第一章
第1話
はあ...はあ..はあ...
「はーい、ペース上げないと置いていきますよ!」
俺ことリュウジは馬鹿みたいに走っていた。最強の能力、「魔物を塵にする」ほどの能力をクソ女神に頼むも全く能力が発動せず、パーティー仲間にしごかれている。
荷台の上から俺に指図するのはリリー。黒髪ショートヘアで小柄、黒のマフラーを風になびかせ、俺に怒号を浴びせる。
パーティーの仲間のひとりひとりも能力を持っていて、リリーは心が読めるらしい。
「はあ...タイラン、もう少しスピード上げていいですよ」
「おう!」
え、ちょっと待て待て待て待て!
無情にも俺と荷台の距離は更に引き離され、わずかに加速を振り絞るも無駄に終わる。
荷台を引いているのは脳筋のタイラン。赤をベースとした服が特徴で、暴れまわるポニーテールを連れて物資とパーティー仲間を載せた荷台を引いて走る。
初日に能力を使う前にリリーにぶっ飛ばされているため、能力は分からない。
「あの、そろそろ勇者様が倒れてしまうのでは... 」
白の魔導士のような服を着ているのはスズ、俺を召喚した国のお姫様らしい。他の二人と比べて穏やかな性格をしているが... 模擬戦にて、俺はボコボコにされた。
能力は魂に干渉して肉体を操作... 治療できるみたいだった。でもその為には体に手を密着させなくてはいけないらしい。
余談だが、俺の魂は女神が預かっているので、スズの能力が効かない... つまりチート能力ありきの旅をそれなしで越えなければいけない...
極めつけは...
「うわっ!?」
盛大に顔からこける、走ったせいで視界がグニャグニャと曲がっていて、受け身も取れない。
そう、現代日本人の俺は、体力も戦闘能力もない。
異世界なんて、能力がなければただのクソ人生だ。
*************
「はーい、お水ですよ」
どのくらい経ったか... 冷たい衝撃がゆっくりと俺の顔を襲う。仰向けに寝転がっていたようで、目を開けると月明かりが入ってくる。
顔に水をかけられた。
重い体を起こすと、先ほどとあまり変わらない景色が... 少し暗い景色がひろがっていた。
「変な時間に起きられても困るので、とっとと晩御飯を食べて寝てください」
「は!?昼は?」
「あなたが走っていたので、みんなで簡単に済ませましたよ」
お前が走らせたんだろうが... とツッコみたくなるが、腹の中が空っぽだと何も言う気が起きない。
「で、あなたがぶったおれたので荷台に積んで運びました。ぶっちゃけ置いて行こうと思ったんですけどね... 」
おい、魔獣もいるからそれは死ぬだろうが。勇者を置いてけぼりにするな。
「多数決では置いていく事になってたんですが、スズに止められました」
タイランも見捨てたのか... もうお前らが魔物だろ...
「さあ、行きますよ」
言い返してもろくな事にならないので、大人しくタイランが起こしたであろう焚き火に向かう。
スズは、ぼーっと焚き火を眺めていて、タイランは今朝同様、焚き火を使って料理をしている。
「おう!起きたかへっぽこ勇者!とっとと食って体力戻せ!」
と、今朝同様、皿を渡される。
内容はパンの上に目玉焼きとベーコンをのせたもので...
今朝と同じだった。
唖然として口をひらけずにいると、見兼ねたリリーが俺を代弁する。
「なんで朝と同じ物なんですか」
「え?美味いからだが?」
すでに一枚平らげ、もう一枚のパンに手を伸ばしながら答えるタイラン。
脳筋は比喩ではなかった、旅の途中だから贅沢はするなという見方はある。けど俺はもっといろんなものが食べたい!!
だが何を言っても状況が変わらないのは事実で... スズもリリーも、じっとタイランを見つめた後、おとなしく皿に手をつける。
「なあ、リリーは料理出来ないのか?元盗賊なら野営経験もあるだろ」
「出来ます。茹でるだけなら」
… もしかしたら明日は茹で芋になるかもしれない。三食連続ベーコンエッグパンよりかはマシであるが。
「あの、勇者様の「魔物を塵にする」程の最強の能力?について昼間のうちに考えていたんですが」
食料事情について残念な結論が出たころ、前向きな議題が提供される。
能力!腹をくくって逃げる... 戦う覚悟はしたが、結局は能力が発動すれば全部チャラだ。魔物に遅れを取らなければ俺は死なないし、最強と褒め讃えられるんだから。
「私は、自分の魂から力を注ぐようにイメージしているのですが、二人はどうなのかなと思いまして... 」
「私は気合いです、なんとなく分かります」
リリーが驚くほど役に立たないんですが... 俺は魂がないからスズの方法は使えないし。
話の流れから皆が、三枚目のパンに手を伸ばすタイランに顔を向けると...
「ん?俺か?うーん... なんというか...」
脳筋と呼ばれていても思考の類いは出来るようで、パンを片手に、顎にもう片方の手をやる。
「知っていることを現実にする?みたいな。ほら、木を燃やすと熱くなるだろ?そんな感じでガッッとやるんだ!」
言い終わるとと共にパンを一口。もごもごしながら「ガッとだ、ガッと」などとなんの為にもならない情報を発している。
そういえばタイランの能力はまだ見てないな... 能力を使う前にリリーに撃沈されてたし。
「ところでタイランの能力ってなんなんだ?」
すると先程まで、ガッ、ガッと発していた口を閉じ... 急いで飲み込み、俺をじっと見つめた。
それが出来るんなら最初からそうしろよ...
「内緒だ!」
コミカルな表情はどこへやら、パンを両手で持ち、真剣な面持ちで力強く言い放った。
めんどくせえ。
だが、リリーの変なアドバイスよりも、イメージを具現化する、という方がやりやすそうだな... 魔獣と戦う時にタイランに来てもらえば、漏らさなかったんじゃないのか?
「まあ、能力の細かいところとか戦い方はリリーに教えてもらえ!こいつは昔の特訓仲間の中でも、俺の次に強かったからな!」
「寝言は寝てからと、この前教えたでしょう。また地べたで眠りたいんですか?」
「うるせえ、この前のは反則だ!」
二人の言い争いを横目に、とっととパンを平らげて立ち上がろうとする... が、
それは叶わず。
ドサッ
足がもつれて地面に倒れる。運動不足の体が急に長距離マラソンなんてしたら当たり前だった...
「あれ、本当に運動してないんですね... 今なら能力を発動できるかもしれません!!ちょっくら魔獣捕まえてきます!」
待て待て待ってくれ!足が動かない人間に対する所業じゃない!動け!俺の足いい!
前世で見た、浅い水溜りに溺れたアリのような動きをしていただろう。手で地面を這いずるように逃げようとするが...
グルルルルルル...
「お、三匹か?リリーにしては少し少ないな... まあ、死ぬなよ勇者!」
「危なくなったら助けますので頑張ってください... 」
そそくさと食事の片付けを始める二人。
俺はというと、徐々にうるさくなる複数の唸り声に、体をピクッと震わされ... 短剣を抜いて振り向いた。そして本来魂があるべき所であろう、胸から力を捻り出すようにして叫ぶ。
「いやああああ!!お願いしますううううっっ!!」
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