第2話

 街に出るのは大体週に一度だ。食料品の買い出しも兼ねている。ざわざわした中で綾姫の肩に乗っていると、いつもより綾姫と視線が近くて、ちょっと気持ちが良かったりする。銀も喜んでいるようで、俺達は両肩に乗ってはしゃいでいた。時折子供たちが羨ましそうにしている視線や大人たちが複雑そうな視線を向けて来るが、知ったこっちゃない。俺達の使命は綾姫を守ることだ。

 市に簡単に店を開いて、薬を並べていく。さっそく牛が脚に炎症を起こして、と言う酪農家のおっちゃんがやって来た。綾姫はならこれを、とちょっとスース―する匂いの薬を取り出す。患部に付ければ炎症が収まるものだ。人間にも使えるが、匂いが目の方に上がって来るとずっと涙目なのでお勧めしない。


 ほかにも胃薬や傷薬、腹下しの薬なんかが売れて行った。森の薬草から出来ているそれらは、ばーちゃんの遺したレシピに載っている物ばかりである。つまり信用が高いのだ。ほいほい売れて行くからあっと言う間に無くなって、店じまい。と、そこに通りかかったのはうてなだった。相変わらず接ぎ宛てのついたズボンを穿いている。肩には猟銃。あれ、と不思議そうに近寄って来たのに、俺は毛を逆立てる。銀も一応、目を開けてじっと観察していた。

 確かに邪気はない。でもその無邪気さが怖い、手を噛んだからとペットの犬を打ち殺す程度には見える。理由があれば何かを殺すことに厭いが無いと見えた。それは狩人にとっては便利な性質だが、人として暮らすにはそうでもないだろう。だから街ではなく森に住居を求めたのかな。でも先住民がいるんだから、そこは距離を保って欲しいところだ。


 にっこり笑ってうてなは、や、と気安く声を掛けてくる。気付いた綾姫もよう、と返す。気安いぞこの野郎。市場はざわざわ、相変わらずだが、俺達の接触に違うざわめきが生まれてもいた。耳を澄ます。


「あれでしょう? 森の廃屋に住み込んだ狩人って」

「魔女と友人だったのか。道理でふてぶてしいわけだ」

「でもあいつの撃ったうさぎ、美味かったんだよなあ。血抜きも完璧で毛皮と肉と両方使えて」


 うさぎ。既に森に被害が出ていたのか。ふわもふ仲間なので俺達はうさぎとも親しいが、そこを荒らされていると言うのはあまり良い気分じゃない。でも狩人はそうやって生きるものだし、弱者は狩られるしかない。どんなに可哀想でもそれは自然の掟だ。猫にだって食われるかもしれないんだから、仕方ないだろう。

 とは言えやっぱり、良い気分はしない。ちょっともふもふの肌をぴりつかせていると、綾姫に撫でられた。よしよし。綾姫。俺達色を織るもの。自在に操るもの。流石に人間は、撃たないと思いたいんだが。事故と称してそんなことして来そうなのは、むしろ俺や銀の方かもしれない。くわばらくわばら、俺は綾姫にすりすりと懐いて逆立った気を収める。


「もう売り切れちゃったの? あーたんのお店」

「遅かったなうーたん。残念ながら完売御礼だ」

「噂の魔女の薬、僕も見たかったなあ」


 みぞおちに突撃する。おうふっとモロに食らったうてなは背を丸める。これ、と綾姫に叱られたが、知った事じゃない。

 魔法が使える訳じゃない、レシピさえあれば誰にでも作れる薬を作っているだけなのに、魔女呼ばわりするのは失礼だ。言葉だって本で覚えるぐらいに街と隔絶していた。それだけで余所者呼ばわりされるのは仕方ないとしても、面と向かって魔女呼ばわりされるのは気に入らない。


 と、そろりそろり俺達の方に近付いてくる影が見えた。俺は丸い身体をそっちに向けて、しゃーっと威嚇するが、そいつはそんな小さな俺の威嚇なんて知らないように綾姫の腰から袋を盗る。そしてそのまま走り出した。

 今日の売り上げだ。うてなに気を取られて気付かなかった。ぴょんっと跳ねて追おうとするが、そこにうてなからの『待って』と言う言葉があった。何くそと思っていたが、タァンっと猟銃が鳴る音がして、脚に弾を受けたそいつは倒れ込むように転んだ。俺は口で小銭袋を回収し、綾姫の元に戻る。


 片目を閉じて猟銃から煙を出していたのは、うてなだった。

 一応助けられたことになるのだろうか。俺のスピードでも追い付けたと思うが、まあそこは弾丸の方が早かったと言う事にしておいてやる。綾姫に袋を渡し、うてなの足に懐いてみると、あはっと奴は笑った。


「やっとこっちに心を開いてくれたみたいだね、青いの君。それにしても君は本当にあーたんが好きなんだね。魔女呼ばわりも許せないぐらいに」


 むっふー、と鼻息を鳴らしてぴょんぴょん跳ねる。当り前だ、そんなこと。家族を、主を、汚名で呼ばれて笑う者がいるものか。


 しゃがんだ綾姫の手に乗って、俺はその肩に戻る。するとおっとり刀の警備隊がやって来た。足から血を流して悶絶している男を引き立てて、俺達の方にやって来る。


「街中で銃を撃ったのはお前か? 余所者」

「もうここに住んでるから余所者って訳じゃないですけれど、僕です」

「こんな人混みでそんな事をすれば余計な被害が出る可能性もあっただろう。今後は気を付けるように。それで、何を盗られたんだ?」

「これです」


 綾姫の言葉に警備隊長はむ、と目を細める。こいつも綾姫を魔女扱いている一人だ。気に入らないのでふーっと威嚇してみるが、やはり小さな身体だ、大した効果はない。いっそ人間体になって証言をしても良かったが、三分では終わらないだろう。悔しい事に。

 銀はじっとしている。こちらは敵意がないことを示すための行動だ。その方が賢いのだろうか、俺は立てていた気をゆっくり戻し、精々かわい子ぶってみる。事実俺達は可愛い。だからばーちゃんも綾姫も可愛がってくれていた。


 ともあれ魔女の言葉に眉間にしわを寄せた警備隊長は、解った、と言ってその場を後にした。うてなは猟銃を担ぎ直し、綾姫の方を見下ろして来る。奴の方が若干背が高い。でも人間体の俺や銀よりは小さい方だろう。綾姫は女性にしては背が高い方なので、俺達と並ぶと多分壁が出来る。巨人だ。もっとも森の熊には敵わないだろうが。


「さてと、あーたんは買い出し?」

「まだ続けるのかそれ。ああ、これで一週間分の食料と来週の分の薬草を」

「出来ればずっと友好的な関係でいたいからね。良かったら荷物持ちぐらいするけれど、どう?」

「間に合っている」

「? あーたん一人だよね?」

「この二人がいる」


 肩に乗せられていた俺達がむんっと鼻から息を吐くと、へぇ、とうてなは興味深げに銀を覗き込んだ。何度も突撃を食らっている俺には近付きたくないんだろうが、舐めてんのかコラと言いたくもなる。別にさっきのスリだって、俺の俊敏さなら追い付けたんだ。お前にする感謝はない。


「幻獣、って言うんだっけ? そんなに力持ちなの?」

「一人で十キロは軽く担ぐぞ」

「何それすごっ。こんな女の子の華奢な肩に乗れちゃうぐらいなのに、いっそ怖っ」

「私も昔はよく乗って遊んだものだ」

「ご両親が亡くなった後?」


 ぴく、と綾姫の耳が動く。


「町では有名な話だからね、魔女の子供が崖から落ちて死んだことなんて。馬車の操作に失敗したとも、神に背いた天罰だとも言われて――げふっ」


 俺はうてなの顔に右ストレートの要領で突撃した。

 吹っ飛ぶうてな。すっかり元通りの市、誰も気に掛けない。

 魔女には近付く方が悪い、とは、この街の不文律だ。


 ふんすっと鼻息を出すと、綾姫に拾われぺちんっとされた。だってあんまりにも無神経な言葉だったじゃないか。人の生き死にを迂闊に口にする奴は嫌いだ。たとえ愛称で呼ぶことを許されているとしても、俺達のお姫様を傷付ける奴は許さない。


「青いの君は乱暴だなあ。僕は酒場で聞いた噂話をしただけだよ。そんなに怒ることないじゃない」

「まあ、こいつは私に対して過保護だから、言葉は選んだ方が良いかもな。それこそ両親が死んでからは」

「親代わりみたいなもの? そんな図体で」

「また殴られるぞ。お前もお前の買い物があって来たんだろう、そろそろ私達とはお別れした方が良いぞ。ではな」

「けふっ……つれないなあ、綾姫ちゃん」


 お前みたいなのに釣られないように俺達がいるんだよ、とは、言葉にしない事にしておいた。

 そして米十キロは案外軽くなって来たな、と、自分の膂力に感心するなどした。

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