第13話

 次の市は大忙しだった。敷物を敷いて上に薬を並べて行っている最中から列が出来、薬湯が一気に四つも売れた。温かくして飲むのがお勧めなのだが、買っていった男達は列を抜けるなり袋の蓋を開けて一気飲みにした。そうして暫くすると、


「俺は何ともないぞー!」


 とはしゃいで行った。度胸試しに使われているらしい。海沿いで毒のある魚をお作りにして当たらないことを喜ぶようなものだ。あまり良い気分じゃないが、金子になるのならそれで良い。ついでに効果も喧伝してくれたらなお良いのだが、と俺は溜息を吐いて子供にモフられる。

 マスコットである俺や銀は市ではモフられるのがいつもの事なのだ。そして親に薬を売りつける、立派な売り子でもある。幻獣二匹を連れた魔女。湿布が今日はよく売れるな。いっぱい作っといて良かった。薬湯も、やっぱりあのスリがどんな味のを飲んだのか気になる人々がいるらしく、飛ぶように売れる。


 あっと言う間に無くなってしまったのを、後から来た常連さんに残念がられるが、そっちはそっち用に取っておいたのがあるので、一見さんにも常連さんにも対応することは出来た。持ってて良かった、控え。鍛えておいて良かった、筋力。

 美容に良いものはないかしら、と訊かれたので、今度私用にしているクリームを作って持って来ることになった。綾姫は肌も綺麗だ。赤ん坊にも使えますよ、と言うと、あら嬉しい、と返される。子持ちの主婦は大変だな。子守と薬草摘みを両立させていたばーちゃんの苦労がしのばれる。


 ざわ、と声がして、市に道が出来る。何だと思うといつものように接ぎ宛ての付いたズボンと肩に猟銃を抱えたうてなだった。俺と銀はそれぞれ握られていた手から逃げて、綾姫の膝に乗る。まだ少しストックがあるので店じまいにはしていなかったのだが、さっさと逃げたい。


「あの子釈放になったのね」

「って事はスリを雇ったのはデマだったって事か?」

「保釈金払ったんじゃない?」

「今度は何をするつもりだか」

「まあ魔女相手なら良いだろう」

「そうね、丁度良いぐらいだわ」


 好き勝手言ってくれやがる。自分達も薬の恩恵にあずかっていやがるくせに。結局綾姫はどうでも良い存在なのか。いたらいたで便利なだけの魔女なのか。街には綾姫を女として見る連中なんかいない。それは本当らしいが、ばーちゃんみたいなことにならないならそれは問題ない。

 だがその唯一圏外にいるのがこいつだと言うのは、困り果てた事だ。


「やあ、あーたん」


 その響きに何人かの人間が吹く。


「ああ、うーたん」


 更に吹く人数が増える。


「生憎ともうご常連の分しか残していないぞ。お前に売るものはない」

「あはは、森で会えないから顔出しに来ただけだよ。この通り無事に釈放されました、ってね。青いの君には教えてたけれど、多分伝わってなかったと思うし」

「そうなのか?」


 訊ねられてぷーいっと顔を横に向ける。どこをどうどっちに向けても大して変わることがないのが、俺達ふわもふだが。これ、とぽふんと掌で叩かれて、上目遣いに綾姫を見上げる。こくんっと頷くと、そうだったのか、と苦笑いをされた。


「だがお前が平気で人を傷付ける人間なのは変わらないからな。やはりあまり関わりたくないのが本音だよ」

「えー、酷いなあ。うーたん悲しい。でも役に立ったことも忘れないでね。あの場で薬一気飲みって結構勇気のいる事だったんだから」

「それは、感謝している。残念ながら」

「残念がらないでよ。あ、そうそう、僕冬に向けて牛を増やす事にしたんだけど、何か薬になる?」


 牛。まあ雪に強いやつは売ってるだろうが、こいつはどう金銭を蓄えているのだろう。熊がよっぽどいい値で売れたのか。思わず綾姫の膝からずり落ちそうになりながら、俺はその言葉を聞く。生憎と、と綾姫は返した。


「生臭を使ったレシピは持ってない。牛乳もだ。大体なんだって突然牛」

「うーん冬は冬眠する動物が多いから狩人一本じゃ難しいかなって思ってさ。そっか、魔女は生臭食べないのか」

「食べないな。魔女じゃなくても採食主義者はいるだろう」


 そう、うちのご常連のじーさまとかばーさまとかには、結構いる。肉が高いのもあるが、身体が受け付けなくなって来るそうだ。脂とか色々を。もたれるのでうちの薬湯を買っていく。身体に良いし、お手軽価格なのでまとめ買いする人もいる。井戸水と薬草と言う無敵のコスパなので、良い稼ぎになるのだ。


「牛乳すらって結構徹底してるね? 小さい頃は母乳で育ってるだろうに」

「代わりに豆乳を飲んでいる」

「タンパク質あるもんね」

「よく解らんが、祖母にそう教えられて来た」

「ふーん。魔女だったお祖母さん?」


 魔女魔女うるせーんだよ、俺はいい加減腹が立ったのでそのみぞおちに突撃してやった。けぷっとちょっと戻したようだが、あまり腹に物が入っていなかったのだろう、吐くには至らない。あのスリの男のように。予想していたのだろうか、俺の突撃を。だがだとしたら銀にも堪忍袋の緒があるのを知っておいた方が良い。ダブルアタックは相当堪えるぞ。

 これ、と綾姫に窘められつつも、俺はつーんとした態度を崩さない。ふわもふにも攻撃力はあるのだ。さっさと朱をテイムしてしまったこいつには分からないだろうが。その朱は留守番しているようだが。信用しすぎだ。朱の魔法で小屋が燃やされないとも限らないのに。


 もっとも乾燥してきた森の空気じゃ森林火災の恐れがあるのでやらないだろうが。それに、多分逃げられないようにされているだろう。それこそテイムの力で、『大人しく留守番していること』なんて言われたら、そうしていることしか出来ない。


「いったいなあ、お祖母さんが魔女だったのは本当でしょう?」

「まあな。私みたいな中途半端な薬草売りじゃなく、ちゃんと魔法が使える祖母だった」

「綾姫ちゃんは魔法使えないの?」

「簡単なのを少し覚えた。最近。護身用に」

「そうか、それは気を付けなきゃいけないね」

「そうだな、お前に気を付けるための物だからな」

「あーたん酷い」

「うーたん怖い」

「僕は全然怖くないよ。君には友好的なつもり」

「いらんな、こんな物騒な友人は。森の長がいなくなってあちこちでキツネや鹿が悪さをするようになった。うちの薬草畑だって危ない」

「ふーん。友人でなきゃ良いの?」

「は?」


 きょとん、と綾姫は目をぱちくり開ける。いつもは切れ長のその目が開くと、まだちょっぴり幼いのが分かった。まだ大人じゃない。でも子供というほどでもない。中途半端な、年齢。


「僕たち恋人にならない? あーたん」


 集まっていた街の人間全員が、吹いた。


「……だから魔女は生臭は好まん。狩人で牛飼いなんてまったく接点がない。食事だって違う」

「僕が合わせるよ。生臭禁止だったのは五年前の僕も同じだったしね、大して苦にはならない。牛乳は売れば良い」

「部屋がない」

「嘘だあ。お父さんとお母さんが暮らしていた部屋はあるでしょ。それに君が僕の家に来てくれても良い」

「本が無ければ魔法の勉強が出来ない。却下だな。それにあそこは居心地がいいように何年もかけて馴染みを入れたんだ。今更離れるつもりもない」

「じゃあ取り敢えず恋人から始めようよ。家に通い合ってさ。別居婚でも良いよ。偶に僕が君んちに行ったり、僕んちに来たりするの。市にも出て、君と一緒に街に溶け込むようにする。駄目?」

「お前が信用できない。だから私はお前と恋人になるつもりはない。大体友人としてすら、接点が薄いだろう、私達。殆ど市でしか会わない」

「青いの君と白いの君が君の家に結界を張ってるからね。僕からは行けなくなったんだよ」

「そうだったのか?」


 再び訊ねられて、仕方なく俺達は頷く。


「その子達だって可愛いふわもふであるだけじゃないんだよ。君はもうちょっと彼らの事を知るべきかもしれないね」

「彼ら? 雄だったのか、お前たち」

「そこからっ!?」


 俺もずっこける。

 そこから!?

 まったくだ。


 まあ、と気を取り直して、うてなは猟銃を担ぎ直す。


「考えてはみてよ。僕と君との新婚生活」

「いや、恋人からしてそもそも無理だ。お前は受け付けない、生理的に」

「ひどっ! 熊から助けてあげたじゃない!」

「あれ、仕掛けたのもお前じゃないのか?」

「さあそれは神のみぞ知るところだよ。じゃーね、あーたん」

「じゃあな、うーたん」


 やっと去って行った狩人に、街中に噂が広がった。


「綾姫ちゃん、綾姫ちゃん」

「あ、薬湯のおばーちゃん。今週の分持って来てますよ」

「ああ、ありがとうねえ。それより、あの男は止めておおきなさいな。胡散臭いし、余所者だよ、あんなのは」

「余所者なのは私だって変わりませんよ。森の魔女ですから」

「綾姫ちゃんは生まれた時から街に馴染んでいるじゃないか。ご両親やお祖母さんの事があっても、身内だよ」

「その意識が、あいつを煽るんだと思いますけどねえ……」


 コミュニティの内側に入れない。

 それはうてなの方なのかもしれない。

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