第4話

「藪から棒な訪問だな。朝から雨は降っていただろう、うてな」

「え、もう止めちゃうのその名前。僕も友達出来たみたいで嬉しかったのに」

「あまりお前を友達とは思えんのでな。初対面から顔をニマニマさせて覗き込んでいたのだから、信用はあまりない。はい薬湯。身体が温まるぞ」

「ありがとー綾姫ちゃん。あれ、青いの君と白いの君は?」

「台所で寝ている。冷えるからな、丁度良いんだろう。それでお前は、何をしに来た?」

「あーうん、はちみつ分けて欲しくて」

「はちみつ?」

「僕が獲るのはNGでも、君から貰うならセーフなかって。あるかな?」

「あるぞ。そもそもミツバチは貯めきれなくなった巣は捨てて別の場所に新しい巣を作るんだ。遠心分離機動かして来るから、何か入れ物を――」

「それならあるから良いよ」


 まだ少しうとうとした中で、俺はリビングのドアの隙間から二人を見る。うてなは懐から瓶を出して――

 その中身をハンカチに染み込ませ、綾姫の鼻口を覆った。


「ッ、何しやがるてめえ!」


 慌てて人型になった俺は、うてなの腕に落ちようとしていた綾姫の身体を引っ張り寄せる。きょとんっとしたのはうてなだ。だが青い長髪に察しを付けたのか、俺がやつの言う『青いの君』であるのが解ったのだろう。へえ、と物珍しそうに俺を見る。


「幻獣で人に化ける種類があるって聞いた事があるけれど、それって君達みたいなのの事だったんだ。あんな小さな身体にそんな筋力隠してたんだね。よく僕の腹が痛むわけだ。それで? 君はどうするの、青いの君」

「出て行け。二度とここには来るな」

「それは保証できないなあ。こんな綺麗な子、すぐに誰かに攫われちゃうよ」

「街では敬遠されてる。お前みたいなのはここに来ない」

「じゃあ彼女はどうして生まれたの? 誰かがいたって事でしょう? 別に僕は彼女をお嫁さんにしたいだけだよ。薬物や毒物は狩人にも必要な技術だしね」

「綾姫の意志は無視か」

「うーん既成事実作れば行けるかなって思ったんだけど……中々食えないボディガードがいたのは、予想外だったなあ」

「しかも二人だ」


 台所に通じるドアから出て来たのは銀だった。人型の銀はちょっと俺より背が高く、銀髪は短髪に揃えられている。ほ、と驚いた顔を見せたうてなは、肩を竦めて雨合羽のまま両手を上げて『降参』といったポーズを付ける。いちいち芝居がかってて、嘘か本当か分からないのが嫌だった。これが『無邪気』のなせる業か。ぅん、と綾姫が意識を取り戻そうとしている所で、うてなはドアに向かった。


「じゃあね、あーたん。また来るよ」

「二度と来るな!」


 しゃあっと威嚇すると、おーコワ、と、うてなはとぼけて言って出て行った。

 同時に三分の時間制限が解け、俺はいつもの無力なふわもこの幻獣に戻ってしまう。危なかった。銀に綾姫をベッドまで連れて行かせ、窯で煮ている薬湯の様子を見に行く。良かった、まだ焦げ付いていない。ぐりぐりと小さな手で櫂を持つように掻き混ぜ、寝室に向かうと、こちらもやっぱりふわもふに戻ってしまった銀がベッドの上で綾姫が目覚めるのを待っている。

 俺もベッドに乗ると、きしっとスプリングが鳴り、綾姫の目がぱちぱちッと瞬いた。それから呆けた声で、ほぇ、と呟き身体を起こす。


「あれ? えっと……うてなが来たんじゃなかったのだっけ」


 ふるふると頭を振って、俺達は誤魔化す。取り敢えず台所にふらつく身体を導こうとすると、うてなが落としていった小瓶が目に入った。綾姫に気付かれないようにそれをテーブルの下に隠し、ぴょんぴょん跳ねて台所に向かう。


「なあおい銀、あれでも無邪気って言えるのか?」


 俺の言葉に銀はこくりと頷く。


「邪気は無いんだよ。自己肯定的で確信犯、だから無邪気に人を襲おうともする。怖い相手が引っ越して来ちゃったものだね。それにあの瓶、見たでしょう?」

「瓶? 何か仕掛けがあったか?」

「あの薬、家畜なんかの手術に使う麻酔だよ。姫様が市で売っていた」

「はぁっ!?」


 大きな声が出ると、薬の抜けた綾姫が俺達の方を振り向いて、どうしたの二人とも、と笑い掛けてくれる。喧嘩でもしてるのかと思ったのかもしれない。だがな、今最も心配されるべきはお前なんだよ、綾姫。向こうは既成事実を作ってまでお前をむにゃむにゃごにょごにょしようとしていたんだ。俺と銀がいなかったら、ばーちゃんと同じようにされていたのかもしれない。ばーちゃんが俺達を飼っていたのは、それを恐れたからなのかも。

 いざとなれば男二人の腕力でどうにかなるが、それでも限界は三分だし、それに綾姫にばれてはいけないと言う制限付きだ。独り立ちできるまでは。もしかしたらそれは、こうやって襲われる事があっても自分の力でどうにか出来るまで、と言う意味だったのかもしれない。ばーちゃん、無茶なことを言い付けて逝ってくれたな。すでに記憶の無い事を忘れかけているぞ、あんたの孫。


「姫様の力を信じているから、姫様を襲いに来たんだと思う。これは面倒な事だよ蒼。相手は狩人、人の隙を突くのは得意のハンターだ。雨が止んだらあいつが来れないように結界を張ろう」

「それは俺も思っちゃいたが、まさかそれが出来ない日にやって来るとは思ってなかったんだよ。完全に後手に回されてる。厄介だったらないぜ、まったく。こんな雨天で出歩く訳はないだろうと思っている日に限って来ている。立派な狩人だよ、癪だがな」

「前の狩人は力任せだったけれど、今回は薬を使って来ると来たからね。姫様が危ういよ、本当」


 そして真夜中。

 草水くそうずの臭いに気が付くと、小さな窓の外は、草原は、燃えていた。


「なっ……銀起きろ、火だ!」

「へ? うわっ」

「幸いまだ広がってないが、草水の匂いがする! 急いで片付けるぞ! 先に俺が人型になるから、お前は綾姫を頼む!」

「解った!」


 限界まで時間を稼いで家の中はふわもふで移動するが、鍵はそうもいかない。ぽきゅんっと変化をして鍵を開けると、もう火は広がり始めていた。ふうっと氷の吐息で草木を凍らせていくが、ちりちり残っているのもある。半分ぐらい消えた所で、俺はふわもふに戻ってしまった。するとすかさず銀がふわもふ姿でやって来る。バトンタッチして、俺はあるものを使うかどうか悩んだ。


 ばーちゃんからの最後の土産だ。人型でいる、薬。ふわもふに戻れなくなって、人型にしかなれなくなる薬。本棚の裏に隠してあったそれは、でも最後の手段だった。出来るだけ延ばしておきたい。と、火が消える。全部消化し終えたのか、井戸の水を被って俺は辺りを見回した。ちょっと燻っている部分には濡れた自分の身体を押し付けて消化。そんなことを何度か繰り返しているうちに、ふわもふに戻った銀にかち合う。


「こっちは大丈夫だった。そっちは?」

「問題ないぜ。しかしこれ、絶対やったのあいつだよな」

「多分ね。証拠もなく他人を疑うのは良くないって言われていたけれど、これは疑いようもない。草水の匂いからして自然発火でもない。火は丸く小屋を括るように点けられていた」

「あの野郎……」


 俺達がふわもふから人型になると、一時間は待たないと次の変身には入れない。結構長生きしてる方の幻獣だと思っているが、それでもそればっかりは変えられない事実だった。と、気配を感じて森の方を振り向くと、赤いふわもふが見える。

 森に棲んでいる野生のふわもふで、あけみと言う奴だった。どうした、と問いかけると、ふるふる頭を振る。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

「何で謝るの、朱ちゃん」

「あの新しい狩人に、名前を盗られたの」


 名前を盗る。それはテイムされるのと同じことだ、俺達幻獣にとっては。名前を知られてはいけない。だから綾姫も、滅多なことでは外で俺達を呼ばない。だからうてなも、仕方なく俺達を青いの君、白いの君と呼ぶ。そうされている限り、俺達は安全だ。

 だが名前を知られては、どうすることも出来ない。特に相手が、狩人だったら。上手く引き寄せられて、囮にされるかもしれない。


「火を点けたのは私なの」


 ほとほと涙を零して、朱は言う。朱の魔法は火炎系だ。草水にはよく広がる。俺は水系、銀は成長系――薬草なんかの成長を促す能力だ。朱の魔法。囮。まさかと思って俺達は家に戻る。


 うてなが綾姫を抱えて出て来るところだった。

 俺は氷の吐息でその頭と腕を凍らせ、綾姫の身体を落とさせた。

 まだ起きないと言う事は、また薬を使われたんだろう。


 俺と銀のダブルアタックでうてなは吹っ飛ばされる。きしゃあっと威嚇すると、チッと舌打ちして出て行った。それに、朱も付いて行く。行かざるを得ない。マスターになられてしまったのだから。

 ちょっと同情はするが、俺達はどうしようも出来ない。とりあえず一時間、玄関で綾姫を運べるまで待つ。

 自分が情けなかったが、これからは綾姫の傍から離れないようにしよう。

 あとあの薬の使い道は、決めておこう。

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