七話 帰還少女の噂

「異世界に行って…………戻って来れるものなのか?」


 それは単純な疑問だった。異世界なんてものはそれこそ次元が違う場所なのだからそう簡単に行って帰ったりなどできないだろう…………そもそも異世界転生して別人になっているんあら戻ってくる理由も意味もないように思える。


「異世界転移の場合は元の世界に戻るケースはそこそこあるっすよ」

「…………ああそっちか」


 転生ではなく転移。軍司が旭と会ってから異世界転生にして調べた際にも何度かその単語を目にしていた。方法などは様々だが異世界へと生まれ変わるのではなく直接移動する…………何らかのチートを得るのは共通している要素のようであったが。


 異世界転移であれば軍司も戻る動機付けを理解できる。元の世界には家族や友人がいるのだから大抵の人間は戻りたいと考えるはずだからだ。


「で、三年に異世界に行って戻って来た人がいると?」

「そうらしいんすよ」


 軍司が確認すると旭が頷く。相変わらず彼女は自分が掴んできた情報を信じて疑っていないようだ…………普通に考えればまず疑うしかない内容なのだが。


「それは具体的にどんな話なんだ?」


 そもそもそんな情報をどこで拾って来たのか。


「ことの発端は一週間前、ちょうど私たちがあの本の解読を始めた次の日っすね。午後の授業中に突然三年生の女生徒が一人教室内で消失したらしいっす」

「消失?」

「はい、何でも突然彼女が光ったと思ったら消えてたらしいんすよ」

「…………」


 なんだそれはという感想以上のものが軍司には浮かばなかった。それが事実であれば白昼堂々衆人環視の中でその生徒は忽然と消えたことになる…………それはつまりありえないことが起こったということだ。


 消える直前に光ったというから目を晦ませた隙に移動した可能性もなくてはないが、クラス全員の目から一瞬で消えるのはかなり無理がある。長時間目を晦ませる閃光手榴弾のような強力な光であれば話は別かもしれないが、話を聞くにそれほど強力な光というわけでもなかったようだ。


「しかしそんなことが起こったら騒ぎになりそうなものだが」

「そうなんすけどね、現実的に考えたらありえないことじゃないっすか」

「…………そうだな」


 ちゃんとそういう理解ができるのかと思いながら軍司は答える。


「起こったことをそのまま警察に話しても信じてもらえないだろうし、経緯は内密にしてその女生徒が失踪したってことだけを伝えることになったらしいんす」

「なるほどな」


 納得したように頷きつつも、そんなうまくいくものだろうかと軍司は疑問に思う。それを目撃したのがクラス内の人間だけだったにしてもその直後は蜂の巣つついたようなついたような騒ぎになるだろうし、それは他のクラスにも伝わる。いくら口止めしたところで詮索されれば喋る人間はいるだろうし、当日中に学校中の噂になっていたっておかしくないように思える。


「で、その女生徒が昨日戻って来たらしいんすよ」

「何事もなく?」

「はい、普通に家に帰って来たらしいっす」


 それだけ聞けば数日家出していた女生徒が戻っただけのようにも思える話だった。


「ちなみに旭はそれをどこで知ったんだ?」


 言っては悪いが彼女に友人はいないはずなのだ。


「うちの学校の人間が集まって書き込んでるSNSがあるんす。みんな裏垢で書き込んでる場所なんで結構生々しい情報が集まってるんすよね」

「…………そういうものがあるのか」


 軍司はあまりSNSを触っていないが、旭は積極的に情報収集用に活用しているらしい。


「それでその女生徒が失踪中は異世界にいたと」

「そう書いてあったんすよ」

「ふむ」


 しかし突拍子のない話だと軍司は思う。白昼堂々消えたのが事実だとしてもそれが異世界に結び付く理由がないように思える。戻って来た女生徒が自ら異世界に行っていたのだと周りに語ったのだろうか?


「それで、旭はどうするつもりなんだ?」


 疑問はあるがそれよりもまずその確認が必要だった。


「会いに行こうと思ってるっす」

「まあ、そうだろうな」


 この流れで他の理由など思い当たらない。


「しかし旭の望んでいるのは異世界転移ではなく転生なんだろう?」

「それはそれっすよ」


 いささか目的のずれがあるのではと尋ねる軍司に旭は指を振る。


「どうやって転移したのかを聞けば転生の参考になるかもしれないっすし、最悪転生ができないなら転移も次点としてありっすから」

「…………転移より転生の優先順位上なのは?」

「転生だと召喚されたりなんかで周囲から目的を押し付けられたり、何の身分もないまま放り出されたりなんてしちゃうんで…………その点転生なら貴族の生まれだったりと環境的な優遇も見込めるっすから」

「そういうものか」


 自分で考えるなら自己を保てる転移のほうがマシだと軍司は思うのだが。


「それで、先輩にお願いがあるんすけど…………」

「わかってる、俺でよければ付き添おう」

「流石先輩っす!」


 おずおずと口にする旭に頷いて見せると彼女はぱあっと笑みを浮かべる。物怖ものおじしない雰囲気の彼女ではあるが、三年の教室に一人で赴くのには抵抗があったのかもしれない。


「俺も詳しい知り合いに話を聞いておくから昼食後に合流しよう」

「わかったっす!」


 それだとあまり時間の猶予はないが、どうせ件の女生徒から話を聞くにもそれなりの時間は必要だろう。昼休みに話をしてもらう確約が取れればいい。


「それじゃあな」

「またっす!」


 気が付けば校門を抜けて玄関口までやってきており、そこで二人は別れた。


                ◇


「いないな」


 軍司は昼休みに学食へいつものように趣き、腐れ縁の悪友の姿を探すが見当たらない。彼とはクラスが違うので会うのは大抵学食だ。軍司も彼も弁当を持たず毎日学食に行くのでそこで会って話をするのが常だ。


「…………そういえばここしばらく見なかったような」


 ふと思い出す。軍司に迷惑が掛かるかもしれないからと、旭は学校内で彼に接触するのは控えている。だからあの本の解読中も変わらず軍司は学食で昼食をとっていたのだが、その間も会った記憶がない。


「病気か何かか?」


 確認しようとスマホを取り出すが手が止まる。連絡先のリストの中に彼の悪友の名前は見当たらなかった。そう言えばスマホで彼と連絡を取ったことはなかったかもしれない。彼の教室に行けば誰か事情を知っているかもしれないが、そういえばどこのクラスかを聞いた記憶もなかった。


「まあ、いないものは仕方ないか」


 軍司はそう呟くとスマホをしまう。


 そしてこの数日と同じように、何事もなく昼食をとった。

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