十八話 デートの顛末

「俺と、二人で?」

「当たり前じゃないっすか」


 何を当然のことをというように旭が軍司を見る。


「私のこと大好きな先輩を置いていくわけにはいかないっすからね」


 しょうがないんっすからと続けながらも歩くその足は浮き出しだっている。これまで以上に意欲がわいていると言わんばかりのその背中に軍司は声をかけるのを躊躇う…………告白が受けいれられたことの喜びを感じる暇すらなく、そのことを嘆く猶予ゆうよもない。


 もちろん旭の話に合わせてこのまま楽しい毎日を送ることだってできるだろう。しかしそれを良しとしないからこそ軍司は彼女に告白したはずなのだ。


「旭」

「なんすか?」


 振り返った旭の表情は希望に溢れている。難易度が上がったと言いながらも。一人ではなく二人で転生を目指すことになったのが嬉しくて仕方ないようだった…………軍司は一緒に転生を目指すなんて一言も言っていないのに。


「俺は異世界転生なんてしない」

「え」


 はっきりと告げる軍司に旭の表情が戸惑いへと変わる。


「何を、言ってるんすか?」

「何を何も言葉通りだ」


 ただ受け止めれば理解できるような言い方しか軍司はしていない。


「俺はお前を好きだとは言ったが、一緒に異世界へ転生しようなんて言ってはいない」

「そ、それはそうっすけど…………」


 それは紛れもない事実だった。浮かれていても旭だってそれはわかっている…………けれど口にするまでもないことだからだと彼女は思っていたのだ。


「先輩は、私の異世界転生に協力してくれてたじゃないっすか!」

「ああ」


 軍司は頷く。それは事実だ。本心はともかく彼は旭への協力で手を抜いたことはない。だからこそ彼女だって軍司を信頼したし、反対意見にだって納得して従った。


「だけど俺はあくまで旭の異世界転生を監督すると言っただけで、俺自身も転生したいなんて言ったことはなかったはずだ」

「う」


 それもまた事実なので旭は否定できなかった。トラック転生のように他人に迷惑をかけるような方法を選択してしまわないように、軍司が監督として協力するというのが最初に提示された話だったのだから。


「で、でも! 私は異世界にいつか転生するんすよ!」


 それは一貫して旭が主張し続けてきたことだ。


「一緒に転生しないなら、そこでお別れになっちゃうじゃないっすか!」

「そうだな」


 あくまで冷静に軍司は彼女の言葉を受け止める。


「だから方法は二つしかない」


 一つは旭が最初に望んだように二人で異世界に転生する方法。しかしそれをすでに軍司は否定している…………彼には異世界へ転生する望みは無いのだと。

 そしてもう一つは


「旭が異世界転生を諦めればいい」

「なんでそんなこと言うんすか!」


 信じられないというような表情で旭は軍司を見る。これまで自分に協力してくれていた軍司が、自分のことを好きだと言ってくれた彼がそんなことを言うなんてまるで信じられない。


「俺は、お前を幸せにしたいんだ」

「してくれればいいじゃないっすか!」


 簡単なことだと旭は叫ぶ。


「私と一緒に異世界に転生して! 一緒に異世界で過ごしてくれればそれで幸せっすよ!」

「違う!」


 それじゃあ駄目なのだと、軍司は感情を込めて叫んで返す。


「俺は異世界じゃなく、現世でお前を幸せにしたいんだ!」


 口にして、ああそうだったのかと軍司は理解する。旭に合わせて異世界転生を目指すのも悪い話じゃない。今日の水族館がそうだったように、彼女とそれについて想像して過ごすことは楽しかったのだから…………辿り着けるかもわからない場所にただ歩き続けるのも、隣に伴侶がいれば悪いものじゃないはずだ。


 だけど軍司はそれが嫌なのだ。


 旭を異世界ではなくこの世界で…………違う、現世で幸せにしたいと感じている。幸せにしなくてはいけないのだと感じている。自分だけは逃げてはいけないのだと。


「わかんないすっ」


 けれど旭は泣きそうな顔を浮かべて彼を見る。


「私は、この世界じゃ幸せにはなれないんすよ! 異世界に行かなきゃいけないんっす!」

「だからそれはなんでだっ!」


 心の底から叫ぶ彼女に、彼も叫ぶ。それを教えてくれれば軍司はその全能力を駆使して解決して見せよう。それだけの才が自分にはあると軍司は自負しているし、旭のためにする努力であれば苦にも思わない。


「それがわかれば私だって苦労しないんすよっ!」


 けれど旭にはそれが答えられない。異世界転生への願望は彼女自身も理解できていない衝動なのだから…………けれど以前彼女がそう口にした時とは少し違う。あの時彼女はこの世界に原因があるとは言わなかった。しかし今はこの世界に幸せになれない原因があるように口にしていたことに自分で気づいているだろうか?


「もういいっす!」


 振り切るように旭は軍司へと背を向ける。


「やっぱり先輩も私のことをわかってなんてくれないんすよっ!」

「違う!」


 軍司はわかっている。わかっているからこそ、幸せにしたいのだ。例えそれが彼女の願望を否定することになったとしても…………本当の意味で彼女を幸せにするために。


「旭、俺はお前が好きだ…………それは本当なんだ」

「私は」


 このままではいけないと、それだけは信じて欲しいと改めて軍司は口にするが、それは旭にとって別の決意を固めるきっかけとなってしまった。


「私は先輩のことなんか大嫌いっす! 前と同じように一人で転生を目指すっす! もう先輩のことなんか顔も見たくないっすよっ!」


 叫んで旭はその場を走って駆けていく。小柄だが彼女の足は速い。転生だけではなく転移にも備えてトレーニングも欠かしていないのだと以前に聞いたことがあった…………それでも、軍司であれば簡単に追いつける。捕まえて無理やり話を続けることは容易だろう。


「…………」


 だけど彼はその背中を見送るしかなかった。嫌いと言われた言葉が思いのほか胸に刺さっている。彼女の性格を考えれば強がりであるのは明白だ…………けれどもしかしたらと思う。本当に彼に愛想をつかした可能性だってゼロではない。そう想像するだけでからの力が抜けていって、旭を追いかけて確認することが恐ろしく感じられる。


「…………なんなんだ?」


 その感情から逃れるように軍司は理性を働かせる。その理性は彼のおかれた状況のなにもかもがおかしいと告げていた。旭に出会ってからずっと、本来あるべき感情以上のものを彼は感じているような気がする。


 その理由を、もう一度旭に会う前に彼は確認する必要があった。

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