二十話 虚構
「どういう、ことなんだ…………?」
いつの間にか名前も思い出せなくなっていた悪友のことを軍司は思い出せた。しかし思い出せてもなんで自分が彼のことを忘れていたのかわからない。それ以外のことを付随して思い出せたわけじゃないから、本当にただ海斗のことを思い出しただけだった。
「それに海斗があんたの弟っていうのはどういうことなんだ?」
海がそうだと口にしたわけではないが、彼女が語っていた弟の人物像は海斗と一致していたし話の流れからすれば他にない。しかし海斗は姉について言及したことなどなかったし、二人は苗字だって違う…………もちろん両親の離婚などによって姉弟で苗字が違うことだってありはするだろうが。
「あれは私の不肖の弟だよ、間違いなくね」
「…………苗字は?」
「人間にとって苗字は重要なものではあるけど、自身のパーソナリティを決定づけるものじゃない。だから変えてしまっても問題は無いのさ…………苗字が同じだとどうしてもその関係性を連想してしまうだろう?」
「…………つまりあんたと海斗は姉弟なのにその関係を隠したかったのか?」
「私は弟ほど神経が太くなくてね。忘れていられるならそのほうが良かったのさ」
相変わらず海は明確な返答をしない。ただそれでも軍司に伝わるものもある。
「だが、今は覚えているんだろう?」
「流石に弟の死を忘れてしまうほど私も薄情にはなれなかったんだよ」
そのほうが楽だったのにと海は息を吐く。
「さて、私の話はこれくらいにして…………確か君と弟には共通の趣味があったね?」
「ん、ああ」
VRゲームのことだろうと軍司は思い当たる。他のゲームをすることのない彼だがVRゲームだけは別で海斗ともよくその話で盛り上がっていた。
「そのゲームは二人でプレイするものなのだよね?」
「そうだが…………あんたもやってるのか?」
軍司がやっているVRゲームはマルチプレイ前提で二人のプレイヤーが協力してステージをクリアしていくものだ。重厚で巨大なパワードスーツに身をつつみ、内蔵した兵器や散布したナノマシンによって機体の修復だけではなく魔法じみた現象を引き起こして迫る怪物どもを粉砕していく。
「ひとつ聞きたいのだけど、君はそのゲームを弟とやったことはあるかい?」
「そりゃもちろん…………」
ある、と言いかけて軍司の言葉が止まる。ゲームについては幾度も彼と話した。何かしら用事があって海斗と話した時も、用件が終われば大抵はゲームの話になっていた。考えてみれば彼とその話をしなかった日のほうが少ないだろう…………それなのに浮かばない。攻略について話し合ったことはいくらでも思い出せるのに、海斗とあのゲームを一緒にプレイした記憶が全く浮かんでこない。
また忘れてしまっているわけではない。
ただ、あれだけ毎日顔を合わせながら二人は互いにゲームのプレイ自体を誘ったことがなかったのだ。
「なんで、だ?」
ありえない。軍司はともかく海斗の性格を考えれば誘ってしかるべきだ。彼は軍司の思いつかないようなテクニックを発見しては自慢していた…………直接それを披露してより自慢してやろうと考えるタイプだったはずだ。
「ちなみにさ、そのゲームってタイトルはなんだい?」
「え、あ」
言われて軍司は答えようとするが、なぜか思い浮かばなかった。
「それにさ、そのVRゲームすごい性能なんだよね?」
「あ、ああ…………五感も再現されてて、本当にその世界に入り込んだような感覚を味わえるくらいだからな」
「まるで現実みたいに?」
「…………そうだ」
含みのある表情で自分を見る海に軍司は頷く。その圧倒的なクオリティで話題になっていたから彼も気になって買ったのだ。そしてそのすごさに魅了されて普段はゲームをやらない軍司が定期的にプレイするほどになった。
「君、今スマホは持っているかい?」
「持ってるが」
「出してくれないか?」
「ああ」
意図はわからないが逆らうようなことでもない。素直に軍司はポケットからスマートフォンを取り出して海へと見せた。彼は特にスマホの性能にこだわっていないから最低限の機能を持っただけの安物の機種だ。ゲームをするには物足りないが動画鑑賞程度なら問題ないし、そもそも彼はスマホでゲームをやらない。
「弟と違って安物だね」
「そういやあいつは常に最新機種だったな」
買い替えるたびに自慢をされていた覚えが軍司にはある。
「それで、これがなんなんだ?」
「おかしいと思わないかい?」
「なにがだ」
「それだよ、それ」
彼女は軍司の持つスマホを指さす。
「普通のスマホだが」
「そうだね、普通だ。液晶の画面にタッチパネル。それくらいの機種だとメモリは4Gがくらいかな? CPUも性能は高くないものだろうし…………今の電波規格は5Gだっけ?」
「概ねあってると思うが…………それがなんなんだ」
海の言いたいことがいまいち軍司には理解できない。
「それが今の普通ってことだよ。テレビもスマホも薄型にはなったけど映像を視覚に直接投影したり、ホログラムで浮かび上がらせたりなんてしない。外を走る車も空を飛んだりしないし銃は実弾でレーザー光線を撃ったりはしない」
「それが当然だろう」
「そうだね、この時代の技術レベルではそれが当然だ」
では、と海は軍司の眉間を指さす。
「その技術レベルと照らし合わせて、君の言うVRゲームはどうなのかな?」
「どうって…………そんなの同じにき」
決まっていない。おかしい。被るだけで五感を再現し、まるで現実としか思えないような体験を与えるゲーム機器…………そんなものが今の時代に存在しているだろうか? そんな技術があるのなら海の言う通りスマホや他の機械だってもっと高度なものになっているのではないだろうか。
「どういう、ことだ?」
もちろん一つの分野だけ突出した技術が生まれるということはある。だがそれにしたってあのVRゲームは跳び抜けすぎているような気がする。映像だけならともかく、五感そのものまで再現するとなるとどういう技術によるものなのか想像すら出来ないレベルだった。
「ねえ、軍司君」
そこで初めて海が彼の名前を呼ぶ。
「そもそもそんなゲーム機がこの世界に存在するのかな」
「なに、を」
「思い出してごらんよ。本当に君の部屋にそんなものがあったのかい?」
「!?」
海の言葉に軍司は記憶の中の自分の部屋を思い浮かべる。本棚と机にベッド、趣味の少ない彼の部屋には無駄なものがあまりない。テレビは置かれているがあまり見ないし、机の上のパソコンも調べ物以外では使うことがない……………そんな彼の唯一の趣味であるVRゲーム機はどこに置いていたか。使うときにどこから取り出していたか。それがすぐに出てこないことが彼を驚愕させる。
「ない」
そしてどれだけ記憶を精査してもそんなものは部屋のどこにも存在しなかった。
「さて、何か思い出せることはあるかな?」
そんな彼に、海はそう告げて
軍司は…………ようやく思い出した。
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