十五話 先輩と後輩のデート②

 広い参道を抜けて本殿へと向かう。行きかう人ごみの中を縫うようにして本殿に辿り着くころには強張こわばって軍司の手を握っていた旭の手も慣れて、自然に彼の手を握り返すようになっていた。


「「…………」」


 お賽銭箱の前にできた列に並んでいる間二人は特に何も話さなかった。ただじっと待ちながらその手の繋いだ感触だけを確認しているようにも見えた。


「ようやく俺たちの番だな」

「あ」

 

 言い訳するように口にして手を放す軍司に旭は声を漏らす。手を繋いでいてはお参りはできないのだから当然なのだけど、絶対に離してはいけないものを離してしまったような感覚を彼女は覚えていた。


「後ろもつかえてるから手早く済ませないとな」

「…………そうっすね」


 軍司の言葉は正しいのだけど、それでも離れた手は寂しく感じられる。そんな気持ちにさせた彼のほうは惜しく思わないのだろうかと旭は思うが、軍司はいつも通り余裕のある表情でもう彼女ではなく前の方を向いていた。


「先輩はいつもずるいっす」


 何がいつもなのか自分でもわからないままに旭は呟く。


「何か言ったか?」

「なんでもないっす!」


 憤るように強く返して彼女も前を向く。ポケットに入れておいた小銭を賽銭箱へと投入して二拝二拍手一拝。目を閉じて願い事を頭に思い浮かべる。彼女にとって願うことなど一つだけだったはずなのに、今は余計な考えが頭に浮かんで仕方なかった。


「何をお願いしたんだ?」

「…………私のお願いは最初に言った通りっすよ」


 二人は本殿に背を向けて参道を戻る。わかっているはずの質問を口にする軍司に旭は拗ねたような表情を浮かべて顔をそむける…………まるでそれ以外のことを考えてしまったことを見透かされているようだった。


「そういう先輩こそ何を願ったんすか?」


 その気持ちを隠すように旭は逆に尋ねる。


「俺か? 俺はまあ…………よくあるものだよ」

「あー、そういう隠し方はずるいっすよ」

「そう言われてもなあ…………無病息災とかその程度だ」

「それ答えてるうちに入らないっすよ」


 当たり障りのないもの過ぎると旭は頬を膨らます。


「…………俺は叶えたい願いほど神頼みしないタイプでな」


 仕方ないというように軍司はそう答える。


「自分で叶えたいってことっすか?」

「それもある」


 神頼みなどしていないほうが、それが叶った時に全て自分の手で実現させたのだという実感を得られるだろう。


「それもあるが…………一番は俺が神様を信じていないからだな」

「私の前でそれを言っちゃうっすか」

「だから言いたくなかったんだよ」


 軍司は肩を竦める。旭の言う異世界転生には神様が関わることが多いらしい。それはつまり神様が実在することが前提であり、それを否定するような発言ははばかられる。


「先輩はなんで信じてないんすか? いやまあ、本気で信じてる人のほうが少ないのは確かっすけど」


 熱心な信者でもない限り神様を心から信じているような人は少ないだろう。それでも多くの人はその存在を否定しはしない。仮に存在するなら損をするような存在でもないからだ。多くの人は信じてはおらずともいた方がありがたいとは思っている。


 しかし軍司の物言いはそうではない。神様がいないと思っているからこそ自分の手で願いは叶えるものだと口にしている。


「神様に親でも殺されたんすか?」

「それが事実なら神様は実在してるな」


 軍司は苦笑する。


「別に理由なんてないんだ…………ただ気が付いたらそう考えるようになっていた。神様なんて存在しない。だから願いは自分で実現させるしかないってな」


 本当に理由など思い浮かばない。軍司にとって気が付けばそれが当たり前の考えになって頂けだ…………神様が実在するならこんな事にはなっていないのだと。そんなことを訴える誰かが心の奥底にいるように。


「それに関しては旭だって同じだろう?」

「私は神様を信じてるっすよ? むしろいてくれなきゃ困るっす」

「そっちじゃなくて、異世界転生のほうだ」

「…………まあ、そうっすね」


 旭も異世界転生したいことに理由は無く、ただそういう衝動があるのだと軍司に説明している。


「人間誰しも自分で説明できないことがあるってことだな」

「…………うー、なんか先輩ずるいっす」

「なんでそうなる」

「とにかくずるいっす!」


 拗ねたように繰り返して旭は頬を膨らませる。


「だって理由がないってことは否定できないってことじゃないっすか」


 理由があればその内容から否定する意見だって出せる。しかし理由がないのでは否定するとっかかりすらないということだ…………そして理由のないものをただ否定することは同じものを抱えている旭にはできない。


「別に俺がそう思ってるだけで本当に神様がいないとは限らないんだぞ?」


 別に軍司がいないと思っているからといって、本当は存在している神様が消えるなんてことはない。軍司がいないと思っていようが実在するなら実在するのだろうし、それを信じようと思う旭を否定するつもりは彼にはない。


「でも、先輩はいないと思ってるんすよね?」

「俺は、な」


 俺は俺、旭は旭はなのだと彼は口にしたつもりだった。


「先輩がいないって言うなら、私だっていないと思えちゃうっすよ」


 だから困るのだと旭は不満顔だ。


「いやだから」

「先輩が頼りになりすぎるのが悪いんっすよ!」


 信じたいなら旭は信じればいいと言おうとする軍司の肩を旭が叩く。軽く殴りつけたようなその一撃は思いのほか力がこもっていて痛かった。


「頼りになりすぎるって…………」

「先輩の言葉は重いんす! それを自覚してくださいっす!」


 そのまま自棄になったように旭はぽかぽかと彼を殴り始める。殴り方は子供が駄々をこねているようで可愛いのだが、やはり痛い。かなり痛い。力が結構こもっている。


「ええと、本当に勘弁してくれ」

「しないっす! 神様に頼れなくなった私の苦しみを先輩も味わうっすよ!」


 そのまましばらくは、抵抗もできない軍司の悲鳴が続いた。

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