二十五話 異世界災害④
二人が近づくと異世界の大樹…………世界樹とでも呼ぶべきようなそれは大きく蠢きだした。その全体から二人に向かって枝木が伸び、地中が鳴動して地面が割れるとそこから無数の根が突き出して蠢く…………紫にも似たその色彩のせいかそれは何かの触手のように見えて不快感を覚えさせる。
「こんなのどう倒すんすか!?」
アイギスに乗った自分は巨人になったように感じられるが、それでも目の前の異形な世界樹は自分が蟻にでもなったような錯覚を覚えさせる。二人へと迫る枝木や根の一つをとってもアイギスを叩き潰すには十分すぎる大きさだった。
「なに、この間戦った亀みたいな怪物のほうがよっぽどでかかった」
「なんすかその化け物!?」
「ちゃんとお前と俺とで倒してる」
「そんなの覚えてないっすよ!?」
「だろうな」
現実世界での任務の記憶は仮想世界に戻ると曖昧になるようになっている。軍司の場合はVRゲームとして思い込んでいたから戦いの記憶は比較的残っていたが、それも完全にゲームのことだと思いこんでいたし、夢で見た時はほとんど内容を覚えていなかった。
だが今は覚えている…………あのクソったれな亀の怪物。彼の唯一の悪友を殺してくれたあの怪物を倒した時のことは。
「お前が覚えていなくても戦いの経験はアイギスに蓄積されている。深く考えずに機体に身を任せろ…………いざとなればバックアップも控えているしな」
「バックアップ…………すか?」
「ああ、お前の大好きな海先輩だ!」
「えっ!?」
「でなきゃこんな規定外の出撃なんてできないさ」
記憶消去を選んだ絶対観測者にこれが現実だと事情を説明して異世界災害へと出撃させる…………そもそもパートナーである軍司が記憶を取り戻したことだけでもイレギュラーであり修正されるべき事態なのだ。今回の出撃は海という第三者の協力もあってようやく許可されたものであり特例中の特例だった。
「おかげで俺はあの人に当分頭が上がらん」
当人は弟の仇をとってくれたことと二人が抜けた分の任務の穴埋めをしてくれたことで十分だと言っていたが、軍司からすればそのどちらも任務として行ったものであって今回の貸しと相殺できるものではないと思っている…………それにあのクソ亀は彼にとっても悪友の仇だったのだから。
「えっと、えっと、それってつまり海先輩も絶対観測者ってやつってことっすよね?」
「そうだ。だからお前に異世界の話もしてくれただろう?」
もっとも異世界に行ったことがあるというのは事実であっても、その内容自体は嘘八百だったわけではあるが。
「と、そんな話をしてる場合じゃなかったな」
迫る世界樹の枝木を蹴り飛ばして距離を取り、ナノマシンの焦熱処理で焼き払う…………けれど大波のように絶え間なく迫る世界樹の枝や根の量に対してそれは焼け石に水だ。いくら対応できても異世界災害の核を破壊しない限りは根本的な終わりはない。
「とっとと核を破壊するぞ」
「どうやってっすか! こんなでかいのに!」
同じように枝や根をさばきながら旭が叫ぶ。核を破壊すると言ってもそれがどこにあるかもわからない。しかもこれだけ巨大な相手だと適当に攻撃したところで当たる可能性は限りなく低いだろう。
「なに、やることはいつもと変わらん」
けれど軍司は冷静に返答する。デカブツの相手などこれまで幾度ともなくこなしている。対応方法も確立されており、これまでの経験からすればむしろデカブツのほうが相手としては楽だった。本来であればこれだけのデカブツになるようなリソースを、アイギスと同じ大きさまで圧縮して運用されているパターンのほうが遥かに厳しい。
「ナノマシンを散布して核を精査。しかる後に破壊する」
「で、でも!?」
やるべきことはそれだけだ。それが一番単純で確実な方法なのは旭にだってわかる。しかしその方法にはリスクがあるのだ…………これだけ巨大な物体をナノマシンで精査しようと思えばアイギスに搭載されているナノマシンの大半を放出する必要がある。攻防共に大きな役割を占めるナノマシンを放出してしまえばその間機体は無防備になってしまう。
「心配しなくても放出するのは俺の機体からだ」
「駄目っすよ!」
「駄目も何も」
器用に軍司の乗ったアイギスが肩を竦めて見せる。一瞬とはいえ世界樹の枝や根が絶え間なく攻め寄せている中で行うなど正気の沙汰ではない。
「もうやってる」
そして何よりもすでに軍司はナノマシンを全て放出した後だった。機体の修復もナノマシンによる瞬間的な対応も行えない状態で一撃でも食らえばお終いだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ、なにやってるんすかあああああああああああああああああああああああ!」
叫んで旭は自身の機体のナノマシンを散布して軍司の機体へと近づく木や根を焼き払い、弾丸のように放たれた実らしきものを高質化させたナノマシンの防壁で遮断する。さらには搭載された小型ミサイルや機銃に高出力レーザーなどを一斉に放って近づく全てを粉砕して薙ぎ払う。
「いい援護だ」
自身も残された兵装で木や根を迎撃し、時にはパンチやキックなど原始的な対応で猛攻をいなしていく。当たれば死ぬような状況であっても当たらなければいいだけだ…………そして仮に死んだとしても軍司は旭や海のことを信じている。きっと彼を回収して戻ってくれることだろう…………その場合旭には盛大に怒られるだろうし泣かれるだろうが。
「…………それは困るな」
ならばやはり死ぬわけにはいかないなと軍司はやる気を新たにする。
「先輩、なんか変っす!」
枝や根の猛攻が収まりつつあった。止まったわけではないがその勢いと量は明らかに落ち着いてきている。
「弱ったん、すかね?」
「いや、違うだろう」
この異形の世界樹は異世界災害の核を内包しているのだ。それが弱るということはこの異世界そのものが弱ると言ってもいい…………その気配はまだ感じられない。
「単純に、ようやくこのやり方が通じないって気づいたんだろ」
枝や根をどれだけ二人に送り込んだところで薙ぎ払われるだけなのだと。
「空気の色が…………霧っすか?」
「いや、花粉だな」
空間を染め上げるように紫色の粉が見える範囲を埋め尽くしていく。そしてそれは触れたもの全てを侵食して破壊していくようだった。自身の枝や根すらもそれが触れて朽ちている陽だったが花粉は収まることなくどんどんとその濃度を濃くしていく。
「ナノマシンで機体を保護しろ。あれはこれまで無駄に使ってきたエネルギーを全て注ぎ込んで生み出していると考えていい」
「せ、先輩はどうするんすか!?」
「俺のほうは気にするな…………ちょうど精査も終わった」
異形の世界樹の、その太い幹へと軍司は機体を向ける。
「ナノマシンを回収しながら突っ込むさ!」
「ちょ、先輩!」
旭の止める声を後ろに、視界を染め上げる花粉を突っ切って軍司は異形の世界樹の中心へとアイギスを突っ込ませた。
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