十話 異世界帰りの女③

「そ、それじゃあさっそくいいっすか!」

「構わないとも」


 ついにこの時がとテンションを上げる旭に海はあくまで穏やかに答える。軍司はとりあえず質問を旭に任せて二人の会話を見守ることにした…………もとより彼には興味がない話題だ。ただ海が旭に妙な企みをしないかだけを気にしていた。


「それじゃあまず、どうやって異世界に行ったんすか!」

「まず前提として、私は自発的に異世界に行ったわけじゃないよ…………それは私にとっても突然のことだったのさ」

「つまり異世界に突然召喚されたんすね!」

「…………そういうことになるかな」


 それであっているよと海は旭に頷いて見せる。


「目的は何だったんすか?」

「そうだね、魔王が現れたから勇者を召喚したのだって言っていたかな」

「王道っすね!」


 海の答えに旭は興奮したように両手を握る。


「その通り。剣と魔法のファンタジーといった世界だったからまさに王道だったよ」

「憧れるっすよ!」

「そうだね、異世界はとても夢溢れる世界だ」


 そう口にする海のその表情は微笑んでいながら目が笑っていないように軍司には見えた…………それに旭は気づいていないようだったが。


「それで海先輩は異世界で魔王を倒しに行ったんすよね!」

「いや、残念ながら私は勇者ではなかったんだよ」

「もしかして巻き込まれ召喚っすか!?」

「そうそう、そういうやつだったみたいでね…………私はいらないと言われたんだ」

「そこから追放された先で秘められた力に目覚めてってパターンっすね」

「いやいや、そこまではうまくいかなかったよ」


 向けられる旭からの期待に海は苦笑する。


「そもそも私は一週間ほどで帰って来ただろう? そんな大冒険してる時間はなかったと思わないかい?」

「あ、そうすっね」

「だから君の望んでいる話ではちょっとないかもしれないね」

「や、そんなこと全然ないっす! 異世界のことをちょっとでも知れるだけで十分っすから」

「ふふふ、それならいいけど」


 慌てて手を振る旭を微笑ましく海は見つめた。


「まあ、簡単に経緯を話すと私は勇者でないなら必要ないと処刑されそうになったんだよ。けれど召喚に携わった魔法使いの一人が善良な人でね。元々異世界からの同意のない勇者召喚…………言い換えれば人攫いには乗り気じゃなかったらしい。だから一方的に召喚しておいて目的の相手じゃなかったから殺すなんて王の判断に異を唱えた」

「おお」

「で、そこからは私を守っての大立ち回りさ。元々王様は横暴な人で今回の勇者召喚も魔王の侵略に立ち向かうためではなく逆に魔王領を奪うためのもので反対する人間も多かった…………そんな人たちが私たちに協力してくれてそこから国を二分するクーデターが始まったのさ」


 つらつらと異世界での出来事を語る海に旭はおとぎ話を聞く子供のように目を輝かせて聞いている…………傍から聞いている軍司からすれば思うところのありすぎる話なのだが、憧れの世界の話というだけで旭は疑う気持ちも全く無いようだった。


「海先輩になにか活躍は無かったんすか?」

「勇者でなかった私には特別な力とかは授からなかったんだよ…………ただ、魔法はあっても文明自体は私たちの世界のほうが進んでいたから知識で協力できる点はあった。その世界の魔法は起こそうとしている事象について知識が深いほど強力な現象を起こせるようでね、学校で習った物理なんかの知識が役に立ったよ」

「おお、現代知識無双っすね!」

「ふふふ、そういうことになるかな」


 盛り上がる旭に海は曖昧に頷く。


「そんな感じで私の知識をもとに強力な魔法を使えるようになった魔法使いが近衛兵を蹴散らして最終的には私たちが勝利した。その後は王様を隠居させ、話の分かる第二王子に代替わりさせたんだ…………そして魔法使いに感謝されながら元の世界へ帰還させてもらったというわけさ」

「海先輩はこの世界に戻りたかったんすか?」

「そりゃあね。世話になった魔法使いには残ることも提案されたけど、愛着を抱くほどあの世界にいたわけじゃないし…………こちらには友人も家族もいるからね」

「…………そっすか」


 それを聞いた旭の表情からは何の感情も読み取れなかった。落胆しているようなそうでもないような。自分と彼女が違うのだと言い聞かせているようでもあった。


「あとはまあ、君たちも知っての通りだよ。こちらの世界に戻って来た私は失踪帰還の説明を求められて親や警察には家出だとごまかした…………けれど召喚時の消失を見られていたこともあって親しい友人なんかには異世界のことを話したのさ。それが噂になって広がってしまったんだろうね」

「大変だったっすね」

「まあ、今となればよい経験だよ」


 そう答えるその目はまた笑っていないように軍司には見えた。


「さて、まだ聞きたいことはあるかい?」

「あるっす!」

「ふふふ、熱心だね」


 微笑むその表情がやや引きつったように見えたのは恐らく気のせいではあるまい。


 その後も聞いている軍司が辟易するほどに、旭は細かく異世界について海へ尋ね続けた。


                ◇


「今日はありがとうございました!」

「いやいや、こちらも話していて楽しかったよ」


 勢いよく頭を下げる旭に海は鷹揚に答える。あれから辺りが暗くなるまで旭は海を質問攻めにして、見かねた軍司がそろそろ終わりにしようと口を挟んでようやくそれは終わった。


「それじゃあ私はもう帰るっす! またお話聞かせてください!」

「ああ、いつでも構わないよ」


 少し苦笑したように海は頷く。さっきまで散々話したのにまだ聞くことがあるのかという表情だった。


「先輩もさよならっす!」

「きをつけてな」


 元気よく手を振って去っていく旭に軍司は軽く手を振って返す。その横で海もひらひらと花序のへ向けて手を振っていた…………それを横目で見ながら軍司は旭の姿が見えなくなるのを待った。


「それで、私に何か用があるのかい?」

「…………ご配慮どうも」


 しばらくして海が声をかけてくる。すぐに帰らなかったのは軍司が彼女に用件があるからだと察していたからであることにまず礼を述べる。


「それで、君も私に聞きたいことがあるのかな?」

「そりゃあるに決まっているだろう」


 軍司としては納得がたいことばかりだ。


「なんで旭にあんな嘘っぱちの話を?」

「おやおや、嘘とは心外だね…………せっかく彼女の望んだ話をしてあげたのに」


 海は肩を竦める。


「でも嘘だろう?」

「まあ、その通りだね」


 もう一度尋ねると海はあっさりと認める。


「でもね、私が異世界に行ったことがあるのは本当なんだ…………とても残念なことにね」


 けれどそれだけは嘘ではないのだと、冷めきった表情で海は軍司へと視線を送った。

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