第8話

前回のあらすじ、リリーが王家の血を引いていた。



朝。特訓と称する拷問続きの俺の体を休めるべく、安らかに床についていた。恐らくは、起き上がったリリーの動きであろうガサゴソというシーツの音や、ぽっぽと鳴く謎の鳥の鳴き声なんかで目を開けるはずなんて無く、なにも考えず、ただぐっすりと眠っていた。


だがこの安らぎの時も束の間...



「痛ったあああっっ!!」



俺のそんな平穏を脅かす痛みが突如全身を襲う。心臓に悪い痛みと衝撃で目を開けると、俺は床に落ちていることが分かる。顔を上げ振り返ると、ベッドを挟んで右足を上げたリリーが立っているのが見える。



「ふ、はああああ... ベッドの利点ですね。朝から力を使わずに済みます。すぐそこのトイレに行くので、なにかあったら叫んでください」



あくび混じりに、手櫛で髪を梳きながら部屋を出て行ってしまう。


俺はというと、雲のかかった頭でたっぷりと数十秒使い、状況を把握した後、日曜の朝に母親にたたき起こされた時のような感情を胸に、観念して口を濯ぎに部屋を出る。



*************



「それでは朝ごはんを食べたら、ということでいいですね」



すでに起きてダイニングに座っていた三人。俺抜きで、すでに今日の予定を話し合っていたようだった。



「少し、興奮... しますね」


「ああ!俺にとっては初戦闘だしな、スズの昂りも分かるぜ!」



口元に手を当て、少し息が荒くなるスズ。


タイランよ、お前の抱く昂りと、スズのそれは意味が違うと思うぞ。



「スズ、四天王の一人の能力は、恐らく感情を揺さぶる能力でしょう。対策は出来そうですか?」


「え、ええと... リリーさん、少し後ろを向いていただけませんか?」


「え?こうですか?っひゃ... !!」



スズは、リリーの服の中にスッと手を入れてしまう。その時に背中を撫でたのか、リリーはビクッと体を震わせる。


落ち着け、落ち着くんだ俺の俺。朝だからまだ元気なだけなんだ。筋肉だるま、猛獣、血飛沫、リバース...


だがその瞬間、裏切られた。


自分の妄想力に。


前世のビデオや漫画の、あんなシーンやこんなシーン。屈辱にも、リリーにそういう事を考えてしまうという嫌悪感、罪悪感。


みなぎる。



「おうお、お、お、俺トイレ行ってくる!」



まだ遅くない、血流が加速し始めただけだ。この場を離れて収めればいい、最悪な事態にはならない。


だが、神の気まぐれかイタズラか。扉に手が届く前に、それは向こう側から開いてしまい、メイドが顔を覗かせる。



「皆様、朝ごはんがもう少しで用意... ゆ、勇者様!?」


「ト、トイレなんだ... そこをどいてくれ...」



ここまでならまだ良かった。メイドなら場所を空けてくれるだけで良かったんだ。でも、神のいたずらはここでは終わらなかった。



「だ、大丈夫ですか勇者様?昨日もお腹の調子が悪かったようですから、私が一度見て... 」


「っふ... 」



こちらへ来ようとスズの手がリリーの手をかすめたのだろう。吐息が漏れた。


みなぎる。熱くなる。



「いいいい、いいいい!とにかくトイレなんだどいてくれ!」



慌てて場所を空けたメイドの横を走り抜け、廊下を右に、左へと駆ける。


芯まで熱された俺は少し落ち着いていて、走り、叫び、疲れたからか、俺の俺は縮小していっているのがわかる。


達成感と勝利の優越感と共に、女神マジ許さねえ、と思う。




己との戦いに誇り高き勝利を獲得した後、特に何か特別な事をするでもなく、俺たち一向は、まるでピクニックに来ているような足取りで森を歩いていた。目的はもちろん、昨日訪れた四天王の拠点だ。



「やはり、森に深く入れば入るほど、魂への干渉が強くなるようです」



自分の服の中に手を入れながら言うスズ。


今朝リリーの背中に手を当てたのは、魂の変化を見たかったかららしい。スズの説明では、どうやら魂への干渉は屋敷にいる間もゆっくりと進んでいたようだった。



「スズの能力で、解除は出来ないんですか?」


「え、ええと... なんと言いますか、魂に鍵をかけるような、複雑な鍵穴がたくさんついている感覚です。どういう場所に鍵をかけているのかは分からないのですが、多分遠くへ離れないと、解除よりもむこうからの施錠のほうが早そうです」


「墓守達の異変や、昨日のメイドの変貌ぶりから察するに、恐らくは私たちの自制心といったところでしょうね」



自制心を失わせる能力... 地味に見えるが、本能や欲望のままに俺達を行動させるとなると、相当な面倒臭さだ。


... いやでもやはり地味だ。もう少し派手な能力で戦おうぜ、こんなの付かず離れずの場所を陣取っていたら勝ちじゃねえかよ。



「ここは四人で行って鍵をかけられたら全滅ですね。手始めにタイランを特攻させましょうか」



特攻て... 人間魚雷かよ。



「い、一応四天王を倒せば私が鍵を開けることが出来ますし、私とタイランさんで特攻するのがいいかと... 」


「どうですかタイラン?スズはこう言っていますが、初戦闘で一人勝利を収めてもいいんですよ?昨日のメイドは気絶したら鍵が開いたようですし、スズがついていく必要もありません」



脳筋に効きそうな囁きである。だがそれはただの死亡フラグだ。


俺達三人の少し前を歩いていたタイランは、歩みを止め、こちらを振り返る。言いようの無い、少し微笑んでいるような、楽しんでいるような、得体の知れない表情を纏っている。



「... スズってさあ... 髪の毛サラサラだよな。白い丈の長いスカートも清楚って感じで、よく似合っている」



メイドが襲ってきた、あの時と同じ空気。何かがおかしいと分かる、周囲の空気が重くなるような雰囲気だ。



「少し青味のある黒髪だからさあ... 彩度の高い青いリボンで結ったらとても可愛いんじゃないかな?高めの位置に、ポニーテールでも、ツインテールでも... 三つ編みとかも良いと思うぞ... 」



じりじりとスズににじり寄るタイラン。もう、手を伸ばせば届きそうな距離だ。



「やっぱりお姫様だから... ネックレスとかイヤリングをつけたら色素の薄い肌が際立つと思う... ああ、そうしたら耳がよく見えるように後ろに髪を結った方がいいな...」



タイランはもうかなり近くまで来ていて、右手をスズの顎の方に寄せるが...


鈍い音がしたかと思うと、ミシミシと言う音を立てながらおかしな形にタイランの頬がひしゃげ... タイランの体ごと吹っ飛んでいた。


まるではなから動いていなかったかのように、お腹の所で両手を組んでいるスズ。舞った袖がひらりと服に着地すると... こちらを振り向き、困ったような顔を見せる。



「タ、タイランさんの自制心に鍵がかけられてしまったようです... 」


「特攻作戦が使えなくなってしまいましたね」



お前ら... それで良いのか...


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