九話 異世界帰りの女②

「ここのケーキはとっても美味しいんすよ!」

「それは楽しみだね」


 放課後、海と待ち合わせて向かったのは以前に軍司が旭を連れて行った喫茶店だった。まるで自分が常連だったように海を案内する旭に軍司は肩を竦めつつ後に続く。


 いらっしゃいませ、という店員の老婆の声を聞きつつ、前と同じ奥の席へと座った。


「なににするっすか?」

「初めての店だしね、任せるよ」

「じゃあ、本日のおすすめっすね!」


 海の隣に腰掛けた旭はずっとはしゃいだ様子だ。彼女からすれば海は異世界に関する先駆者で憧れの人のようなものなのだろう…………その一挙一動が気になって仕方ないという様子だ。


「先輩も同じでいいっすか?」

「ああ」


 本日のおすすめはレアチーズタルト。軍司にも異存はなかった。


「すみませーん!」


 元気よく手を振って旭が店員の老婆を呼ぶ。微笑ましくその様子を軍司が見守るとその隣の海と目が合った。そんな彼こそが微笑ましいとでも言わんばかりの笑みを彼女は浮かべていて…………見られてはいけないものを見られてしまったと軍司は顔をしかめる。


「仲がいいようだね」

「それほど長い付き合いでもないんですがね」

「おや、そうなのかい?」


 意外そうに海は二人を見る。


「てっきり数十年は連れ添ったような関係かと」

「…………どういう冗談ですかそれは」


 長い付き合いではないのだと軍司は口にしたばかりだ。


「ふふふ、それくらい仲睦なかむつまじく見えるってことだよ」

「そ、そうっすかね?」

「ああ」


 そんな二人のやり取りに顔を赤らめて口を挟む旭に海は楽し気に頷く。こうなると軍司も下手に否定はできなくなった。否定すれば旭と仲がいいとみられるのを嫌がっているように受け取られてしまうからだ。


「ああそれと」


 そんな様子の軍司へと旭が視線を戻す。


「…………なんですか?」

「そういう敬語はなしでいい。確かに私のほうが学年は上ではあるけど…………堅苦しいのは苦手でね」


 そう言って旭は軍司に肩を竦めつつも、その隣の旭を見やる。


「もちろん無理にとは言わないけどね」

「はいっす!」


 旭は後輩気質というか砕けていても年上には敬語が楽らしい。それをわかっているというような海の態度に旭は感激した様子だった。


「それなら、俺は普通に話させてもらう」

「ああ」


 鷹揚に海は頷く。そんな彼女の態度を軍司は得体が知れないと感じる。彼女とは今日初めて会ったはずなのに、まるで軍司も旭のことも全て見透かしているように思えてしまう。


「あんたは…………」

「店員さんが来たようだよ」


 そのことを口にしようとしたところで海が軍司に目配せをする。店員の老婆がゆっくりと席に向かってきていて旭がそれに手を振って出迎えた。


「ま、話はティータイムの後にしようじゃないか」


 話の主導権を握られたままで、軍司は何も言えなかった。


                ◇


「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか」


 注文したケーキとお茶が運ばれてきて、それをしばし堪能したところで海が提案する。普段であればケーキと紅茶の愛称に舌鼓したづつみを打つ軍司ではあるが、海と旭が二人でその味を褒め称える中でもあまり良く味を感じられなかった。


「私に聞きたいことがあるんだよね?」

「はいっす!」


 もったいぶったように尋ねる海に力強く旭が頷く。


「それはなにかな?」


 焦らすように、あくまで自分からは口にしないつもりのようだった。


「ええと、それはその…………」


 すると旭は急に不安を覚えたように言いよどむ。未だに海は異世界云々に関しては自分から口にしていない。話を聞くのを楽しみにしていたからこそ、もしかして違ったらという不安を急に覚えてしまったのかもしれない…………それを予想してやっていたのなら底意地が悪いとしか言いようがない。


「あんたが失踪中に異世界に行っていたという噂が本当なのか聞きたいんだ」


 見かねて軍司が直球で尋ねる。


「噂にしてはずいぶんと突拍子もない話だねえ」

「俺もそう思う」

「でも君たちはそれを信じてると」

「そうだ」


 正直に言えば軍司はそうでもないのだが、ここは頷くしかない。


「普通に考えれば私は少し家出をしていただけに思えるけど?」

「ただの家出なら白昼堂々人前で消失したりはしないだろう」


 なんで自分が肯定する側に回ってるんだと思わないでもないが、軍司は指摘する。


「そんなことが現実に起こるとでも?」

「あんたのクラスメイトが集団幻覚でも見たのでもなかったなら、実際に起こったんだろうさ」


 客観的な証拠などない。考えてみれば自分も旭の見たという噂話の情報しか知らないなと今更ながらに軍司は思う。せめて周囲の人間にそんな騒動があったのかどうかの事実確認をしておくべきだった。


「えっと、海先輩?」

「ふふ、そう心配そうな顔をしなくてもいいよ」


 ぴりぴりとした雰囲気を覚えたのか旭が不安そうに海を見る。それに彼女は安心させるように表情を和らげた。


「少し冗談…………というか、君たちの本気さを確認しただけさ。さっきも言ったように突拍子もない話だからね、興味本位だけで真剣みのない相手に話して馬鹿にされるのも面白くない」

「あ、そうだったんすか」

「まあ君のことは噂に聞いていたし、その真剣さもちゃんと伝わっていたけどね」


 もう一人は違うとばかりに海は軍司を見る…………彼も否定はしなかった。胡散臭いとか得体が知れないとかそういう疑いの目で彼女を見ていたのは確かだ。


「だがまあ、どうやらちゃんと君たちは本気のようだ…………ここまではぐらかしていても修正などはされないようだしね」

「ん、それはどういう…………」

「では始めよう」


 海の言葉が引っ掛かる軍司を無視して海は旭のほうを向く。


「異世界について、君が知りたいことがあれば何でも答えようじゃないか」

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