十六話 先輩と後輩のデート③
「全く、何のために神社に来たのかわからなくなったっすよ」
「だから悪かったよ」
歩きながらもまだぽかぽかと彼を殴る旭に、軍司は何度口にしたかわからない謝罪をする。流石に最初の頃の勢いこそないがまだまだ旭の手には力がこもっている。それくらい思わぬ形で異世界転生への道を一つ立った彼に腹が立っているのだろうけど、逆に言えば絶縁するでもなくそれで許してやるという気持ちの表れでもある。
「当面は神社巡りの予定だったのにそれも全部ご破算っす」
有用な異世界転生の方法もなくなり、とりあえず神社巡りで異世界転生の際に神様からのサポートを受けられる可能性を高めるというのが当面の旭の方針だった。しかし軍司が神様の存在を信じていないと明言したことでそのありがたみも失われてしまったのだ。
「代わりの方法を見つけるのは俺も手伝うから、とりあえず今日のところは水族館で我慢してくれ」
「…………先輩のおごりっすよ?」
「元よりそのつもりだ」
神様云々の話がなくとも水族館には行く予定だったのだから。
「美味しいご飯もっすよ?」
「そうだな、先に食べていくか」
水族館は近いといってもここからバスで行く距離だ。到着するころにはちょうど昼になっているだろうからそこで昼ご飯を食べてから向かうのがいいだろう。
「それも奢りっすからね」
「ああ」
これも軍司は躊躇うことなく頷く。そもそも最初から払わせるつもりがない。
「なら、仕方ないから許してあげるっす」
「それは助かる」
ようやく彼を殴る手が止まって、ほっと軍司は息を吐く。
「じゃあ、行くっすよ」
「ああ」
ただその代わりに旭は彼の腕を引いて歩き出す。
二人で過ごす、初めて異世界転生など関係のない用件に。
◇
「わー、すごいっすよ先輩! シャチっすよシャチ! でかいっす!」
「おお、確かにでかいな。しかも近い」
はしゃぐ旭の隣で軍司も目の前の光景にくぎ付けとなっていた。地上まで繋がった巨大な水槽の向こうを巨大なシャチたちが縦横無尽に泳ぎ回っていた。しかもこちらのことがわかっているのか見せつけるようにガラスすれすれまで寄って来ては泳ぎ去っていく。
「あんなのと水の中でやりあったら勝てる気しないっすね」
「そもそもやりあう機会なんてないだろうに」
「いやいや、異世界で船乗ったら海の魔物と戦うことにはなるっすから」
「物騒すぎるだろう、異世界」
そんなことでまともな流通が維持できているのだろうかと軍司は思う。
「それくらい普通っすよ。船旅をすればクラーケンに襲われ、森の中を馬車で行けば存在しないはずのランク外の魔物に襲われるってのが異世界の定番っすからね」
「嫌な定番だな」
「それが楽しいんじゃないっすか! 格好良く魔物倒しまくって賞賛されたりお姫様に恩を売るんすよ」
「どっから出てくるんだお姫様」
「異世界においてお姫様はその辺の危険な場所にいるもんすからね」
「護衛はどうした」
「護衛はいるけど負けるんすよ」
「役に立たない護衛だな」
答えつつ、シャチを見ながら何を話してるんだかと軍司は思わないでもない。
「護衛が役に立ったら助ける必要ないじゃないすか」
「それはそうだが」
「ピンチの誰かを助けるっていうのはやっぱり定番のイベントっすからね。それで権力者に音が売れればその後の展開にも期待が持てるっす!」
「…………イベントねえ」
旭の想像する異世界転生ではまるで物語の主人公のような人生が待っているらしい。それこそ彼女の心躍るようなイベントが立て続けに起こって、飽きることのない毎日が続いていくのだろう。
「こういうイベントだって、俺は悪くないと思うんだがな」
目の前を通り過ぎるシャチをただ見つめるだけ。触れることももちろん戦うことだってできはしない…………けれどそれを見て何か大きなものを感じることはできるし、その感じたこと隣にいる人間と共有することだってできる。
それで十分大きなイベントだと彼には思えるのだけど。
「何か言ったすか?」
「いや、なんでもない」
首を振って軍司は通り過ぎたシャチから目を離し、旭へと視線を向ける。
「そろそろ他のエリアを見に行かないか?」
「そっすね! 私甲殻類のコーナーとか見たいっす!」
「…………好きなのか?」
「あのモンスターみたいな外見良くないっすか?」
「そういう見方をしたことはなかったな」
軍司は甲殻類を見て美味しそうだと思うことはあったが、それを異形の怪物として見たことはない。だが言われて見れば蟹やエビなどは大きくするだけでモンスターと言われても納得できるような外見をしている。
「異世界に行って戸惑わないようにイメージトレーニングは大事っすからね」
「…………戦うことを想像するのか?」
「甲殻類は手ごわいっすよ!」
ぐっとこぶしを握って旭は語る。
「ふむ、まあ手ごわいだろうなあ」
甲殻類のコーナーへと歩きながら軍司は想像する。例えばフルプレートの鎧を着こんだ人間だって簡単に倒すことは難しい。それを剣で倒そうと思うなら動き回る相手の装甲の隙間を狙うか、もしくは剣を鈍器に見立てて装甲の上から全力でぶっ叩くしかないだろう。ましてやそれが甲殻類であれば、まずどこの装甲を砕けば致命傷に繋がるかすら想像がつかない。
「旭は何か倒し方を思いついたのか?」
「もちろんっす!」
喜んで頷きながら旭は自分の思いついた巨大な甲殻類の倒し方を軍司へと説明する。それを聞きながらなるほどと彼は思う…………こういう想像をするのはなかなかに楽しいものだと。
「しかし、あれだな」
「なんすか?」
「今の話だと旭はなんというか自力で倒す前提だが…………異世界転生したならチートとやらを持っているのだろう? それであればもっと簡単に倒せるんじゃないか?」
異世界での平均を超えた特別な力が転生して得ることのできるチート能力だと旭は軍司に説明している。それであれば甲殻類の化け物など工夫せずとも恐らく簡単に倒せることだろう。
「先輩、それはそれ、これはこれっす」
ちっちっちと旭は指を振る。
「これも以前に話したと思うっすけど、チートに頼らず現代知識を応用して戦うのも異世界転生のだいご味っすよ…………それに貰えるチート能力が戦闘向きじゃない可能性もありますしね。いろんな事態を想定しておくことも大事っす」
「なるほど」
本当に真剣に異世界転生をすることを想定しているのだなと軍司は感心する。もともとそういう努力を怠っていないのは知っているが、こうしてその一端を聞かされるとその努力の重みを実感させられるようだ。
「せっかくだから実物を見ながら先輩を指導してあげるっすよ」
「ほう、大きく出たな」
後輩気質の旭にしては珍しく上から軍司を見るようだった。
「しかし俺だって戦いとなれば一過言はある」
VRゲームとはいえそれなりに戦いは彼もこなしているのだから。
「なら勝負っすね」
「いいだろう」
二人は不敵に笑いあう。
そしてそれがどんな勝負かも決めないままに甲殻類のエリアへと踏み入った。
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