第8話

前回のあらすじ、オムツ勇者。



「くたばれええええええええ!!!」



日が落ち、辺りが暗くなってきたころ。タイランは必死の形相で木と木を擦り合わせ、スズは野菜を切っていた。


片やリリーは大型の犬、魔獣を両手で取り押さえ、俺はそいつに短剣を刺し、叫んでいた。


最初はジタバタと暴れ、吠え散らかしていた魔獣だった。が、俺が短剣を刺したままただ叫んでいるところが十分程続くと、「こいつなにやってるんだ?」という面食らった顔で俺を見てくる。



「ぬああああ!!悪霊退散んんん!!」



辛いです。


叫びのバリエーションを変えても、力の入れ方を変えても、塵にならないし、俺の力が向上するわけでもない。俺はただ犬に向かって叫んでいるだけ。


最初は考える素振りをしたり、険しい表情を浮かべていたリリーも、犬が暴れなくなってくると共に、無表情でタイランの火おこしをみている。


ボッ


お、火だ。さすが脳筋。


するととうとうしびれを切らしたのか、リリーは自分のナイフで犬の首をかっ切ってしまう。


キャンッ



「今日はもう食べて寝ましょう!」



今まで殴られていたリリーさんに気遣われた... なんだろう... 惚れればいいのか?


スズがタイランの用意した火で料理を始める。なんか煮込んだり、粉を入れたり... と端から見るとよく分からん。



「あれ?スズって料理出来ましたっけ?」


「時間がある時に料理長さんに教わっていました。その... まあ食べられないことはない、との評価を頂いています」



… 不安だ。料理長が自国の姫様に対して「食べられないことはない」はないだろう。多分絶対に不味い。



「勇者様も、はい、どうぞ」



少し恥ずかしそうな笑顔で木の椀とスプーンを渡される。


中には大きめに切られた野菜... 多分色合いからしてジャガイモやニンジン?が白いトロトロとした汁に浸かっている。


意外にも美味しそうで、ものは試しと、 一口野菜をかじってみる。


じゃりっ


硬い。生だ。


それに味もついていない。ただのミルキーな生のじゃがいも。


恐る恐るジャガイモを飲み込み、今度は別の野菜を試す。


じゃりっ


当たり前だ。ニンジンも生だった。違いは、かぐわしいほのかな甘みが口に広がったことのみ。


他の3人を見渡すと、スズ以外は微妙な表情を浮かべながらじゃりじゃりと音をたてている。


食べられないことはない。


笑顔のスズを傷つけるくらいなら、この世界で、もしかしたら唯一俺を慕ってくれているかもしれないスズに、悲しい思いをさせるくらいなら。生の味気の無い野菜を食らってやろうじゃないか。



「スズぅ、料理下手みたいだから明日から俺が作るぜ」



タイランんんんんっっ!!


スズの笑顔がみるみるうちに消えていき、無表情になる。


気が付くと俺は手持ちのスプーンを投げていた。


カコーン!


勢いでドサッと倒れたタイランの頭部には、更にナイフが刺さっていて...


リリー先輩!!


振り返ると、タイランの分の皿にまで手をつけているリリーがいた。


フォローだ、フォローをするんだ。タイランさえ葬っちえば、残るはアフターケアのみ!



「気にしないでくれスズ!疲れた一日の後に可愛い女の子が飯を作ってくれる。これが何よりも重要なことなんだ!!」



すると無表情だったスズが顔を椀で隠すようにうつむく。


や、やばい。これは落ち込んでいる。



「こ、こんな魔獣一匹倒せないおれなんかを笑わないでいてくれるのなんてスズだけなんだ!良かったらこれからも... ブフォオォ」


「てめえ勇者ごらナイフなんか刺しやがってェッッ!!魔獣一匹ぽっち殺せねえ勇者なんか俺が殺してやる!!」



後頭部に強い衝撃が当たったと思ったら、俺は地べたに倒れていた。


見上げると、側頭部にナイフの突き刺さったままのタイランがいて、右足を高く上げ... 振り下ろす。


ああ、神よ。今日受けた傷の全てはパーティー仲間によるものです。


俺は、潔く目を瞑った。



*********



チュン... チュンチュン...


朝だ。


意識が鮮明になってくると共に昨晩の出来事が徐々によみがえってくる。


冤罪でタイランにボコられた。


記憶や意識と共に戻ってくるのは、当然感覚でもあって... 顔や腕がめちゃくちゃ痛いです。


タイランも容赦がないのは同じだったようで。けれど素の力の違いか、はたまたリリーが手加減してくれていたからか。比べ物にならないくらい全身のあちこちが痛いです。


マットのようなものを地面に敷いてもらっていた俺。周りを見ると、昨日と同じ格好のタイランは火に向かい、スズは髪をとかしているようだった。


だが俺が今一番気にしていたのはそこではない。


誰がかけてくれたのか、茶色の掛け布団の中をチラッと見ると...


おお... 直立していない....リュウジのナイフが魔獣していないぞ...


ありがたい...!非常にありがたい...!


いくらペナルティと言えども神は俺のことを見捨ててはいなかったんだ。不可避の生理現象に抗う事はしなくてよかったんだ!



「お目覚めですか、勇者様?一応手当てはしたのですが... 傷は痛みますか?」



ね、寝起きのスズだ。しっかりとサイズに合わせた、外着の白の魔道士のような服とは違って、少し布の余るワンピースのパジャマ。光を反射する青っぽい髪は少し形が崩れている。


俺を見下げるように少し屈んだので、大きめの布は当然重力に従って...


両手にちょうど収まりそうなサイズの、二つの二次関数グラフの接点が見え隠れしているのに気づいてしまった。



「ウォオオオオオオォッッ... !!俺のリュウジいいい!」



直立しかける。


故に言葉はいらなかった。叫ぶ俺、オロオロするスズ。



「朝から叫んでんじゃねえよ!!へっぽこ勇者!!」



と、こちらへあのパンケーキひっくり返すやつを投げてくる。あれ名前なんていうんだよ。


衝撃で頭を床に打ち付け...


あ、萎える。


エネルギーが大地に流れていき、二次関数の傾きがゼロへと...直線となる...


痛いです。


そんな馬鹿な事を... 端からみれば馬鹿な事をやっていると...



パンッパンッ



手拍子の方向には、同じくワンピース寝巻きのリリーがいた。



「さあ、着替えて朝ごはん食べて。とっとと出発しますよ」



リ、リリー母さん...


朝ごはんは宣言どおりタイランが作っていたようで、内容は目玉焼きと分厚いベーコンがパンの上に乗っかったもの。


なんというか普通だ... パンが硬いということを除けばいたって普通の朝食。


少し気になってスズを見ると、タイランに色々教わっているようだった。ていうか料理長に教わってあれなら、タイランが教えてどうにかなるものなのか?


教える方は下手で、文章の半分が擬音で構成されたような解答しか返していない。


当然スズが求めているのは人間の言語なので、負けじと掘り下げて質問するが... 返ってくるのは同じ擬音だった。


朝ごはんを食べ終わってから。荷物を全て荷台に積み込み、俺も乗り込もうとすると...



「あ、あなたは歩きです」


「え?」



なんだか今、リリーに笑顔でものすごく嫌な言葉を突きつけられた気がする。


でも俺はここでくじけない。こんな時こそ笑顔で...



「今なんて?」


「はい、あなたは歩きです」



両者共にとびっきりの笑顔だった。だが二つの貼り付けの笑顔のセットは、はたから見れば、恐ろしくも見えただろう。



「あ、ああ。タイランの体力が...」


「何言ってんだ!俺の力舐めるんじゃねえぞへっぽこ勇者!」



大丈夫そうなら俺も乗りたい。



「いえ、違います。タイランの体力が無尽蔵なのは、私が一番よく知ってますから」



ああ、うん、そうだよね。朝食作って、俺の事ボコる力が有り余っているくらいだからね。



「問題はあなたです。昨日の事で確信しました、あなたは能力のない状態でもとことん弱いです」



は?その通りだが?


確かに俺は弱い。まあ弱い。リリーの動きは目で追えないし、魔獣にも勝てる気はしない。


だが百歩譲っても俺は勇者だ。能力さえ発動すれば魔物はワンパンだし、何より楽がしたい。だからここで荷台に乗らないわけにはいかない。



「はい、素直に従わないとは思っていました。なのであなたがどれだけ弱いか理解してもらうためにも、スズと戦ってもらいます」



は?お姫様と?

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