【ルカ=英雄】

 アンナが馬車に乗って街に入ったのと同時刻頃。街の真逆の方角に位置する別な門には沢山の人々が集まっていた。彼らは嬉々としており、辺りは非常に賑わっている。その注目の的は街の外へ通じる鉄門。皆が一様に、興奮気味に門の方を見つめている。

「危ないですから離れてください」

 赤色の甲冑を着た男が門に近づく国民を注意する。歯車の音が鳴り始め、門がゆっくりと動き始めた。

「ルカ様のお帰りだぁ」

 赤甲冑の男が高らかに叫ぶと、呼応して大きな拍手が巻き起こる。

 門が開き、その間から一頭の黒馬に乗った青年が現れた。二十四、五歳程の若い男だ。かなりのハンサムで、キリッとした逞しい顔をしている。小綺麗に切られたその髪は雪のように真っ白で、陽の光を受けてキラキラ輝く。

 格好は動きやすそうな薄着で、上は黒いシャツ、下はゆるりとした茶色いズボンを履いている。はみ出る筋肉は逞しいが、背が高いためか、がっしりとした印象はあまり受けない。

 そして背中には巨大な剣を背負っていた。常人なら持ち上げるだけで一苦労しそうなほど巨大で分厚い剣が、ベルトで背負う茶色いレザーのケースに納まっていた。

 男は人々からひどく歓迎されていた。盛大な歓声が彼を迎え、嵐のような拍手は鳴り止む気配を見せない。門が閉まる頃には、彼と彼の乗る黒馬はすっかりと取り囲まれてしまっていた。人々は口々に声をかける。

「ルカ様おかえり!」

「よくぞご無事で!」

 口々に男を労う。中には彼の体を触ろうと手を伸ばす者もいた。すると赤甲冑を着た男が近づいてきて、馬から彼らを引き剥がそうと奮闘する。

「ルカ様はお疲れなのだ。お前達、下がれ」

「あぁ〜ん、ルカ様ぁ〜」

 残念そうな声をあげて押し退けられていく人々に男は苦笑いしながら言った。

「みんなごめんな。また今度ゆっくり。今日は人に呼ばれていてすぐに行かないといけないんだ」

 青年は手を振り、馬を進ませた。名残惜しそうにこちらを見つめる皆にもう一度手を降ると、彼は街の中心部方面へと馬を走らせていった。


 街の中心部、とある建物の前で馬は停止した。巨大な巨大な塔状の建物だった。

 周りの建物がせいぜい二階建て、大きくても三階建てなのに対し、その建物は脅威の六階建。幅もかなり広く、直径四十メートル以上はあるだろう。そんな巨大な円柱が街のど真ん中に鎮座していた。

 赤レンガの石壁には小窓もびっしりで、動物や自然などを象ったレリーフなんかがいくつも彫られている。レリーフはどれも大きく、かなりの高額に見える。そんな見るからに権力のある建物。青年はその真下、この建物専用の繋ぎ場に馬を停めた。

「すぐに戻ってくるから、少しだけ待っててな」

「ヒヒーン!」

 黒馬の鼻を撫でて、青年は建物の入り口へと向かう。

 大きな木製の両開き。その扉の上には漆塗りの豪華な看板が設置されている。「冒険者ギルド・ロキロキ本部」と、そう書かれている。青年は三メートルもある大きな扉をゆっくりと開け、建物の中へ入ってく。

 入ってすぐの空間。そこは巨大なホールになっていた。一階は特に区切られておらず、円状の空間がまるまる見渡せる。

 小綺麗に敷き詰められた石床。その上に置かれた木製の机と椅子はあちこちに点在している。奥の方には壁掛けのコルクボードと、そこに貼られた大量の紙がある。その隣はカウンターとなっていて、台を挟んだ向こうには三人の受付人が待機している。

 この一階は「冒険者ギルド」の「依頼受付エリア」となっていた。

 依頼受付の手順はこうだ。まず、外部の人間がギルドに依頼を持ってくる。依頼人も依頼内容も様々だが、大体は変異歹の被害に関するものだ。変異歹に襲われそうになった辺境の村の守護であったり、殺された家族の仇討ちだったり。依頼人は依頼の詳細と報酬の額を伝え、受付がそれを紙に起こす。そうしてコルクボードに張り出された依頼を、ギルドと契約している冒険者達は自由に受けることが出来るのだ。あとは依頼をこなし、完了すれば証拠を持って報告。ギルドが確認し、依頼額の八割を冒険者に支払う。これが冒険者という仕事であり、冒険者ギルドという組織だ。

 ギルド(組合)という名だが、今やその本質は雇用関係である。結局甘い汁を吸うのはギルドの運営側だ。リスクもなしに、拠を構えるだけで儲けが入る。無茶苦茶な話だが、個人でそういった依頼を受けるのが困難なのも事実。個人的に村の契約用心棒となるケースもあるにはあるが、安定を求めるなら絶えず依頼が舞い込むギルドと契約した方が利口だったりする。

 そういった背景からも、冒険者ギルドと契約して冒険者となった者はかなり多い。元々、男という生き物は闘争本能が強い。それが弱者を護るためなら尚更だ。変異歹という明確な敵が存在していることもあって、戦いに憧れる男は少なくない。

 今日も本部はたくさんの冒険者達で賑わっていた。大体は男だが、女の冒険者も一定数は存在していた。彼らは椅子に座って近況報告をしあったり、依頼を吟味したりしている。 

 しかし青年は彼らに混ざって依頼を確認しには行かない。彼も冒険者ではあったが、もう随分と一般の依頼を受けていない。

 フロア中から彼に贈られる羨望の眼差しを後目に、彼は奥にある階段へと歩を進める。二階へ続く大きな石階段だ。彼はコツコツと足音を立てて二階へ上がっていく。そしてそのまま三階、そして四階へと上がっていった。

 四階へ続く階段。その終わりには人の通過を妨げるように設置された赤いロープと、そのロープに貼り付けられた「ギルドの関係者ではない者(冒険者含む)は立ち入り禁止」と書かれた紙がある。一般人や冒険者はダメで、ギルドの運営スタッフや役員達のみの侵入を許す旨である。

 しかし青年はそれを全く気にすることなく、慣れた様子でヒョイとロープを跨ぎ、そのまま四階に足を踏み入れていった。


 コンコンッ。

「入りたまえ」

 扉の向こうからのしゃがれた声が青年のノックに答えた。

「失礼します」

 黄金の施された赤い分厚い扉の、これまた黄金で作られた取っ手を押して中に入る。

中の部屋には真っ赤なカーペットが敷かれ、広々とした上品な空間になっていた。その真ん中に置かれたデスクに一人の男が座っていた。小太りの中年だがどこか気品があり、いかにも重役に就いてそうな風貌の男だ。着物も小綺麗で、高そうな立派な布で作られている。

「ルカです。任務が終わりましたので、報告に参りました」

 ルカは背中から剣を外し、男に向かって頭を深く下げた。

「おお、あの事案か。素晴らしい。さすがは冒険者…いや、「英雄」ルカくん。君の働きぶりにはオーナーも関心なさっている」

 かつて組合として作られたのは五十年前。今はオーナーが所有しており、半分会社のような組織に成り果てている。

「過ぎた言葉です。俺はただ、弱い人達を守りたいだけですから」

「君のその強い思いが沢山の変異歹を殺し、遂にはあの凶暴なギガントニュートをも倒した。君こそ英雄と呼ばれるに相応しい男だ。人類の希望だよ」

「ありがとうございます」

 重役の男は満足そうに笑う。丸いお腹がタプタプと揺れた。

「さて、ルカくん。ギガントニュートの退治から戻ってきたばかりで悪いんだが、君に次の任務を頼みたい。危険な任務なんだ、最強の冒険者である君にしか頼めない」

「はい、ギルド長。何なりとお任せください」

「ふはは。君ならそう言ってくれると思っていたよ」

男は一枚の洋紙をルカに手渡す。

「概要はそこに書いてある。難しい任務だから、五日ほど街で休んでから向かいなさい」

「わかりました。ありがとうございます」

ルカはもう一度お辞儀をし、部屋を退出した。


 先の紙に書かれていた通り、本来四階に冒険者の立ち入りは許されていない。破れば重い罰が待っているので、わざわざ好き好んでここへ来る者はいない。ふざけて入りましたで済ませられるほど軽い話ではない。

 四階は廊下が輪っか状になっており、真ん中部分は全て壁で囲まれている。壁の内側は蜜柑のように扇形に区切られており、先のギルド長室はそのうちの一つだった。

 ルカは廊下の外壁側に設置されたソファーチェアの、その一つに座った。黒い革で作られた、高級感のある二人掛け用のソファーチェアだ。隣には爽やかな観覧植物が植えられた鉢もある。彼はここで一休みがてら、渡された書類に目を通すことにした。

(やっぱりここは静かで落ち着くな)

 王国の首都ともなれば、静かな場所を探す方が難しい。大体どこに行っても人の声や馬車の騒音からは逃れられない。しかしここは地上の喧騒から離れた四階。しかも人なんてそうそう来ないのだ。ルカはここで落ち着くのが昔から好きだった。

 書類に一通り目を通し終え、ルカは背伸びをした。

(それにしても五日もの休みなんて久しぶりだなぁ。久しぶりに実家に顔を出す時間ぐらいはありそうだ。でもお腹も空いたし、その前にどこかで美味しい料理でも食べるかな)

 そんなことを考えていた時、ルカは近づいてくる足音があることに気付いた。

「おやぁ? またギルド長直々の任務かい? 流石、境遇が違うねぇ」

 少し皮肉がこもったその声には聞き覚えがあった。

「なんだ、ヒヨクか」

「よお」

 男は軽く片手をあげた。すらっとした長身に、ボリュームのある青髪。色白い肌のこの男はルカの顔馴染みの冒険者だった。

「おいヒヨク、四階は立ち入り禁止だぞ?」

「お前だって入ってるじゃないか」

「俺はギルド長から許可されてんの。ギルド長直々の特別な任務も受けることがあるし、仕方がないだろう?」

「はいはい。どうせお前はギルド長のお気に入りだよ〜」

 彼はわざとらしくため息をついた。

「そう言うなって。これでも苦労してるんだから。それよりお前本当に怒られるぞ?」

「まぁまぁ、気にすんなよ」

 そう言ってヒヨクはルカの隣にドスッと座った。

「それで? また危険な任務なのかい?」

 先ほどのおちゃらけた雰囲気から一転。真剣な声のトーンでヒヨクが尋ねる。

「マウンテンホエールの討伐司令だ。村を次々と焼き払っている危険な変異歹のようだ」

 ため息混じりでルカがつぶやく。彼は今まで何人もの人間が変異歹に殺されるのを見てきた。だからこそ、この文面の差す内容がどれだけ悲惨な実態なのかが彼には想像できてしまう。ヒヨクもそれを感じ取ったらしく、同情するような目でルカを見つめる。

「出発はいつだ?」

「五日後だ。流石の俺も休息を取らなければ過労で死んでしまう。それまでは家族に会ったりして、ゆっくりするよ」

 それを聞いたヒヨクは深いため息をついた。

「お前が最強の冒険者なのはわかるけどよぉ。ギルドは何でもお前に頼み過ぎだと思うね、俺は」

「心配しているのか?」

「そりゃな。俺にとっては唯一の友だ。変異歹になんか殺されて欲しくない」

「ヒヨク…」

「旅仲間でも作って一緒に行けばいいのにな。ま、この国の冒険者程度じゃ誰を連れて行ってもお前の足手まといになるだろうけど」

 そう言って彼は立ち上がる。

「それじゃなルカ。実は俺もギルド長に呼ばれてるんだわ」

「あ、ああ。そうだったのか。じゃあ、またな」

 軽く手を振って、ヒヨクはギルド長室の方へ歩いていった。

(ギルド内でも目立たないあいつが、何でギルド長に呼ばれることがあるんだ?)

 彼の性格だ、きっと 規律でも破って怒られるのだろう。ルカはそう思い、それ以上は特に考えなかった。

「さて、俺もそろそろ行くかな。親父に会うのも久しぶりだ」

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