第7話
前回のあらすじ、短剣を買ってもらった。
武器屋で用を済ませた俺たちは、街の外に出て西の街へ向かっていた。
一歩町の外に出てしまえば、そこは道一本と、木がちらほらそこらに生えているだけの、何も無い野原だった。タイランが荷台を引いて走っているので、以外と退屈だったりする。
スズは早々に静かな寝息をたてながら眠ってしまい、俺とリリーは特に話すこともないので景色を眺めている。
「タイラン、荷台を止めてください」
「はいよっと。上で休むぞ」
「そうしてください」
するとリリーは荷台の横側から飛び降り、俺を手招く。
負けじと俺も同じように飛び降り... 少しよろめいた。
道から離れるように歩き出したので、俺も後をついていく。そしてリリーは少し何かを考えるような素振りを見せた後に、口を開く。
「魂とは... 器である人体が機能しなくなった後、どこへ行くのでしょうか?」
「え?なに哲学?」
本当に何の話だ?魔法もなにもないのに、魂だけはあるって世界だから、勝手が全く分からん。
けれどそんな俺にリリーはお構いなし、丘のように少し上り坂になっているところを登りながら、話を続ける。
「答えは魂による、です。その場に留まる、発散する、生前の思い出の場所に移動する、などですね。人間が死ぬ前と、死んだ後では、二十グラムほど重さが違うとされています。つまり魂は質量... エネルギーを保有している、もしくはエネルギーそのものではないか。まあこれはどこかの脳筋が言っている理論ですが」
んん、魂なんて研究できるのか、ゲームとかだと教会が止めそうな実験だけど。
上り坂がどんどん急になり、てっぺんがもうすぐだ。
「ですが、エネルギーというのは破壊することが出来ません。それと同様に、魂がひとりでに消える事、例え消えたとしても、なんらかの影響を残さずにはいられない、ということです」
「えーっと、リリーさん?一体この話はどこへ?」
リリーと共に上り坂のてっぺんに付いたとき、俺たちが来た反対側の方から十匹程の黒い大型犬がまばらに散っているのが見える。
ただ見えるのではなく、ぼーっとしているとその一匹がどんどんと元気よく俺の方に飛びかかってきて...牙をむく。
上と下の牙の間をよだれが糸を引いていて、舌はどす黒く変色したピンクだった。いびつな形をした歯はなんの法則性もなく並んでいて、俺の顔めがけて噛みついてくる。
あ、これ、俺死ぬ...
後から思い返してみれば、勇者にあるまじき行動だった。飛びついて来る犬を見て、ただ、何も出来なかった。
とっさに顔を守るとか、逃げようと振り向くとか、腰を抜かすとか。そんな事は何一つ出来なかった、ただ俺は、動けなかった。
そんな恐怖の時間は鮮明に、ゆっくりと流れていって...
キャンッ...!!
時間の流れはすぐに元に戻り、犬の頭の右側には、見覚えのあるナイフが刺さっていた。
「これが魂の行きつく先の一つ、魔獣です。野生の動物に魂が入り込んで... 聞いていますか?」
「はっ、はは」
リ、リリーさん...もう少し早く投げてほしかった。
今になって腰が抜け、地べたにへたり込み...ズボンに温もりを覚える。
濡れていた。
けれども魔獣はおれの膀胱事情なんて気にしない。気にしてほしい。
そしてリリーも俺のおもらしには気付かないようで...
「それでは能力の使い方を教えます」
更にもう一匹の魔獣も俺へとめがけて走ってくる。仲間がやられたことで少し警戒しているのか、右へと、左へと、軌道を変えながら変則的にこちらへ向かう。
「気合です!!!!」
「は?うわあああああああああああ!!!」
念願の能力発動の方法。それは気合だった、根性だった、気の持ちようだった。神から与えられた魔王に対抗する手段、それは気合によって発動されるようです。
だから俺は願った。俺の命が、尊厳がかかっていたからだ。
腰のホルダーから短剣を抜き、魔獣に向け、喉がはちきれんばかりに、心の底から叫ぶ。
「死んでくださああああああああいいいいいぃぃぃ!!!!!!」
それは死ぬはずだった。少なくとも塵になるべきだった。俺の能力は「魔物を塵にする」ほどの最強の能力。勇者として、魔王に立ち向かう者として与えられたはずのその能力は... 発動しなかった。
へたり込んでいる俺の腕に噛みつく寸での所で、またもや魔獣に見覚えのあるナイフがささる。
リリーが呆れているのが手に取るように分かった。分かりやすくため息を吐いたリリーに、腰を砕かれた俺は引きずられ、荷台に放り込まれ、旅路は再開となった。
「リ、リリーさん... オムツってありましたよね?」
「...」
今日何度目か、けれど今までで一番キツイと分かる蔑んだ目を向けられ... 水の樽のそばにあった成人用オムツと、変えのズボンを投げ渡される。リリーは静かに目を瞑り、わざとらしくいびきのようなものをたてる。タイランは笑いをこらえていた。
無情にも、そのオムツには誰の字か「ファイト」という文字がインクで刻まれていた。
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