六話 めげない後輩

 あれから一週間ほどの間軍司と旭は本の解読作業に時間を費やした。学校が終わったら合流して図書館に向かい、暗くなったそれぞれ分担して持ち帰った分を家で翻訳する。早期に解読法がわかったのと二人とも根がまじめなのか勤勉に取り組んだので分厚かった本の解読はかなりのスピードで進んでいた。


「よし、これでいいはずだ」


 そして最後のページの解読が終わりその内容を軍司はノートに記す。薬の材料らしきものからその調合の仕方。さらにはその効能などが解読の結果としてノートには記されている。


「おお、ついにっすね!」

「まあ、まだ終わりってわけじゃないが…………」


 材料らしき単語はそれが何なのわからないものも多い。次の作業はそれらを確認するための調べ物がメインとなるだろう…………しかし思った以上に早く終わってしまったなと軍司は思う。土日を挟んだこともあって解読作業ではそれほど時間が稼げなかった…………まあ、その間にそれなりに旭と話して知れたことは結構あるが。


「とりあえず、この本の内容が異世界転生の秘薬の製法ってのは確かなようだ」

「やったっすね!」


 軍司としては頭の痛い話ではあるが、読み解いた内容をまとめるとそう書いてあるのだから仕方ない…………もちろん書いてあるだけでそれが正しいなんて保証はないのだが。目の前で目を輝かせる少女は気にもしないだろう。


「喜ぶのは材料を確認してからだな…………これに関してはスマホで調べた方が早いか」


 なにせその単語だけではなんであるか想像もできないものばかりだ。恐らく何かの薬品らしい単語も混ざっているが、それにしたって薬物書を調べるより検索エンジンにかけた方が手っ取り早い。図書館内での通話は禁じられているが、それ以外でスマホを使う分には問題は無いのだし。


「早速調べてみるっすね!」


 普段から知識を蓄えるのに活用しているというだけあって旭はサクサクとその単語がなんであるかを調べていく。スマホさばきというか正しい情報に辿り着く手際の良さというかは軍司も敵いそうにない。


「終わったす!」


 それから三十分も経たないうちに旭は全ての材料を特定してしまった。見たところ軍司としては残念なことにこの世に実在しないようなものは含まれていないようだった…………その代わりその内のほとんどが猛毒といえるような成分を含んだものばかりだが。


「後がこの材料を集めれば作れるっすね!」

「…………だがこれはひとつでも死ぬようなものばかりだぞ?」

「異世界に転生するための秘薬なんだから当たり前じゃないっすか?」


 普通の人間なら躊躇うところでも、転生の過程としての死を受け入れている旭には何の障害にもなっていない。しかしもちろん軍司だってそれはもう理解しているから、どう話を持っていくかはもう組み立ててある。


「問題は、そういう薬品は取り扱いが厳重に管理されているということだ」

「あ」


 指摘されて気づいたというように旭は口を空ける。


「取り扱いには資格が必要なものばかりだし、資格があるからといって理由なく手に入るようなものじゃないだろうな」

「うう」


 喜びから一気に地獄に叩き落されたように旭はうめく。


「とりあえず資格を取ってその取扱いが可能な職種に就くという手はあるが」

「…………気が長すぎるっすよ」


 その道を選んでくれれば相当な時間が稼げそうではあったのだが、流石に彼女もそこまで悠長ではないようだった。


「はあああああ、せっかく調べたのに…………先輩にも申しわけないっすよ」

「いや、残念な結果ではあったが俺は結構楽しかったぞ?」


 それに関しては嘘ではない。普段触れていない言語を翻訳するのは軍司としてもいい勉強にもなった。


「それとも旭は楽しくなかったか?」

「や、先輩と調べものするのは楽しかったっすけど…………」

「それならいいじゃないか」

「…………そっすね」


 諭すように軍司が見つめると、旭は力が抜けたように笑みを浮かべる。


「よく考えてみればこれも完全に無駄ってわけでもないっすし」


 翻訳の記されたノートを大切そうに彼女は撫でる。


「とりあえずは保留っすけど、将来的には使うかもしれないすもんね」

「…………将来」

「他の方法が見つからなかったらこの方法を試すしかないっすから…………その為にも危険薬物の取り扱いの資格を取るための勉強もしなきゃっすね」

「…………」


 めげずにひた向きと言えば聞こえはいいが


 どこまでも前向きに死を望む少女に、軍司はしばし呆れるしかなかった。


                ◇


 そこは見たこともないような異様な世界だった。極彩色の植物が溢れ、これまで見たこともないようなグロテスクな外見をした動物らしきものが歯を剥いて襲い掛かってくる。物語に出てくるような怪物ともまるで違う…………その成り立ちそのものが自分の知る系譜から生まれたものではないのだと想像させる。まるで子供がバラバラにしたいくつもの動物のパーツを、異なったパーツだけを選んで組み上げたようだった。


 そんな化け物が限界などないように顎を大きく開いて喰いついてくるが、軍司は意にも介さなかった。その程度の力と牙で彼の装甲を破ることなど不可能だし、必要な演算処理はその牙が到達するより前に終わっている。


 コード実行。焦熱処理、開始。


 機械的な声が脳内に流れ、視界の全てが真っ赤に染まった。


                ◇


「ふああ」


 いつもの通学路を歩いて登校し、校門が見えるあたりまで着いたところつい出てしまったあくびを軍司は噛み殺す。人に文句を言えるのは自分を律している人間のみと意識している彼からするとそれは明確な油断だった。


「先輩おはようっす! 今日は眠そうっすね!」


 しかもそのタイミングで旭が声をかけてくる…………見られたくないものを見られたくない相手に見られてしまったが、今更取り繕いようもない。


「少し夜更かししたせいか夢見が悪くてな」


 寝る前までやっていたゲームのせいか、ここ最近の旭との関りのせいか妙な夢を見たという覚えがある。その内容はあまり覚えていないのだが、どうにも眠気が消えず気分もあまりよくなかった。


「大丈夫っすか?」

「これくらいなら問題ない」


 心配するように旭が見てくるが、眠気以外に体調そのものは問題ない感覚が軍司にはある。


「旭は元気そうだな」

「はいっす!」


 力強く彼女は返事をする。その様子にまさかと軍司は嫌な予感が浮かぶ。異世界転生の秘薬が作れないとわかった旭だったが、代わりの当ては今のところないと話していたのだ。だから機能はそのまま解散したのだが…………この表情は。


「実は、三年生に異世界に行って戻って来た人がいるらしいんすよ!」


 そしてその予感は的中し、次なる希望への手がかりを彼女は口にした。

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