第2話

前回のあらすじ、仲間に魔獣をけしかけられる。



俺、ことリュウジは、バカみたいに走っていた。


昨日と変わったことと言えば、腕に浅い噛み跡がついて、遠くの方にちょこんと建物の群れが見え初めてきたことくらい。



「はーい、ペース上げてください!夕方には街に着けるようにしますよ!」



荷台から引き離される俺...



「もっとガッツリとした肉が食いたいな!」


「そうですね、食事... とお風呂が楽しみです」



どこか遠くを見つめるスズは、ここ二日間の生活を思い返しているようだった。俺もベーコン以外の肉が食いたい。後、ベッドで休みたい。


昨日の疲れは全くと言っていいほど取れず、運動不足の体はあちこち悲鳴を上げていた。


あ、これ足がつる... 気絶したふりして荷台に乗せてもらおうかな...



「リリーさん、何をしているんですか?」


「縄をこうやって結ぶとですね、面白い遊びができるんですよ」



リリーの方をチラッと見ると、長い縄の先端で円を作るようにして結び、頭上でくるくると回していた。


片足を木箱に乗せてこちらを見るその姿は、まるで前世で見たカウボーイのようで...



「はーい、サボりは許しませんよ」



空気を割くような音と共に、縄の先端をこちらに投げ... ビシッ!と良い音を立てて俺の腹を捉える...


バランスを崩しそうになるが、俺の速度より速く縄は移動しているため...



「ぎゃあああっっ!!速い速い!!!」



無理矢理足を動かされる...


ノンストップで走っていた為、腹が痛かった所を縄で締めつけられ、引っ張られていた。


あ、不可抗力マーライオン...


だが耐える!


喉から出かけたそれを無理やり飲みこみ、逆流を逆流させ、回避。


お漏らし勇者に、おもどし勇者などが付与されるなどあってはならない!



「ああ!考えだしたら余計に肉が食いたくなった!!飛ばすぞリリー!!」


「いや、本当にヤバそうなので一旦... 」



ぎゅううう...


音が鳴った。縄が更に締まる音と、荷台が加速した音。そしてこみ上げ、俺の中の何かが壊れる音。



「うっ... 」



一面に広がるのは前世のテレビで見たナイアガラの滝、力強く白の水しぶきを上げるそれ。広がるのは前世の映画で見た流れ星、青や紫のそれは素早くきらりと光る。


戻ったものは戻り、そしてまた戻りそうになる。それでも荷台は止まらず、足は動く。



「いてええええぇぇぇ!!てめえリリー!ナイフで止めるんじゃねえよ!!」


「止まれと言っているんです、腕の一本くらいでガタガタ言わないでください」



俺を引っ張るものが無くなると、足の速度が徐々に落ちる。視界がふらっと揺れ... 足が役割を果たさず、俺は地面にうつ伏せに倒れる。



ガゴッ


少しすると頭に強い衝撃が... 痛みが走った。蹴られたようだった。



「じゃあ、また走りましょうか」



見上げると、そこには笑顔の黒髪ショートヘアの悪魔がいた。まるで遊びの誘いをしているかのように声色なのに、有無を言わさぬ威圧感。太もも辺りのナイフがキラリと輝くと、俺の取れる選択肢はただ一つで...



「は、はい...」



日が落ちて少しした後、俺達は西の村に到着したらしい。次に気がついた時、俺はベッドで寝ていた。



************



チュン... チュン...


とにかく身体中が痛い。そしてお腹が空いていた。


三日ぶりくらいのベッドだが、城のベッドと比べて少し質感がゴワゴワしている。


これからも村から村へと移動する度に、これだけ走らされたんじゃ体がもたない... というか魔物に応対した時に逃げるくらいなら、初めから俺いらないじゃん...


ていうか俺... いらなくね?回復役のスズですらあれだけ戦えるんなら、能力の使えない俺なんてただの足手まといじゃ?


これだけ辛い思いするくらいなら、いっその事ハーレムなんて諦めて逃げたほうがいいんじゃ...


よし、とりあえず村の偵察... 観光と洒落込もう。窓から出ればリリーには捕まらないだろうし。


善は急げと窓のそばまで行き、カーテンを開けるが...


コンコンコン...



「ひえっ... 」


「勇者様、朝ごはんをお持ちしましたが... 食べられますか?」



びっくりして変な声が出たが、 朝ごはんを持ってきてくれたスズのようだった。


よくよく考えれば金がない... その上腹が減っている。受け入れるしかないのか、特訓という名の長距離走... !!


... ひとまず腹を満たしてから考えようかな...


ガチャッ...



「村長さんから四天王の一人の情報を聞くそうです。なんでも村の方々が...」



初日もそうだったけれど、このお姫様は距離感がおかしい気がする。普通異性の寝室に無断で入ってこないだろ。


こちらの気も、企みも知らず。食事の乗ったトレーを持ったスズは、笑顔で話しかけてくる。


途端、雲が遮ったのか、先ほどまで明るかった部屋が急に暗くなった。


すると俺に向いていたスズの瞳は... いや、俺の体の更に向こう側を見ていたそれは、急に丸くなる... そしてトレーが床に落ちた。


ものすごい速さでこちらにスズが駆けより、俺を... 俺の腹を横に蹴り飛ばす。


と、突然の暴力は俺の中では拷問です...


白黒させた俺の目は当然スズに釘付けになるが、そんな俺を彼女は見ていなかった。優先すべきは俺ではなく窓の外にいる何かのようだった。


ゴンッ...


一メートル弱飛ばされた俺の体は尻もちを強くつき、息が詰まる。この世界に来てから何度も腹に暴力をもらっているのに、いつまでたっても慣れない...


俺を蹴り飛ばしたスズはというと... 「手」を受けていた。窓の外からグイっと伸びてくるその手は、ゴツゴツとした人間の、男の手だった。筋肉質のそれは、所々引っかいたような生傷があったり、青黒く変色していて、見るだけで痛々しい。


中身は化け物だが、見た目は少女のスズに向かって、躊躇いもなく拳を振るったようだった。けれどもスズは片腕でそれの軌道を逸らし、俺の腹を殴ったときのように、空いた手で窓の外にいるであろう男にカウンターを決める。



「ぐぎゃっ」



野太く、耳に良く響く声だった。そして躊躇いも無く、スズは窓から飛び降り... スズさんここ多分二階ですよ!!



「ス、スズ!!」



窓から見下ろすと、辺りをきょろきょろと見回すスズがいた。


思わずため息が漏れる。男を取り逃がしはしたけれど、何事も無かったかのように歩いている人達を見ると、腹を抱えて焦っている自分がばかばかしくなってくる。


スズは諦めたようで、俺の方を見上げると、こちらに笑顔を向けてくる... はずだったのだが、その視線はまたもや俺の向こう側を向いていた。その目が大きく開かれると、建物まで駆け寄り、壁に手をかけ跳躍した。


俺の上だ。


急いで振り向くと、屋根の瓦に足をかけぶら下がっている男... 人間の男に似た何かがいた。そいつは体からはちきれんばかりの筋肉を持っていて、所々が赤黒く変色していた。



「うわあああああああ!!」



叫ぶ事しか出来ない。魔獣なんかよりもよっぽど恐ろしかったそれが、俺が逃げる前にこちらに手を伸ばしてきたのだから。


ああ... 今度こそ死ぬって、こいつの筋肉ブチブチ言ってるもん...



「ふんっ!」



でもその恐怖は必要なかった。俺の後ろから華奢な手が伸び、そいつの顔へと向かう。その拳は少し光ってるように見えて、綺麗だとも思ってしまう。それと同時に俺の首根っこはスズの手によって下に引っ張られていて...


お、落ちるうううっっ!!


奇跡的に足を窓枠にかけ、頭から逆さまに落ちる事は免れる。


なんで... なんで朝から俺がこんな目に... っざけんなよ死ねよ覗き魔!!


落ちないことに必死になりながらもそいつを見ると、スズの拳を顔面に喰らい、風を吹き飛ばしたような音と共に、蒸発するように顔から塵へと化しているようだった。


はあ... 今度こそ死んだだろ...


だが、安堵共に、そこには違和感があった。


塵になるのが早すぎたんだ。まるで拳の風圧でやられたような、拳と接触する前から塵になり初めていたような。「触れることなく蒸発させる」という、拭えない気持ち悪い感覚。


だがそんな思考は一瞬で流れ...



「うわあああ!スズ!引っ張り上げてくれ!!」



筋肉痛の足に負荷をかければどうなるか、ましてや全体重を無理な姿勢でかければどうなるかなんて想像に容易いだろう。


めちゃくちゃ痛い。


だが、スズの耳には俺の声は届いていなかったようで、そいつのいた場所を見て何かを考え込んでいるようだった。


スズさん!勇者が落下死します!!


結局、騒ぎを聞き付けたリリーに助けられるまで、声が枯れそうになるまで叫ぶはめになった。




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