第8話

 ふわもふである事を隠しながら戦う方法、やっぱり一番は突撃なんだろうなと、俺はふんふん跳ねて体を鍛える。いざとなったら綾姫を運ぶためにも膂力は必要だ、思うものの何せ所詮はふわもふ、負荷が足りない。仕方なく薪割りがてら腕力も付けていくことにしたが、片腕ずつしか使えない手の短さで筋力が偏るのは目に見えていた。十回ずつ、と決めてみてもあまり効果はない。だが薪が割れないことはなかったので、それなりに力が付いてはいるのだろう。一日千秋だな、こうなると。はやく腕力も脚力も付いて欲しい。ぴょんっと飛んでカンッと薪を割る。

 そろそろ乾燥して来る頃だ。今の内に冬用の薪の準備をしておかねば。と、そんな所で声が聞こえた気がして、俺は身体の動きを止める。アオくん、シロくん、と俺達を呼んでいるのは朱の声だ。


 まさかあいつ朱を使って俺達を呼び出し、結界を破るつもりか? 否、合理的に通るつもりでいるのか? 相変わらず卑劣な奴だが、朱を放っておくわけにはいかない。なので取り敢えず家の中に入って、銀の元に向かった。今日も今日とて薬草を煮込んでいる綾姫の後ろで、もふもふと身体を揺らせて戸惑っているような姿は、やはり朱の声が聞こえたからだろう。どうするか。

 幸い俺達の言葉が分からない綾姫は森の動物が鳴いているとしか聞こえていないだろう。俺達二人で出るのは危険だ。どちらかが残らなければならない。出来れば攻撃術のある俺が残った方が良いのだろうが、いざ朱に魔法を使われたら強いのは水系魔法を使える俺だろう。しかしそうなると家が手薄になる。


 アオくん、シロくん、と声は響いている。ここで俺達がでなかったら。朱に危害が及ぶかもしれない。大切な友達が傷付けられるかもしれない。それは避けなければ。だが、一体どうして。俺はどっちに行くべきなんだろう。


 俺は外に出て、まだ燃えた後の消えない草のギリギリまで寄る。それから朱の声が聞こえる方に向かって、氷の息吹を放った。一瞬にして乾燥した草花はぱきんと折れ、朱に続く一直線な道になる。

 赤いふわもふの毛並み、その隣にいるのは、やはりうてなだった。

 あっれー、といつもの銃を担ぎながら、ぽりぽりと頭を掻いている。わざとらしいと言えばわざとらしい仕種に、俺はシャアっといつものように威嚇する。


「結界が張られてるって言うから呼び出せば出て来てくれるかなって思ったんだけどなー。案外用心深いね、青いの君。朱ちゃんに頼んでみた呼び声も無駄だったか。出なかったら今度はこっちから火炎の吐息で道を作るつもりだったけれど、それじゃあ結界は破れなくて君達の家も見えないまま……どうしたものだろうね、これは」


 言いながらうてなは朱の身体に銃を向ける。

 だが俺は動じない。

 ふわもふは、柔らかさが武器だから、俺みたいなムキムキでもない限り銃弾なんて弾き返されるものだ。大した威嚇にもならない。お互いにとって。

 朱はふるふると身体を震わせているが、それでも俺は動かない。


「人質攻撃も無駄、か。案外冷徹なんだね、青いの君」


 人質を取っている方に言われたくない。俺は無言で応じる。

 俺達にとって人質になり得るのはたったの一人。

 綾姫だけだ。

 そしてこいつは綾姫自身を傷付けない。

 少なくとも、今の所。


「君達って僕らの言葉は解るのに、あんまり従ってくれないよねえ……別に僕は綾姫ちゃんを傷付けようとしている訳じゃないんだよ? むしろ好意的だ。森の中で孤立している魔女呼ばわりされる女の子を、自分の家族に迎えようとしている。幸い狩人は街の仲間だと思われているからね。だから僕と一緒に来れば、綾姫ちゃんはコミュニティに入ることが出来る。それは君たちにとっても有益なことなんじゃないのかい? こんな所に引き籠っていたら、恋愛も出来ないじゃない。その相手に立候補しているだけだよ、僕は」


 俺は動じない。

 綾姫の家はここだけだ。

 婿に来たいなら正当な手続きを取れば良い。

 暴漢を差し向けたり、火を点けた隙に攫って行こうとしたりなんかせずに。


 俺の氷でちょっと短くなった前髪をいじりながら、ふうっとうてなは息を吐く。炎でも氷でもないただの溜息だ。それから面倒くさそうに朱ちゃん、とその名を呼ぶ。

 背を向けて去っていくのを見えなくなるまで待ってから、俺は家に入って銀と交代した。俺が付けた氷の道に草花を生やして何事もなかったようにするためだ。こういう時は、俺達って相性が良いよな、と思う。普段は俺の突撃や氷攻撃が物を言うし、そうでなければ、銀の成長魔法が草木を生い茂らせ足止めにしてくれる。もっとも森の中ではそれはあまり役に立たないが、こういう時は便利だ。薬草畑や野菜畑の世話にも丁度良い。俺は雨を、銀は成長を。


 いつもそうやって来た。ばーちゃんが死んでも、そのペースは同じだと思っていた。でも今は違う。あいつがやって来た。なんであいつは森にやって来たんだろう。長に等しい熊まで殺して、森を手に入れた。合理的に。そして次は森の魔女を狙っている。

 あいつはどこから来たんだろうな。それはちょっと知りたい気もした。どういう目に遭って、どうしてここに流れ着いて、どうして魔女の力を欲するのか。よくよく考えたら根本的なことを知らないのが俺達だ。


 だがそれは人間同士の対話の範疇か。そこに俺達ふわもふは入って行けない。綾姫の『男』になりたくても、俺は結局可愛いペットの幻獣ふわもふなのだ。言葉も話せない。通じ合わない。薬。駄目だ、それは。ここに居られなくなる可能性がある限り、俺はあの薬に手を出すことは出来ない。

 いっそ銀に飲んでもらおうかとも思うが、どっちにしろ同じだ。銀も忌避されるかもしれないし、そうしたら俺は大事な相棒を失うかもしれない。目つきの悪い俺よりは柔和な顔をしているが、綾姫にとってはそんなの些細な違いだろう。自分とずっと一緒に居たふわもふが『男』だったと知ったら、どんなショックを受けるだろう。その隙にうてなが入り込んで来たら目も当てられない。


 やっぱり気になる。今夜晩くにでも狩人の小屋に向かってみようか。そして何故綾姫を執拗に狙うのか、聞いてみようか。あいつは街に溶け込ませるためだと言っていたが、そんな真っ当な理由で草水を撒いて火は点けまい。麻酔で眠らせて誘拐しようとするまい。しかもうちの薬を使ってだ。悪辣極まりない。

 どうして。どうして綾姫がそんなに欲しい? もっと自然なアプローチだって出来ただろうに、それをせずに魔女を手に入れたがる。やはり魔女だと言う部分が問題なのだろう。だが綾姫はまだ薬草が使えるぐらいの魔女見習いだ。ばーちゃんみたいな魔法を使える本物の魔女にはほど遠い。それともそれすら知らないのか? 朱から聞いて知っているだろう。だったら、力を付ける前に屈服させておこうとしている?


 綾姫はまだ少女だ。恋愛は必要ない。強姦魔なんてもっての他だ。だけど俺達が綾姫を助けられるのは三分だけ。ばれないように。ばれてしまわないように、助けることが今は最優先。その為にはやはりふわもふでもある程度戦えるようになっておかなければなるまい。

 しかし幸いだったのは、朱が俺達の真名を知らなかったことだな。ばーちゃんに滅多なことでは教えてはいけないよ、と言われていた甲斐があったと言うものだ。銀が戻って来て、俺は今度は移動したポストを確認に行く。


 そこには手紙が届いていた。いつの間にか。

 魔法文字以外は読めないので、さっさと綾姫に届けると、薬草を煮込んでいた綾姫にありがとう、と言われて撫でられる。この立場を手放すのは惜しいよな、と、思ってしまう自分も下劣だ。信頼を得たまま姿を変えることは出来ないだろう。ばれてはいけない。このふわもふの身体がある限り、そうでなければいけない。

 ふるふるっと震えて綾姫の肩にジャンプする。銀も同じようにして、反対側に上った。一緒に手紙をの覗き込んでみるが、銀も人間の文字は読めない。だから綾姫に頼ることにする。じ、っと両側から見られて、綾姫は困ったような顔をして見せた。


「『うてな あぶない』と書いてある。うてなが危ないのか、うてなに危機があるのかは解らんが、その内狩人小屋に行ってみようと思う」


 俺達は大騒ぎでそれを止めようときゅいきゅい叫んで跳ねた。駄目だ、あいつの曖昧な手段に乗ったら眠らされて今度こそ襲われる。綾姫はその辺りの事に疎いので、本当に行くつもりだろう。駄目だ、絶対に駄目だ。

 きょとんとして俺達の大騒ぎに驚く綾姫は、ふむ、と頷いて見せる。


「行くな、と言いたいのか?」


 そうだ、そう。頷く首もないが俺達はこくこくと頭を揺らす。


「だがもし本当に何かあったら、大変だろう?」


 お前が大変なことにされるんだよ。ふるふる身体を振る。


「……まあ、市の時にでも聞いてみるか、それなら」


 ホッとして俺達は、両側から挟むように綾姫の頬に懐いた。

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