君の隣のふわもふ、実は?
ぜろ
第1話
ふわふわもふもふしている身体を持ち、小さな身体で大荷物を任される、俺達は『幻獣』と呼ばれる種類の生き物だ。青い毛並みの俺は
風呂の薪を取りに行っている間にスープを煮立たせてしまったり、井戸に落ちそうになったり、木の実を探している途中で熊に出会ってそのまま友達になってしまったり。
そんな綾姫を助けるのが俺と銀なのだが、いくら幻獣が力持ちだと言っても手足は短く頭はない。本当に丸っこくふわふわしているだけなので、もしもの時は俺達も普段掛けている封印を解いて人型になるのだ。そうすれば綾姫一人を守るぐらいは出来る。だがそれも時間は三分と言う制限の中だ。その中で綾姫にはばれないように助ける。熊の時は綾姫が勝手にどうかしてしまったので俺達の出番はなかったが、それでも煮立ったスープやボコボコになった風呂をどうにかすることは出来た。
人型になれることを、綾姫に悟られてはならない。一人で生きていけなくなる。それが綾姫のばーちゃんの遺言だったが、俺達が付いてても十分一人で生きていけてない。綾姫は馬鹿じゃないが、ボケなのだ。俺達を膝に乗せて日向ぼっこしている時が、一番ゆったりしているぐらいの。そして作ったスープの存在を忘れて、ちょっと焦げ臭くしているぐらいの。
「綾姫は本当に独り立ちできんのかねえ」
俺は隣の銀に訊いてみると、うとうとしていた銀は、ぅん、と頷いて見せた。
「そのための僕達だろう、蒼」
「取り敢えず竈の火消して来るわ」
「いってらっしゃい」
銀も銀でボケボケしていると思うが、と俺は台所のドアを短い脚で開け、人型になる。長く青い髪を結んだ姿、それが俺の人型だ。鍋掴みで焦げる寸前のスープをおろし、ふうっと氷の吐息で炭を治める。乾燥した息だから炭が使えなくなると言う事はない。ぐるぐるスープを混ぜて、焦げが浮いてきたら捨ててしまう。よし、これで今日の俺達の夕食は守られた。竈にスープを戻して、ぽきゅんっと人間から幻獣に戻る。
日向ぼっこをして眠っている綾姫の元に戻ると、人影があった。
眠る女子を狙う卑劣漢かと思ってしゃーっと威嚇しながらぽんぽん弾んでいくと、そこには特徴のない顔をした、綾姫と同じ十六・七の少年がいるのが解る。銀はまだうとうとしていたが、俺の声にぎょっとして起きたようだった。綾姫も同じく。
ぬけぬけとベストにシャツ、接ぎ宛てのあるズボンを穿いた少年は、にっこりとして見せた。
「驚かせちゃったみたいだね、ごめんなさい。僕は最近近所に引っ越して来た、うてなって言うんだ。君の名前は? 眠り姫さん」
「綾姫……しかし珍しいな。熊も出る森に引っ越してくるなど」
「不思議な言葉使いだね」
「本しか読んだことが無くてな。あまり人と話した経験がない。無礼だったら済まない」
しゃーっと俺は綾姫の膝に戻って威嚇すると、ぽふぽふと綾姫に撫でられて毛並みを直された。ちょっと過剰反応だったかもしれないが、そのぐらいでないとただの可愛い幻獣なのだから仕方あるまい。自分の可愛らしさは自分が一番良く知っている。侮られることも。
ふるふるっと頭を振って、うてなは否定して見せる。またにっこり笑って、綾姫におじぎをした。
「それじゃあ改めて、こんにちは綾姫ちゃん。森の小屋に狩人としてやって来たうてなだよ。そこのけもの道入ってすぐだから、よければ遊びに来てね。幻獣さん二人も」
「狩人……熊には人を襲わないよう話を付けたんだが」
「どうやって?」
「だから言っただろう、本を読んで覚えた言葉しか使えない。獣言葉だって、本で覚えた。先日遭遇してな、良いはちみつの隠し場所を教えてもらった」
「え、なにそれ僕も知りたい」
「教えれば熊を撃たない?」
「うーんそれは、どうだろう。僕の生活もあるからなあ」
「では交渉決裂だな」
「『森の魔女』は手強い」
ぴく、と綾姫の肩が動く。俺は小さな脚で勢いを付け、うてなの腹に思いっきり飛び込んだ。みぞおちに入るようにしたから、結構なダメージだっただろう。げほげほとうてなは噎せ返る。
『森の魔女』は最寄りの街の人間が綾姫のばーちゃんに付けた異名だ。動物と言葉を交わし、幻獣を操り、薬売りとしてやって来るばーちゃんが、人には胡散臭く見えたんだろう。だけど薬の効き目は一級品だ。家畜の胃薬や膏薬だって作れたから、その力を畏怖して、いつからかそう呼ばれるようになった。ばーちゃんが亡くなったら孫の綾姫に。
あまり気に入っていない異称なのは知っている。だから俺はもう一撃タックルしようとするが、おやめ、と綾姫に止められた。仕方なく綾姫の膝に戻ると、くっくっくとうてなは笑う。苦笑いだ。流石に俺のタックルを受けて素では笑えまい。
「取り敢えずご挨拶はさせてもらったよ。綾姫ちゃん。僕の事はうーたんとでも呼んでおくれ」
「帰りは向こうだ、うーたん」
「残念こっちなんだなあ。そっち側モンスターが出るって噂の隣森じゃない」
「モンスターの方が高く売れるし、名声にもなるだろう」
「やだよ僕が危ない」
「我が侭だな」
「まあね。まあ副業もあるから暫くは大人しくしているつもりだよ、あーたん」
綾姫はきょとん、とする。それからくすくすと笑って見せた。俺達には向けない笑顔だな、と思うとちょっと嫉妬はする。もふもふ柔らかい胸に懐くと、銀と一緒に抱きしめられた。そう、これが俺達のあるべき姿。他人なんてお呼びじゃない。
「人にそんな呼ばれ方をするのは初めてだ。ありがとう、うーたん」
「どういたしまして、あーたん。それじゃあね。あとスープが焦げるみたいな匂いがしてたよ」
「あっえっやばっ」
慌てて俺達と一緒に家の中に入って行くうてなの視線は、何の感情も入っていなかった。
いっそ不気味だったが、この姿では喋れないので、ふるふる震えることで綾姫に危険を伝える。
スープは少しばかり焦げていたが、上澄みは無事だったので、これで良い事にした。
「で、なんでお前は寝こけてたんだよ銀。絶対怪しいやつだっただろあれ」
最後までうとうとしていた銀は、やっと正気に戻ったように、うん、と頷いて見せる。綾姫は解らない種類の獣言葉だ。作ったのは確かぱーちゃんだったと思う。内緒話の言葉、と。
まん丸になっている俺達は、夕食のスープが温まるのを待っていた。四人掛けのテーブル、綾姫の正面が俺でその隣が銀だ。ひそひそと話しているが、別に意味はない。綾姫に分からない言葉なら。
「なんだろう、あいつからは邪気を感じなかったからかな。無邪気って言うか。でも無邪気に狩りをする狩人なんていないよねえ……そりゃ趣味や制圧感が楽しくてやる奴はいるんだろうけれど、あいつからはそう言うのを感じなかった。勿論、姫様に対しても」
銀は綾姫のことを姫様と呼ぶ。幾分からかいも入っていた頃があったが、今は正式にマスターとなったので、その名の意味通りだ。綾姫は俺達のマスター。お姫様と言っても、過言ではない。
しかし邪気の無い狩人なんて余計に分からないな。意識を持っていないのだろうか。それとも狩人なんて嘘っぱちだったんだろうか。その割には火薬の匂いをさせていたし、肩にはライフルも担いでいた。一体どう言う事なんだろう。
「蒼ー、銀ー、ごはんだよー」
粥状になったスープにぴょんぴょん俺達は喜んで見せて、今度はコメの芯が残ってないと良いなと、思った。
ごりっごりに入っていた。
薬湯は作れるのにこんな所で失敗する綾姫が、俺達は何だか放っておけなくて、ちょっと楽しくもあった。
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