第9話
前回のあらすじ、特攻要員が戦闘不能に。
スズが無茶な格好で寝転がっているタイランを仰向けに寝かせ、胸の方に手を当てると、潰れたパンのように赤く腫れ上がっている頬がどんどん元通りになっていく。
い、痛々しい...
「た、単純な戦闘力、それか思考力も奪われるのでしょうか?いつものタイランさんだったらあれくらい避けてしまわれるので... 」
あの目に見えないパンチを繰り出すスズもそうだが、あれを避けられるのか。脳筋だけあってタイランも相当だな... 本格的に俺、いらないのでは?
「それじゃあ私とこの能無しで特攻をかけましょう。スズは念のため、自分の魂の鍵を解除しながら、ここでタイランを見張っていてください」
「よ、よろしいのですか?その... 勇者様をお連れして」
こんな事を言いたくはないがザッツ無能の俺を抱えていたらリリー共々俺の命が危ない... リリー単騎で乗り込んだほうが、俺をかばわなくて済む分勝率が上がる気がする。
「なあに言ってるんですか、相手は魂へ干渉してくる能力しかないんです。それさえ取っ払えば、ただのちょっと強い何かです!とっとと終わらせて、美味しいものでも食べに行きましょう!」
「リリー... 死亡フラグって知っているか?」
「フラ、旗がどうしたんですか?」
よだれの糸を引いた犬、魔物ゴリラ、くそ女神くそ女神くそ女神... 胃腸への物理的な拷問... あ、本当にちょっと痛くなってきた。
なぜ俺が唇を噛み締め、爪で自分の手のひらを抓り、もの思いにふけっているのか。その答えは、四天王の所まで急がなければいけないという事と、俺の体力が無い事が関係している。
察しの良い方は気づいているだろうか。俺は今、ちんちくりんにおんぶされているのだ。朝の件で、リリーでも俺の俺が解錠されてしまうことが分かったので、こんな緊急事態のさなかにフィーバーしないように施錠しているのだ。
「なにか変な事を考えていますね」
「く、話しかけるな... 」
足手まといの俺と昨日歩いたときは、およそ三十分弱かかっただろうか、そんな道のりを、気づけばリリーは完走していた。という事を口で伝えてくれたら良いのに、乱暴に地面に落され、その事実を知らされる。
「痛ってえ!」
「話しかけるな、と言われたので、落とさせてもらいました。あんまりグズグズしていると、私の心に鍵をかけられてしまいますよ」
「あ、ああ... 」
昨日とさほど変わらない風景だ。所々曲がっている石造りの建物。補強に使われているであろう木材は、建物を古くも感じさせるが、真新しいその木材は、誰かが住んでいるという事実を示していた。
建物をよく見ると、昨日とは明らかに違う点が一箇所あることに気づく。昨日は固く閉ざされていた扉が全開だったのだ。
「私たちが来ることが分かっていたみたいですね。大方、昨日の様子を見られでもしたんでしょう」
「リリーがいるとはいえ... 緊張するな...」
「は?何を言っているんですか?自分の身は自分で守ってくださいよ?」
ギクっとするような一言を投げかけ、俺を置いてズンズンと城の方に進んでいってしまうリリー。だが、ふと自分の足元を見ると、リリー愛用のナイフが落ちていることに気づく。
リ、リリー姉さん...
城の入り口まで近づき、二人で外から中を覗いてみる。そこには入り口から長い赤い絨毯が一直線に敷かれているのが分かる。絨毯の先には、入り口と同じような焦げ茶色の木で出来た大きな扉があった。どうやら光源は今俺たちが立っている入り口から入ってくる光だけのようで、城内は少し暗かった。
「さあ、あまり時間はかけていられません。とっとと入りますよ」
「あ、ああ」
リリーが一歩城の中に足を踏み入れる。その後、俺も続くが早いか、奇妙な唸り声が鳴った。
リリーの真上だ。
俺とリリーを隔てるようにして、唸り声の主は上からぶら下がる。
そいつはいつぞや俺の部屋を襲った、赤黒い筋肉が特徴の、大男の魔物だった。
魔物はその視線の先、リリーに両手を伸ばす。
「リリー!後ろだ!」
咄嗟に腰の短剣を抜こうとするが... 俺の右耳スレスレの所で空を切るナイフが飛んでくる。
「ひ、ひえ... 」
派手に尻もちをつくが、半分ほどザックリ切れた魔物の首を見ると安心感が戻る。
で、でも俺ごと殺しにかかりやがった...
肝心の魔物の方はというと 、首の断面から赤黒い霧のようなものが漏れ、そのまま床に落下し、ビクビクと全身が脈打っていた。
「下手っぴな騙し討ちですね。呼吸と鼓動の音がうるさいです」
リリーはそのまま振り返り、扉の方へ向かってしまう。
う、うわあばっちい。死体を跨ぐのは気分が悪いけれど、きれいに入り口を塞ぎやがって....
扉の方へ近づくと、ちょうどリリーが扉を開けようとしている所のようだった。一拍置いて呼吸を整え、俺もリリーと同じ扉を押す。
さて、ここまで実戦経験ほとんどゼロで、能力も使えないが、腐っても俺は主人公、なんとかなるだろうか... 鬼が出るか蛇が出るか、リリーのナイフの正確さがあれば勝てるはず。多分...
だが何よりも、まだ見ぬ俺の能力が発動するチャンスだ。ここでどう動くかによって、今後の旅が変わってくるに違いない。
「ん、重いですね」
床を擦るような音と共にゆっくりと扉が開き、中の様子を露わにする。ひと一人分は余裕で通れるほどに扉を開け、中に滑りこむ。するとそこには、謁見の間のような天井の高い大きな部屋があり、奥の椅子にはスキンヘッドの魔物が、ひ弱そうな男達十数人に囲まれていた。敷き詰められた白のタイルは所々塗装が剥げていたり、割れていたりしている。規則正しく天井までが続く柱が並んでいるが、これも所々欠けていて危なっかしい。
「恐らく周りの男達は行方不明になっていた人達でしょう、一人一人の忠誠心が強いですね。いや、これは... 支配されたいという欲望?」
スキンヘッドの魔物が、瞳孔のない目をこちらに向け、右手を素早く上げる。それを合図に、周りの男どもが雄叫びを上げ、こちらに向かってくる。
「自己紹介もなしに戦闘ですか。頭を叩きますので、雑魚敵はよろしくお願いしますね。特訓の成果と、敵の能力の特徴を思い出してください」
言うが早いか、走り出し、すでに距離を詰めつつある男達の頭上を飛び越えるリリー。
それでも十数人の男たちは思い思いの武器を手に、俺の方へと向かってくる。
いや、瞬殺されるけれど?
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