第10話
前回のあらすじ、戦闘開始。
俺を置いてきぼりにし、とっととスキンヘッドの魔物へ向かってしまったリリー。
そんなわけで俺はただ一人、非力な人間として十数人の男共に襲われようとしていた。
特訓の成果って、俺ただ走ってただけじゃねえかよ!魔物や魔獣よりはマシとは言え、俺が十数人を相手に勝てるわけがないし...
腰の短剣を抜き、リリーのように見様見真似で構えてみるが、足が震えてしまう。そんな中でも、着々と男共は近づいてきている。
特訓の成果... 敵の能力... リリーは確かにそう言った。だがそれどうやって使えと...
思い出すのは走り込みと、リリーからの剣のおもちゃの暴行... 敵の能力は自制心を失わせる能力...まさか?
男共はすでに五メートル程の所まで来ていて後が無い。
「リリー!まさかお前の言いたかった事は... 」
*************
相対するのは、ちんちくりんな少女と、生傷だらけの魔物。
体格差からは容易に勝敗の予想がつくこの戦い。だが、ちんちくりんな少女は相手を見下すように、ゴミを見るような目で魔物を睨み、反対に大男は少したじろいでいるようだった。
そんな中、両者の耳に届く勇者の叫び声。それを聞いたちんちくりんは、表情を一変させる。
「あの馬鹿が... 」
魔物から目を離しはしないが、眉をひそめ、口を半開きにする。
そんな様子を気にも留めず、魔物はリリーに話しかける。
「俺の予想では... 勇者は何かしらの後衛に特化した能力を持っている。昨日率先して庇われたのもその為だ」
魔物が、人間の声と遜色ない声質で話すが、ちんちくりんは動かない。投げナイフを構えたまま魔物の話を聞き続ける。
「もう予想はついているだろうが、俺は四天王の一人。能力は心の大事な場所に鍵をかけること。お仲間はダウンしちまったようだな?」
ちんちくりんはまだ動かず、魔物や周囲を観察しているようだった。
「俺の予想では、杖持ちの女は治療、大剣持ちの女は何かしら物理的な防御ができる能力を持っているな?そして肝心のお前、お前だよ... お前とだけは戦いたくはなかった。なぜなら、お前の持っている能力は...」
再び勇者の叫び声が聞こえ、両者の気がそれる。魔物はいち早く持ち直し、軽く咳払いをすると、話を続ける。
「お前の能力は... 身体能力を上げることだな!」
「... は?」
一瞬の間を挟んだ後、ちんちくりんの先ほどまでの気迫はどこへやら、鋭い睨みは憐れみの目に変わり、顎を前に突き出して、魔物の方へ歩き出す。
「間違いない。昨日の跳躍力、針を止めたあの動き、人間では不可能なはず...」
「時間稼ぎはもう終わりですか?馬鹿馬鹿しい、四天王の質がここまで低いとは。スズへの土産話はどうすればいいって言うんですか?」
何が戦闘開始のゴングとなったのか。本当は両者にしか分からないタイミングがあったのだろう、一瞬にして魔物は立ち上がり、ちんちくりんは走り出す。ただ間の悪いことに、そのゴングとなったのは、ちょうどいいタイミングで鳴った勇者の悲鳴だった。
ちんちくりんが魔物に向かって、二本ナイフを投げる。だが、それを見切っているかのように魔物は加速を止めない。二本のナイフの間をすり抜けるように、魔物の頭が間を通っていった。
それが分かっていたかのように、ちんちくりんは次のナイフに手を伸ばすが、魔物の接近が思ったより早い。慌てて後方に飛ぶが、魔物も床を蹴り手を伸ばす。その瞬間にもう一本ナイフを投げるが、魔物は軽く顔を傾むけ、躱してしまう。距離が詰められてしまった。
「もらったあああっっ!!!」
派手な予備動作を付け、拳を振るおうとする魔物。だがそれがちんちくりんに当たる事は無かった。
ちんちくりんが避けているのではない。魔物が攻撃をやめてしまったのだ。
「なーんてな」
魔物は両腕を曲げ、顔の前に交差させるようにして後ろに伸ばす。気付くと、その魔物の両手には一本ずつ投げナイフが握られていた。
「お前、柱を狙ってナイフを反射させたな?甘すぎる!やかましい音でバレバレなんだよ!」
*************
リリー... 分かったぞ。お前の言いたい事が手に取るように伝わってくるぞ。リリー!お前の言いたかったことは...
「お前の言いたかったことは、逆境を利用して能力を発動させろってことだよな!!」
これだ!これに決まっている!あの特訓とやらも、本当は俺が逆境に耐えても逃げ出さないように、必死に戦おうという気持ちを鍛えるためのものだったんだな。今なら伝わってくる、気合いだ!気合いで能力を使ってこの旅をとっとと終わらせるんだ!!
「うおおおおおおおう!!死ねええええええええ!!!」
目を瞑り、両腕でガッツポーズをし、まるで黄色い光りに包まれているような、そんな気持ちでいた。そんな気持ちでいただけだった。
直感的に分かった。失敗したと。男共の唸り声と足音は鳴りやまなかった。
こうなったらやることはただ一つ。
「う、うわああああ!俺はああああ逃げるぞおおおお!」
俺の初めてのボス戦は、無職達との鬼ごっこから始まった。
*************
魔物のリーチに入ったちんちくりんは顔を俯かせたまま動かない。そんなちんちくりんの姿を見て満足したのか、魔物は二本のナイフを床に落とし、肩の骨を鳴らす。
「勝った!お前さえ始末すれば勇者パーティーなんて全滅だ!!」
たっぷりと時間をかけ、右腕を後ろに振りかぶり、ちんちくりんに向かって下ろす。その拳が、ちんちくりんの顔に当たる寸前、魔物の目にははっきり見えた。そのちんちくりんの余裕の笑みが。
何か嫌な予感がする。だがもう遅い。振り下ろされた拳を途中で止めることは出来ない。
「甘すぎるのはあなたですよ。ナイフを何本投げたのか、覚えていないのですか?」
瞬間、魔物の側頭部に深くナイフが刺さり、魔物は一声も上げずに倒れてしまう。
「最後に投げたナイフが跳ね返ってきたんですよ... って、ああ、人間を模倣しているんでしたら聞こえていませんか。即死でしょうから」
ちんちくりんは片手でナイフを二本抜き、そのままその片手で一本のナイフを宙に投げて遊びながら、もう一本のナイフを魔物の心臓めがけて投げる。すでに魔物はピクリとも動いていなかった。
戦いが終わったので、勇者がこちらを呼ぶ声に反応しようと振り返る。
だが、その行動が、油断が、命取りだった。いきなり足を掴まれる感覚にギョッとして飛び上がろうとするが、ガッシリと掴まれていて途中で引き戻される。ちんちくりんの足を掴んでいるのは、白く、細い手で、それはズレたタイルの隙間から伸びていた。
「初めましてリリーさん」
耳をつんざく、妙に甲高い声。この状況を心の底から楽しんでいるような弾んだ声に、ちんちくりんの手は少し汗ばむ。
「私の名はチャームです。前座は楽しんでいただけましたか?」
「じょ、女性!?タイルの下は空洞でしたか!」
するりと体を滑り込ませるように、上半身だけタイルの隙間から出て来たのは、重くウェーブのかかった、長い黒髪を抱え、肩を露出させた女だった。所々から赤黒い霧が漏れていたことから、正確には人間の女性を模倣した魔物だということが分かる。
「両手で掴みました。はなしませんよ?直に触れれば、鍵のかかる速度は段違いです」
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