十一話 異世界帰りの女④
「仮にあんたの話が本当だとして…………目的はなんだ?」
旭には嘘の内容を語ったと認め、しかし異世界に行ったのは本当だと海は言う。けれどそれならば素直に異世界での体験を話せばよかっただけだ。わざわざ偽りの体験談を話す理由がわからない。
「そりゃあ、あの子がそういう話を望んでいたからだよ」
「耳障りのいい話より、本当の話を聞かせるべきだと俺は思うが」
「それは君の望みだろう?」
見透かすように自分を見る海に軍司が顔をしかめる。もしも彼女の言っていることが本当ならば、あえて嘘を語ったのは真実が旭の喜ばないような話だからだろう。
軍司からすればその内容は旭に異世界に失望させるための材料となるかもしれない…………だからこそ海はその内容を語らなかったと言っている。それはつまり軍司が本当は旭に異世界転生を諦めて欲しくて協力していることを見抜いているということだ。
「そもそも私がそんな否定的な話をしたからといって諦めるような彼女じゃないだろう? それならば耳障りのいい話で仲良くなっておいた方が今後のためにもいい」
「…………」
軍司はそれを否定できなかった。否定してしまえば自分のやっていることも否定することになってしまう。
「何が目的なんだ?」
もう一度軍司は繰り返す。そんなことをする意図を彼女はまだ語っていない。
「それはもちろん、君たちに…………正確には君に協力してあげるためさ」
「俺に?」
「そうだよ」
それ以外にあるとでも、と海は首を傾げて見せる。
「その証拠に彼女にとって耳障りのいい話だけじゃなくてそうじゃないものも少しまじえておいただろう?」
それは異世界から戻ってきた理由についてのところだろう。そのくだりだけあからさまにらさまに旭の反応が悪かったのは軍司も気づいていた。
「そもそも最初はそんな話など知らないって惚けるつもりだったんだけどね…………君が彼女を助けるために必死そうにしているから助けてあげたくなったのさ」
「…………そんな様子を見せてはなかったはずだが」
「隠していてもわかるよ。人生経験が違うからね」
「…………」
一年しか変わらないはずなんだがと軍司は思うが、それすらも見透かすような視線を海は彼へと向けていた。
「そんなに思われるとは彼女も果報者だ」
「別にそんなんじゃない、全部成り行きだ」
結局のところ軍司は旭を放っておけないだけだ。出会ったのは偶然だし、異世界転生という前向きな自殺につっぱしる彼女を彼の性分が見捨てられない。
「そうかい? 私にはそれだけじゃないように見えるけどね」
否定する彼をじっと彼女は見つめる。
「俺が旭に惚れてるとでも言いたいのか?」
それにまどろっこしい誤魔化しをせず、軍司は直球で返した。
「私にはそう見えるという話だね」
「…………馬鹿馬鹿しい」
軍司は首を振る。
「俺と旭は出会ったばかりだし、そんな感情なんて抱いちゃいない」
「恋愛に年月なんて関係ないよ…………君たちの場合関係あっても関係ないだろうしね」
「意味が分からない」
「いまはそれでいいさ」
軍司は顔をしかめる。しかし海は自分だけで納得してそれを説明する気は無いようだった。
「それに君が違っても彼女のほうはどうだろうね? それこそ君の言う通り浅い付き合いなのだとしたらいささか君を慕いすぎているような気もするけどね」
「…………それは、俺が弱みに付け込んだからだろう」
旭の異世界転生への願いに共感する人間はこれまでいなかったのだろう。彼女は気にしていないと言っていたが、それでも共感されないことを寂しくは思っていたはずだ…………だからこそ彼女の願望を否定しなかった軍司を強く慕った。
「本当にそれだけだと思うのかい?」
「それ以外にないだろう」
他に強いてあげるなら旭が後輩気質で上目の人間に弱いところくらいだ。
「やれやれ、これは手が掛かりそうだ」
呆れるように海が肩を竦める。
「彼女を止めたいなら君が告白でもしてしまうのが一番手っ取り早いと思ったんだけどね」
「あんたもそれを言うか」
「おや、ほかの誰かにも言われたのかい?」
「…………悪友にな」
最近顔を見かけていないが。
「ふふふ、それはずいぶんと見識のあるご友人のようだね」
「まあ、あんたと気の合いそうなやつではあるよ」
思い出してみれば軍司の悪友も海と似たような笑みを浮かべていた。基本的に悪意ある行動はとらないし協力的ではあるのだが、そこに必ず自分が楽しめる要素を挟んでくる。
「話したら楽しそうだ…………名前を聞いても?」
「名前?」
「もしかしたら知ってる相手かもしれないしね」
その返答にありえそうだなと軍司も思う。もしかしたら従妹とかそんな関係なのかもしれない…………と、そこで彼は気づいてしまう。
「どうかしたのかい?」
「…………いや」
曖昧に答えながらも内心で軍司は焦る。悪友だ。毎日顔を合わせていた…………そんな相手の名前が浮かんでこないなんてことがあるのだろうか。
「やめとくよ」
それをごまかすように軍司はそう告げる。
「あんたとあいつが並んでるところを想像すると気が滅入りそうだ」
「それは残念」
そんな軍司の心情に気づいているのかいないのか、海はさほど残念でもなさそうに肩を竦める。
「ではこれだけ渡しておこう」
「なんだ?」
差し出された紙きれを軍司は手に取る。
「私の連絡先だよ。君には教えてなかっただろう?」
「ああ」
昼休みに旭と海は連絡先の交換を済ませていたが、軍司とは行っていない。
「何か思い出すようなことがあったら連絡したまえ。相談に乗るよ」
「…………!?」
今しがたのことを見透かされたような言葉に軍司は息を呑む。
「では私も帰るよ」
「あ、ああ…………」
「君たちのことがうまくいくように祈っているよ」
そう言って彼に背を向ける海を、軍司は何も言えずに見送るしかなかった。
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