十三話 後輩から見る先輩

 水村旭は混乱していた。彼女にとって斑鳩軍司という先輩は特別な相手だった…………彼にトラック転生を邪魔されてまだ二週間も経ってないけれど、それでも特別だと断言できる。


 異世界転生したいという旭の願望はこれまで誰にも肯定されなかった…………もちろん正確に言えば肯定されたことはある。世にその手の小説が溢れているように憧れる人間はそれなりにいるのだから。


 けれど、それが本気となれば話は別だった。異世界転生する方法を見つけ自ら命を絶って異世界へと旅立つ。その思いが本気であると伝わるほどに誰もが旭のことを異常者として見るようになって…………彼女もそれを受け入れた。それは両親も例外ではなく旭はもう数年二人とは事務的なやり取りしかしていない。


 なぜ自分がこうなったのか、軍司にも話したが旭は自分でもわからない。ただ気が付けば異世界転生しなければという衝動が自分の中にあった。そのことを考えるだけで胸の内に希望が溢れて止まらなくなったのだ…………理由など必要ないと思えるほどに。


 孤独は気にならなかった。どうせ異世界に行けば別れる相手なのだから気になるはずもない。別に意図して遠ざけていたわけではないけれど、それを止める努力をする必要を感じられなかったのも確かだ。


 けれどそこに軍司が現れた。最初は覚悟を決めたトラック転生を邪魔されたことに腹が立ったけれど、親身に話を聞いてもらって意見を述べられると旭は自分の浅はかさを恥じ入った。異世界に転生してしまえばこちらの世界とは関係なくなる…………だからといってそれで他人の人生を狂わせていいと旭は思えない。きっとそれは転生できてもものすごく後味が悪い。それに転生特典にだって大きく影響すると思える。


 そしてそんな彼女に軍司は協力を申し入れてくれた。そんなことを言ってくれた人は旭にとって初めてで、とても嬉しく思えた。しかもその人はものすごく頼れる人で、彼女が手をこまねいていた難題たちをあっという間に解決していってしまった。


 それらに結果が伴わなかったのは残念だけど、先輩が協力してくれるならきっと自分の異世界転性はうまくいく…………そう、思えていた。


 そしてそんな先輩に今、旭はデートに誘われているのだ。


                ◇


「で、デートっすか?」

「そうだ」


 顔を赤くして尋ねる旭に軍司は間違っていないと頷く。彼女とは対照的に彼の表情は平静そのもので、それがどういう意味合いなのか旭の判断を難しくさせていた。


「い、いきなりっすね」

「そうか?」


 そうでもないだろうと軍司は首を捻る。


「そもそも最初に誘ってきたのはそっちだろうに」

「えっ!?」


 旭は驚く。


「そんなことないっすよ!?」


 少なくともこの時点まで旭は軍司にそんな意識を向けたことはなかった。


「例えばだ」


 旭を落ち着かせるように軍司は手のひらを上げて見せる。


「異世界転生のことは別として俺が旭に神社巡りへ行こうって誘ったらどう思う?」

「それは…………デートっすね」


 デートコースとして魅力的かは相手によるだろうが、男女が二人きりでどこかへ出かけようと誘うのならデートと言ってもいいだろう。


「もちろん旭にそんな気がなかったのはわかってるがな、便乗させてもらうにはちょうどいい誘いだったというわけだ」

「な、なるほど?」


 答えになっているような、なっていないような。しかし軍司の言葉は声に重みがあるせいか何となく納得させてしまうような力がある。


「まあ、旭の目的のついでみたいなもんだからそんなに深く考えるな」

「…………ついでっすか?」


 そう言われるとなんだか旭の胸の奥がもやる。


「ついでじゃ不満か? だが旭の主目的は神社のほうだろう?」

「それはそうっすけど…………」


 そういう問題ではないはずと旭は思考を巡らせる。このままではなし崩しに話が進んでしまいそうであるのだが、確認すべき重要な点があるはずなのだ…………あった。


「そ、そもそも先輩は私のことをどう思ってるんすか?」

「可愛い後輩だが?」

「!?」


 あっさりと返されて旭は顔を赤くする。しかしそれで引き下がりもしなかった。


「その可愛いっていうのはどういう意味っすか?」

「どういう、とは?」

「っ…………!?」


 とぼけるように尋ね返す軍司に旭は眉をきゅっとしかめる。


「わ、私のことを好きでデートに誘ったのかと尋ねてるっすよ!」


 そのまま勢いをつけてストレートに彼女は尋ねた。


「どうなんだろうな」


 けれどそれにどこか途方に暮れるような表情を軍司は浮かべる。毒気を抜かれるというか、そんな彼の顔を見て旭も言葉が続かない。


「な、なんなんすか…………それ」


 それでも何とかそんな言葉を口から絞り出す。


「逆に聞きたいんだが」


 そんな彼女に軍司は尋ねる。


「旭はそれがどういう意味であって欲しい?」


 デートに誘ったその意味を、どんなものであって欲しいか旭に尋ねる。


「そ、それは…………」


 自分が先に聞いたのだから答えないなんてことはできない…………ほんの少し前まで旭にとって軍司は何でも頼れる先輩だった。けれど今そこにそれ以上の感情があるのかを尋ねられている。


 考えてみれば自分は恋愛とは程遠い人生を送っていたと旭は思う。異世界転生を志す前はまだ興味が芽生えるような歳でもなかったし、志してからはそもそも他人が寄ってこなかった…………仮に彼女の容姿だけで告白してくる相手がいても即座に断っただろう。異世界転生の望み以上に優先する相手などいないのだから。


 けれどもし、と旭は考えてしまう。もしも彼から自分が告白されたらどうするだろうかと。

 異世界転生以上の望みがないはずの自分は…………それにどう答えるだろうかと。


「わ、私は…………」

「旭?」

「し、知らないっす!」


 答えを出すことを恐れるように旭は叫ぶといきなり走り出す。全速力でかけていくその背中を軍司は追いかけることなく見送る。


「まいったな」


 その背中に小さく呟く。


「本当にあの二人の言う通りになってしまいそうだ」

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