十四話 先輩と後輩のデート①

「ずいぶんと眠そうだな」

「べ、別に今日のことが楽しみで寝れなかったとかじゃないっすよ…………いや、楽しみではあったんすけど」


 晴天の続く日曜の朝。待ち合わせをして電車に乗り、目的の神社のある海沿いの駅で降りて二人はのんびりと潮風の吹く道を並んで歩いていた。いつも通り平静そのもので歩く軍司とは対照的に、旭は普段の元気さは控えめに目を平らにして時おりあくびを堪えていた。


「寝た時間はいつもと同じだったんすけど…………なんかものすごく夢見が悪かったみたいであんまり寝た気がしないんすよね」


 よほどその時の気分が悪かったのか、今話す旭のその眉もしかめられていた。軍司自身も時おりそんな目覚めの時があるので気持ちはよく分かった。


「どんな夢だったんだ?」

「それが覚えてないんすよね」


 尋ねる軍司に旭は首を振る。


「起きた時はそれはもう最悪の気分だったんすけど、どれだけ思い出そうとしてもその内容が全然思い出せないんす」

「まあ、夢なんてそんなものだろう」


 夢の中で体験したその出来事はまるで本物のように感じられる。そこで感じた感情そのものは本物であっても夢は夢。起きてみればその感情だけはそのままに、体験した記憶だけが霞のように薄れていく…………もちろん全て忘れることばかりではないが、覚えていても夢で見た時より現実味が無くなってしまうことがほとんどだ。


「なーんで今日みたいな日にこんな夢を見ちゃうっすかね」


 せっかくの日にケチが付いたというように旭は頬を膨らます。


「まあ、夢だからな。見るも見ないも自分で選べるもんじゃない」


 夢に関しては科学的に全てが解明されていない。記憶の整理や深層心理の表れという説が主流ではあるが、簡単に理屈では説明できない荒唐無稽さが夢にはある…………つまりは深く考えても無駄だということだ。


「そういえば、旭は異世界の夢なんかは見たりしないのか?」


 なんとなしに思いついて軍司は尋ねる。夢はそもそも狙って見れないし、どんな夢を見るか自分で選べるものでもないが、抱いている願望を夢として見るというのは有り得ない話ではない。望みが叶ったと喜んでいたら起きてそれが夢でがっかりするなんて話はありふれた話だろう。


「んー、そういえばないっすね」

「そうなのか」


 首を振る旭を軍司は意外に思う。


「そもそも私いい夢って見た記憶がないんすよね」

「そういう人もいるらしいな」


 そもそも夢を見ない人もいるし、夢というのは本当に謎が多い。考えてみれば軍司も夢見が悪いことが多く、いい夢を見た記憶というのが思い浮かばなかった。


「何かいい夢を見る方法ってあるんすかね」

「それこそ方法だけならいくらでもあるようだが」


 古今東西いい夢を見る方法というのは多くの人が提案している。しかしそのどれも科学的な証明がされているわけではなく、また個人差があるのか試しても効果がないなんて話はざらだった。


「これから神社に行くんだ。神様にお願いしてみるのもいいんじゃないか?」

「いや、それはしないっす」

「なんでだ?」

「夢で異世界行くより現実で異世界に転生するのが私の目的っすからね。どうせ叶うなら本命が叶ってもらわないと困るっす」

「なるほど」


 軍司は肩を竦める。まあ確かに神様が願いを本当に聞いてくれるという前提があるなら現実での願いを叶えてもらわない理由がない。もちろんそれが現実では絶対に叶わない願いであれば話は別だが、旭はそれが実現できると本気で信じているのだから。


「それならまあ、嫌な夢なんてさっさと忘れて神様にお願いに行くか…………せっかくこんないい天気なんだしな」

「そっすね!」


 気合を入れなおすように旭は頬をパンと叩く。


「急ぐっすよ!」

「ああ」


 手を振り上げる旭に軍司は鷹揚に頷く、そして二人は少し足を速めて歩き出した。


                ◇


 目的の神社に近づくにつれ道を歩く人通りも増えていた。休日ということもあり路上には参拝者目当ての出店などもあって付近はなかなかの賑わいだ。まだ混雑しているというほどではないが、昼に近づけばもっと人が増えてくるのは間違いない。


「人多いっすね」

「そうだな」


 それだけ神頼みをしたい人が多いのだろうかと軍司は不思議に思う。別にそれを否定する気は無いがこの人込みではぐれれば大変だ…………軍司は背丈があるので目立つ方だが旭はその逆で小柄で目立ちづらい。


「はぐれると大変だから手を握っていいか?」

「えっ!?」


 いきなりの提案に旭が戸惑いの表情を浮かべる。まるでそんな提案は想定していなかったと言わんばかりだ。


「まあ嫌ならかまわんが」


 目的地は定まっているしスマホもあるのだからはぐれたところで合流は容易だろう。軍司としてもちょうどいい口実だからと口にしたに過ぎない。


「べ、別に嫌じゃないっすけど」

「なら繋ぐか」

「あっ!?」


 さっと旭の手を取る軍司に彼女は声を挙げる。


「ちょ、ちょっと先輩強引っすよ!」

「嫌じゃないんだろう?」


 顔を赤くする旭に軍司はニヤッと笑みを浮かべる。


「…………からかってるっすか?」

「可愛いとは思ってる」

「!?」


 そんな彼の返答に不意を突かれたように旭はより顔を赤らめた。


「なんかこの間から先輩ちょっと変っすよ…………」

「そうかもしれないな」


 それを素直に軍司は認める。普段の自分らしくないことは彼も自覚している。今の軍司を悪友が見たらきっと腹を抱えて笑うことだろう。


「だからまあ、嫌なら離していい」


 軍司が旭の手を握る力はそれほど強くない。振り払おうと思えば旭の力でも簡単に振り払えるはずだった…………けれど旭は振り払わずに、ただすねたような表情を浮かべる。


「だから…………嫌じゃないっすよ」

「ならいい」


 そんな彼女に軍司は涼し気に笑みを浮かべ、歩き出す。


 とりあえずは彼女の目的である神社に…………その後の彼の目的へと向かって。

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