第1話

朝だ。カーテンを締め切っていても、まぶたを閉じていても、刺してくる太陽の光で分かる。


だが寝る。


俺ことリュウジは、勇者として異世界に勝手に転生させられていた。女神に、「魔物を塵にする」程の最強の能力を頼むも、一度も発動せず、パーティー仲間からは無下に扱われていた。


四天王を倒してから数日経ち、走れるようになったからとまたもや遠距離走地獄。筋肉痛で悲鳴をあげている体の節々を休めるために、少しでも長く寝る。


王都には昨日ようやく到着し、数日ぶりに上質なベッドで眠ることができている。面倒な話とやり取りはリリーとスズに任せて、俺は寝れるだけ寝るとしよう。


という訳でゴロンとカーテンに背を向ける。何者にも邪魔をされず、好きなだけ惰眠を貪る。人間ってのは貪欲でなくっちゃあいけないんだ。


だが、昨日までの野宿と違って安心して眠れるはずなのに、リリーにたたき起こされる心配なんてないはずなのに、まるで家を出る前にトイレの電気を消し忘れた気がするような、そんな気持ち悪さがある。


よく漫画で人の気配だとかいう言葉を使うが、その言葉の意味が少しわかる気がする。


人のわずかな呼吸音が、動きが、そこにあった。


こんな気持ち悪い感覚をそのままにはしておけないと、恐る恐る片目を開く。



「何をしているんだ」



そこにいたのはメイドだった。西の街の屋敷で出会った、ミニスカツインテのおちゃらけメイドではなく、スカート丈の長い、露出の少ない服を着て、髪を上げて一本にまとめて結わっている子だった。


鋭く細い目が特徴で、刺すような視線をこちらに向けている。



「おはようございます。勇者様をお起こしするようにと、タイランお嬢様からご指示を頂きました」


「そうか、ではそのタイランに俺はまだ寝ていたいと言付かってくれ」



先程とは真逆にゴロンとカーテンの方へ寝転がる。当然日差しが眩しい。


俺は寝ると決めたんだ、王都に帰ってきてまで早起きなどやってられるか。


だがそうは問屋がおろさないようで、かすかに金属がこすれる音がすると、頬に冷たいものが当たるのが分かる。



「あと十分でおき、ぃぃぃ!」



横目であしらおうとすると、俺の頬に当たっているものが見える。片手剣だった。慌てて起き上がる。



「武器は駄目だろうが!」


「お目覚めになられたようで何よりです」



な、なんだこいつ... スズと同じ、どこかネジがぶっ飛んでいるような感覚がする。この世界にはろくなメイドがいないのか。



「朝食の準備が出来ております。さあ、お急ぎになりましょうか」


「おい!俺はもう少し... いででで... 」



言い終わる前に頬をつねって引き連れられる。仕方なくよちよちと中腰でついて行く。


そうして連れて来られたのは、十人以上は同時に食事をとれるであろうダイニングだった。だがそこに座っているのは、部屋着姿の金髪ポニーテールただ一人だ。


彼女の名前はタイラン。巨乳の大剣使いで、リリーからは脳筋などと揶揄される。四天王討伐の際、移動の為に荷台に載せた俺達を引いて走るほどの体力、筋力の化け物だ。


悲しいことに、初日にリリーに瞬殺され、街の屋敷のメイドに痺れ薬を盛られ、四天王に自制心を奪われるといった事から、戦いには一度も参加出来ていないちょっと悲しい所がある。


俺が腰を下ろすと同時に、城の使用人が料理の乗ったワゴンを引いて、部屋に入ってくる。



「うお、さすがメイ、時間ぴったしだ。やっぱり主人と従者は似るんだな」


「恐縮です」



このメイドがタイランの従者だと?雰囲気も立ち居振る舞いも全然似ていないが。



「勇者様、申し遅れました。私はタイランお嬢様の従姉妹であり、従者でもございます、名をメイと申します。誠に恐れ入りますが、王に代わりまして、此度の四天王討伐の礼を申し上げます」



運ばれてきたスープを口にしながら横目でメイを見る。


この国の王と言ったら、視界にも入れたくないといった程の重度の男嫌い。初日に顔に触れた時に騒がれた事を思い出すと、会えなくてよかったとおもう。


というより、恐れ入るというのなら俺をもう少し寝かせてほしかったが... とは口に出さず。



「な、ぜ、か、タイランお嬢様達は一週間程前に、私に何も仰らずに旅立たれてしまいましたが、次の旅には私も同行させていただきます」



お、もしかして能力持ちなのか?でもリリーの話では能力持ちは三人っていう話だが。



「戦いはお三方にお任せし、私は料理、道案内、洗濯など、身の回りのお世話をさせていただきます」



ああ、べーゴンエッグトーストや、買い置きのパン生活からおさらば出来るんだな...


でもお三方って事は俺は頭数に入ってないな?



「お、サンキューなメイ!リリーがあそこまで生活力無いとは思わなかったぜ。任せっきりにしようと思ったのによお」


「淑女として、タイランお嬢様には他の教育がございますから、ですよね?」



するとタイランはギクッと片目を少し瞑り、一拍置く。



「... ところでメイ、西の街の事だけどよお...」



スルーされたメイ。リリーは能力が与えられるのは、王家の血筋を強く引く少女って言っていたから、タイランも一応はお嬢様のはずなんだが...



「…」


「なんだよへっぽこ、俺と二人じゃ飯が食えないってか?」



ジトっとした目でこちらを見てくるが、気品などは微塵も感じられない。



「タイランお嬢様、勇者様のその目は哀れみ、または蔑んでいる目でございます」


「なんだと!へっぽこのくせに俺になんか文句があるってのか!」



なにも言わずにパンを千切って口に運ぶ。焼きたてのようで美味い。


続けようとタイランが再度口を開けるが、途端ドアのそばで立っていたメイがタイランの席まで駆けてきて、タイランの口に何かを当てる。



「んぐっ!?」



口に詰められていたのはパンだった。



「ところでタイランお嬢様。西の街のことで何か、お話しされたいことがあったのではないですか?」



それを聞き、タイランが勢いよくパンを飲み込むと、キリッとした真剣な表情を浮かべる。


鶏タイランです。



「メイ、俺が... 俺たちが、西の街で何を見たのか... 聞いてほしい」



席につき、両手を顎の下で組むタイラン。思わず食事の手を止めてしまうほどの真剣な空気だ。タイランが何を話したいのか、西の街で起こったことの何がそんなに重要なのか、思わず聞き入ってしまう。



「町長の屋敷に... いたんだ。メイドが...」



なんだそれは、どういうことだ。って、なに驚いた表情をしてんだよメイさん!?



「タイランお嬢様がメイドの事をお話しになるとは... そのメイドにはあったのですね?美しさのヒントになる、何かが」


「ああ、めっちゃ可愛かったんだ」



あ、このオムレツ美味しい、滑らかで雑な食感が全然ないぞ。中にチーズが程よく入っていて、安心できる味になってる。



「タイランお嬢様、お話しいただけますか?そのメイドの、上品なの秘訣を」


「ああ、そのメイドの所なんだがな... 」



味付けもしつこくなくて、塩気の多いソーセージにぴったりだ。



「まず、膝より短い丈のスカートだ」


「なんと!その様に脚を晒すなど、それでは殿方の目を引いてしまい、落ち着いた雰囲気にはなり得ないではないですか!」



メイさん今物凄い勢いで自分の主人をディスったぞ、こいつも普段ミニスカじゃねえか。



「しかも、とにかく装飾品が多い。布の端にはお前のそれよりも多いフリルやレース、そしてリボンも飾ってある」


「なんと!それではタイランお嬢様の普段着よりも派手ではありませんか!」



あ、一応気づいてはいたんだ。



「極めつけはその性格。飾られたものではない、天然由来のあざとさ、可愛さ、そして、少しドジな所だ」


「で、ですが... 殿方の前でそのような... 端ない... 」


「メイ... 飾られた表面よりも、内側の心をさらけ出すことが可愛いとは思わないか?」


「タ、タイランお嬢様... 」



お、ミルクだ、久しぶりに飲むな。


ふと思ったのだが、自制心を失った時の状態といい、もしかしてタイラン... 少女趣味か?似合わん。


俺がミルクを堪能している間にパッと消えてしまったタイランは、気付けばドアの前のメイの近くにいた。顎くいの構えで。



「メイ、俺にも見せてくれないか?リリーが教えてくれない、メイの内側を... 」


「タイランお嬢様... 」



このパン美味え... 何が入ってるんだ?



「食事中に席を立たないでください、出かける前は私に報告してください、タイランお嬢様はいつも好き勝手やりすぎなんですよ」



早口でまくし立てるメイ。軽く不満の表情を浮かべたタイランは、一拍置いてそのまま席に戻ってしまう。



「わあかった、わあかった。俺も無理にさらけ出される内側に魅力は感じないしな。山は高ければ高いほど登りがいがあるってもんだ」



そしてスプーンをビシッとメイに向け、続ける。



「けどな、丈の短いスカートと装飾品。これだけは譲れない」


「タイランお嬢様、まだ寝ぼけているご様子ですね。また起こしてさしあげましょうか?」



するとタイランは諦めたように目を細め、黙ってパンを口に運ぶ。


結局王都にいようが野宿しようが朝というのは騒がしいもののようだ。




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手の薬指はまだ分かる、だが足の薬指の存在意義ってなんだろう。


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