きしようなんて考えちゃいけねぇ。用心棒がずっと店内を見張っているからな」
フライドは入口を指差す。入ってきた時には気づかなかったが、入口の横にはガタイの良い強面の男が立っていた。彼は手を組んだまま置物のようにピクリとも動かないが、その目はぎょろぎょろと動き続けている。彼の鷹のような鋭い目は店内全てを見渡す。
「防具は二階だ。ほら、吹き抜けになっているからここからでも見えるだろ」
彼の言う通り、二階のフロアにも似たようなショーケースが見える。ケースの中にはトルソーが何個か並べ置かれており、防具達はそれに着せられていた。
「あとは小道具なんかも二階だな。毒薬とか吹き矢とか、まぁそういった物騒な小物が売ってんのよ」
「すごい…!」
もはやウズウズという擬態語が音として聞こえてきそうだ。レイは興奮のあまり今にも走り出しそうになるのを必死に我慢している。
「み、見に行っても良いですか⁉︎」
「まぁ落ち着けって。俺らは一旦あっちだ」
「一旦?」
フライドの言う意味がわからず、レイは不思議そうに彼の指差す先を見た。
指さしたのはカウンターの方だ。厳密にはその隣。カウンターの横に一枚の扉があり、フライドの指は明確にそれを指していた。扉には「立ち入り禁止」と書かれている。
その文言について言及しようとしたレイをフライドが手で宥める。
「俺は特別だから良いんだよ」
彼はそう言ってずかずかと扉の方まで歩いていった。仕方がないのでレイも彼の後を追う。店内は物凄く混んでおり、レイは人にぶつからないように歩くだけで精一杯だった。
逆にフライドが歩くと、店にいた人達は慌てて避けていく。これが「凄み」なのかと、レイはひとり感心する。
フライドは扉の取手に手をかけ、遠慮なく扉を開け放つ。
「ほら、早く入れ」
促されてレイは慌てて部屋に飛び込んだ。フライドはすぐさま扉を閉める。
「あんまり他の客に見られる事じゃない。一応立ち入り禁止だからな」
扉の先は小さな部屋だった。店というよりは家の客室のような雰囲気。但し相当小綺麗な家だ。
床にはもふもふなマットが隅から隅まで敷かれ、猫でもいたら気持ちよさそうにゴロゴロ転がるのだろうと想像する。部屋に家具は少なく、一枚板の机、花瓶の置かれた小さな箪笥。そして赤い革の立派なソファーが一対。だが壁が木目丸出しで暖かい印象を与えてくれるため、部屋の中で殺風景さを感じることはない。窓はないが、天井から吊るされている照明が部屋を温かく照らしている。
客室のようだと感じたレイは概ね正しかった。ここはこの店の応接間であるとフライドが教えてくれた。
「まぁ、あれだ。「ぴっぴるんるうむ」ってヤツだな」
「ビップルームですよ、馬鹿」
誰かがフライドの間違いを訂正する。レイの知らない声だった。扉の方を振り返ると、声の主はそこにいた。
初老の男性だった。四十代か五十代だろうか。オールバックの髪は殆ど白髪で、所々が黒や灰色になっている。同色の立派な口髭を生やし、顔はシワが目立つ。
フォーマルなスーツを上下で着ており、首元には彼の瞳と同じ色であるサファイヤ色のネクタイをしている。整えられた頭からピカピカの革靴に至るまでその身には清潔感があり、一眼で彼が上流社会の人間であるとわかった。
彼は柔和な笑顔を浮かべ、レイに向かって丁寧なお辞儀をした。釣られてレイも頭を下げる。
「よぉセンリ、お前また白髪が増えたんじゃねぇか?」
ニコニコ笑いながら大きく手を振るフライドを、センリと呼ばれた初老の男は呆れたような怒ったような表情で睨みつける。
「フライド、何度言ったら分かるんですか? 勝手にこの部屋を使おうとしないでください」
「おいおい、そんなこと言って良いのか? 今日は顧客を連れて来たんだぜ?」
それを聞いたセンリは大袈裟に驚いたような顔をし、レイの方を見た。挨拶を促しているのだと解釈し、レイは名乗る。
「レイです。は、初めまして」
緊張で声が少し震え、それを誤魔化すかのように彼はもう一度お辞儀をした。
「初めまして。わたくし、この「ぽわぽわぴょんぴょん」の店長をしております、センリでございます。本日はご来店いただきありがとうございます」
フライドへの態度とはまるで違う、上品で落ち着いた喋り口で紳士は挨拶をしてくれた。彼も再び丁寧に頭を下げる。
「レイ様、よろしくお願い致します。以後、お見知り置きを」
センリの懇切丁寧過ぎる対応にレイはむず痒さを感じなくもなかったが、センリが優しく微笑んでくれるので、少しづつ緊張もほぐれてきた。
「けっ、きどりやがって」
「あなたが野蛮なだけでしょう」
センリは再びフライドを睨みつける。
「レイ様、この野蛮な男が何か失礼を致しませんでしたか? もしそうなら私から深く謝罪させていただきます」
「おいおい…」
「センリさんはフライドさんのお知り合いなんですか?」
愚問であることはレイも理解している。初対面であの態度だったらパニックだ。
「まぁ、腐れ縁と言いますか。昔一緒に働いていた頃からの付き合いなのです。二人とも元冒険者でして」
レイは驚いて目を丸くした。
「そうだったんですか。フライドさんがそうだったのは知っていたんですけど、まさかセンリさんも冒険者だったなんて」
その言葉にセンリがクスリと笑った。
「見えませんか? 確かによく意外だと言われます」
「あ、いえ、失礼だったなら謝ります」
「とんでもございませんよ。今は昔の話ですので」
少しづつ打ち解ける二人を、フライドは面白くなさそうに眺めている。レイはそれに気づいていない様だが、センリはそこでわざと声を大きくしてこう言った。
「それで、本日はどのようにお手伝いできますかな? 店長であるこの私がきっとレイ様のお悩みを解決して見せましょう。この店の品揃えについては誰よりも詳しいので」
ぐぬぬと唸るフライドをセンリは得意げに一瞥する。
「ありがとうございます。実は僕、今度、冒険者になることにしたんです」
「なるほど、ルーキーというわけですね」
「はい。それでそのための一式が欲しいんですけど、どうせならフライドさんが造ったものが良いなって。今工房に在庫がないみたいなので、この店まで来たんです」
レイは今までの流れを軽く説明した。
「なるほどなるほど。確かにこの男、鍛治の腕だけは一流ですからね」
「だけって何だよ! この店の売れ筋商品は全部俺の作品なんだぞ⁉︎ 敬え」
「はいはい」
ぷんすかと腕を振って抗議するフライドをセンリは軽く遇らった。喧嘩しているように見えるがこの二人、きっと本当は仲が良いのだ。根拠はないが、レイには自然とそう思えた。
「ああそうだ。俺の方は在庫切れでよ。お前の方で見繕ってくれないか」
「いいでしょう、わかりました」
すると突然、センリの目つきが変わった。今までの穏やかだった表情は一気に、獲物を狙う鷹のような眼光になる。彼は何かを測定するようにレイの体をじっと見つめている。
「ふむ。身長約百七十八センチ。体重推定六十四キロ。体は細いが必要な筋肉はしっかりとついている。なるほどなるほど。胸囲は…」
彼はそのままぶつぶつ言いながら扉を出て行ってしまった。
「あ、あの…」
「安心して待ってろ。変なヤツだが、武具店の店長としての実力は本物だ。きっとお前にピッタリの装備を見つけてきてくれるさ」
「ピッタリって…」
「あいつは目測で人の体型が完璧に計れるのさ。まったく、とんだ変態だよ」
三十分ほどしてセンリが戻ってきた。満面の笑みで入室するセンリに続いて三人の店員達がそれぞれ腕いっぱいに武器や防具を抱えて入ってくる。店員達は沢山持ってきたそれらをあっという間に机に並べてしまった。合計十一本の長剣と短剣。盾は全部で五種類だ。
さらに遅れて五人の店員が部屋に入ってきた。それぞれが腕に一体のトルソーを抱え、重そうに唸っている。どのトルソーにも立派な防具が着せられていた。彼らは素早い手つきで、あっという間にトルソーを部屋に並べてしまった。
「うわぁ、沢山持って来たんですね」
「最終的に選ぶのはお客様であるレイ様ですから」
センリが手で合図をすると店員達はお辞儀をし、部屋を出ていった。それぞれの持ち場へ戻っていったようだ。
「どれもこれもレイ様にピッタリの商品です。わたくしが選びましたので間違いはございません。時間はたっぷりありますので、ごゆっくりお選びください」
すっかり接客モードに入ってしまったセンリは次々と商品の説明をし始める。専門用語の飛び交う高度なプレゼンテーション会を、レイは虚ろな目でただ黙って聞く。興味深い話なのだろうが、如何せん理解ができない。
そうして小一時間が過ぎた。
「…といった具合なのです。素敵でしょう? さて次の商品は…おや、もう全部説明し終わりましたか。それでは。いかがでしたかレイ様? どの商品に致しましょう?」
「あ、終わりました…?」
いつの間にか出ていた涎を拭った。フライドはいつの間にか爆睡している。大きな鼻提灯が膨らんでは萎む。
「どれがよろしいでしょうか?」
「うーん…どれと言われても…」
難しくて長ったらしい話を一方的にされたレイには正直何も分からない。しかし一時間も説明してもらった手前、「なんでもいいよ」と言うわけにもいかない。
レイが言葉に詰まっていると、起き上がったフライドがこんなことを言った。
「なぁ、センリ。あれは無いのか? 俺はてっきりあれを持ってくると思ったが」
「あれ…というのは?」
「あれだよあれ。いい、待ってろ。俺が今持って来てやるから」
フライドが勢いよく飛び出していったと思った次の瞬間には彼はトルソーを抱えて戻ってきた。
「馬鹿センリ、レイに合う防具はこれしかないだろ」
「ああ! 確かにそれならレイ様にピッタリですね!」
「そうだろ? レイ、ちょっとこれ着てみろよ」
部屋の奥にはカーテンで隠された試着室があった。レイは装備を持って、そこに案内される。防具を着るという初めての経験に手こずりながらも、試し試しで何とか装着していった。
「おい、終わったか? 開けるぞ?」
「は、はい」
フライドの手によってカーテンが開け放たれる。
そこには瑠璃色の装備に身を包んだ美少年が格好良く立っていた。
「どう…ですか? 似合ってます?」
少し恥ずかしそうに、上目遣いで尋ねるレイ。二人は親指を立てて見せた。
「おう! とても似合ってるぜ、レイ」
「はい。サイズもデザインもピッタリですね」
二人は満足そうに笑った。
「説明させていただきます!
防火性のある特殊な糸で編まれた蒼いマント。
軽くて丈夫な木製の籠手。
世界一頑丈な金属で造られた胸当てのプレート。
インナーは薄くて丈夫な高級品。滅多に裂けたり切れたりしないでしょう。
そして布地に細かい金属紐を混ぜて縫われたカーゴパンツ。槍すら貫通せず、沢山あるポケットも絶対に破れないので貴重な物も入れ放題。
そして厚底だけど走りやすい設計の革ブーツ。どんな岩肌も一気に駆け抜けられます。
以上が装備セット、フライド作「軽防御セット・激流」でございます! 防御性が高いのに軽く、そして動きやすい。まさにルーキーの「命」を第一に考えた軽装なんです!」
我が物顔でセンリが饒舌に説明してくれる。結局よく分からなかったが、凄そうであるということは伝わった。
「どうだ? 俺の作品、気に入ったか?」
「ええ、とても! 特にこの剣。妖艶な雰囲気に一目惚れしちゃいました」
レイは剣を抜いて嬉しそうに眺める。それはかなり変わった形の剣だった。
刃から柄までは漆黒の色。塗られているというよりは、素材自体の色のようだ。剣身の角度によって漆黒の中に紫色の箔がラメのように光るのが見え、確かにそれは妖艶な美しさを持っていた。
鍔の代わりには黒紫色の花弁のような彫刻がついている。大きく広がる花弁は、美しさと同時に生命の力強さも感じさせてくる。
「気に入って頂き、光栄です」
センリが満足そうに微笑む。だが彼は思い出したかのように、その表情を真剣なものへと変えた。そしてこのようなことを言った。
「レイ様。ご購入の前に、一つ大事な質問をしなくてはいけません」
彼の真剣なトーンに、レイも思わず背筋が伸びる。
「はい」
「これは店に来る新人冒険者の方全員に聞いていることです。レイ様、あなたは見ず知らずの人のために自分の命を使う覚悟、本当にできていますか?」
センリは真剣な眼差しでレイの顔をじっと見つめている。冷静なセンリだが、その瞳に込められた想いはとても熱い。二択で答えられるようなシンプルな質問。だが、この問いにはとても重要な意味があることにレイは気づいている。
それは沢山の若者を冒険者として送り出てきた武具店の店主としての言葉。常連だったのに、ある日突然店に来なくなった客も少なくはないのだろう。見知った人々が次々と傷ついていく。命を張るための道具を売り渡しているばかりに。
そして冒険者の先輩としても。彼は「誰かのために戦う」ということの意味を誰よりも理解している。自身や仲間が通ってきた道が、決して生ぬるいものでは無かったからだ。
先の質問はそういう意味を持つ。いつ死ぬかわからない日々を、他人のために使っていく覚悟が本当にあるのか。生半可な気持ちでやる仕事ではないと。
レイは拳を握りしめた。
「…確かに、死ぬのは怖いです。なんのロジックもなく、ただ呆気なく自分の命が奪われてしまう。それが変異歹との戦い。慈悲も容赦もない。敵意を持たれ、殺意を抱かれる。それは本当に恐ろしく、とても怖いことなんです」
レイは経験した。変異歹との戦いを。そしてあれより強く、あれより恐ろしい変異歹もいるんだとフライドは言っていた。それが決して大袈裟な言いようではないことはレイでもわかる。考えるだけで恐ろしいし、逃げ出したくもなる。
しかし、レイの意志は決まっていた。彼の声は微塵も震えていない。彼はセンリの目を真っ直ぐに見つめた。
「でも僕はフライドさんを見て、誰かを守る強さを知ったんです。そして、命を助けられ、生きる希望を与えられる喜びと安心を知りました。もしそれが僕にできるのなら。空っぽで何もない僕にでも、誰かの希望を護ことができるのなら。それは僕にとって本望なんです」
レイの目は輝いていた。過去を持たないレイにとって、誰かの未来を護りたいという想いが唯一の希望になっていたのだ。
「僕は冒険者になります、センリさん。僕に、戦う力を分けてください」
「…そうですか」
センリは笑う。
「確かに。あなたになら、人類の未来を任せられそうですね」
そして彼は一枚のカードをレイに手渡した。薄い金属の硬くて丈夫そうな手のひらサイズの一枚のカード。
そこにはレイの顔が彫刻によって描かれていた。似顔絵の上には「冒険者【レイ】」と書かれた文字が。裏には「冒険者身分証明書」「国民証明書」の文字が書かれていた。
「こ、これって」
「あなたが冒険者になった証ですよ。おめでとうございます、レイ様」
センリは優しい顔に戻り、レイに拍手を贈る。
「センリさん…ありがとうございます‼︎」
「頑張って立派な冒険者になりなさい。応援していますよ」
センリが腕を広げ、レイは彼とハグをした。
「はい! 僕、がんばります!」
二人が抱き合う横で、フライドは一人怪訝な表情をしていた。
「…あんな剣持ってきたかなぁ? うーん、ま、どうでもいいか。気のせいだ」
フライドはいらないことを考えるのをやめ、レイに祝福の拍手を贈った。
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