第48話 父親は家族の始まり




 レイエルとアニエルの子を引き取った後は、まさに激動の日々だった。




 何せ子守りの一つもしたことがない独り身の男だ。

 孤児院に居た頃に年下の子の面倒を見ることはあっても、赤ん坊を育てる機会なんてなかったからな。


 だが幸いなことに周りの人間には恵まれた。


 俺が騎士の仕事で家に居ない間は、隠居していた元聖女殿にあの子の面倒を見てもらったよ。あの方には本当に頭が上がらん。


 そして休みの日には掃除、洗濯、料理……独り身だった時代とは比べ物にならんくらいの家事に見舞われた。


 正直に言おう。悪魔や魔物との戦いの方がずっと気楽だった。

 今まで適当に家事をこなしてきたツケだな。休みの日だというのに、元聖女殿には家事のいろはを叩き込まれたものだ。


 だが、初めて作った離乳食をあの子が食べた時、あの子が浮かべた笑顔は忘れられん。

 なにせずっと泣かせてきたばかりだった。

 ただ一度の笑顔でも、俺にとっては忘れられん強烈な思い出だったんだ。

 あの日ほど、この子を引き取って良かったと思った日はない。


 そしてこれからもこの子を立派に育てていこう。そう、二度目の誓いを立てたんだ。


 そうやって何度か季節が巡れば、あの子は泣く回数よりも笑う回数が多くなってきた。


「お父さま~! 剣のお稽古をつけてください!」

「はっはっは。いいとも」

「やったぁ!」


 あの子は同い年の子供より俺と一緒に居ることを好んでいた。

 朝から晩まで何かと理由をつけては、俺の傍にべったりとくっ付いていた。


「ねえ、お父さま見て! 花かんむり作ったの!」

「おいおい……剣の稽古はどうした?」

「一緒に作ろ!」

「まったく……仕方ない。教皇様もびっくりするような立派な花かんむりを作ってやろう!」

「わぁい! お父さま大好き!」


 世間で言うところの俺は親馬鹿という奴だったのだろうな。

 あの子が笑顔になるならばと、ついついあの子の我儘を許容してしまったものだ。




「お父さま! わたし、あのたくさん乗っかってるパンケーキが食べてみたい!」

「おいおい。あんなにたくさん作っても食べきれないだろう? 一枚だけで我慢しなさい」

「うぅ……ダメぇ?」

「……」




「ほら。パンケーキだぞ」

「! たくさん乗っかってるやつだ!」

「この前食べたがっていただろう? お父さま特製十段パンケーキだ。ベリーのソースも作ったぞ」

「やったぁ! お父さま、大好き!」

「はっはっは。そうかそうか、大好きか」


 と、まあこんな風にな。

 自分でも思うがとんだ親馬鹿だったさ。


 ……何? 女子力が高い?

 いや、そう言われてもだな……できちゃったしな……。


 まあ、そこは置いといてくれ。

 こんなものあの子の我儘の中じゃあ序の口だったからな。


「お父さま! わたし、この髪型にしてみたい!」

「な、なんだこの髪型は……? 三つ編みをさらに編み込んで……この薔薇のような部分はどうなっているんだ!?」

「できない……?」

「む、むぅ……!」




「はっはっは、どうだミカ! できたろう!?」

「わぁ! すごいすごい! お花みたい!」

「ミカは髪が金色だからな。まるで金の薔薇みたいで綺麗だぞ!」

「ほんと? えへへっ、お父さまありがとう!」


 ふふっ、女の髪型を結えるようになったのもこの時からだ。

 毎日毎日『この髪型がいい!』なんて強請られてな……困ったものだよ。


 ……何? 女子力がペガサス盛り?

 いや、そう言われてもだな……できちゃったしな……。


 要は日々の積み重ねだからな。

 より苦労はしなかったよ。


「ねぇ、お父さま……私ね、お姫様みたいなドレスが着てみたい」

「ドレスだと? う、うーん……ミカにはまだ早いんじゃ……。それにああいうのはとても高いものでな……とてもじゃないが……」

「そっか……そうだよね。ワガママ言ってごめんなさい……」

「……」




「ミカ、お誕生日おめでとう。今日は良い子にしていたミカにとっておきのプレゼントだ!」

「これって……ドレスだ! やったぁ!」

「どうだ! ミカに似合うようにお父さまが作ったんだぞ!」

「お父さまが!? すっごーい! 仕立屋さんみたい!」

「ふっふっふ、知り合いに教えを乞うた甲斐があるというものだ……いや、本当にな」

「ステキ……! お父さま、ありがとう! 来年もお父さまの作ったドレスがいい!」

「そうかそうか! 任せろ……む? 今、聞き捨てならない言葉が……」

「お父さま、大好き!」

「……まぁ、ミカが喜んでくれるならいいか」


 それから毎年、誕生日プレゼントはドレスを作るようになった。

 貴族が着るようなドレスなんぞ、買ったらとんでもない値段になるからな。それっぽい布を買って仕立てた方がずっと安上がりだった。まあ道具はそれなりに高くついたがな


 ……何? 女子力を超えてママ力?

 まあ、母親が居ない分俺が母親代わりになってやろうという気持ちが無かった訳じゃない。


 ……何? そういう訳じゃない?


 と……兎も角だ。

 俺にとってミカは、それくらい愛おしい子供だった。家族だったんだ。目に入れても痛くないとは、まさにあれを言うのだな。


 そうしてミカが8歳の誕生日を迎えた年。

 ちょうど10年前だ。




 事件が起こった。




 それは俺が魔王軍を討つ遠征に出ていた時の話だ。


「団長!! 聖都から早馬が飛ばされてきました!!」

「なんだと? 要件はっ!?」

「わ、我々が遠征に出ている間……聖都が魔王軍の襲撃を受けたと!!」

「……なん、だと?」

「団長、いかがなさいますか!? ……って、団長!!?」


 その時の遠征は聖都を侵攻する魔王軍の大軍を食い止める為の戦いだった。

 当然、聖堂騎士団の戦力の大半を出動させての総力戦。聖都に残した戦力は必要最低限だった。


 だが俺達にとっての一大決戦も、奴らにとってはただの陽動でしかなかったのだ。


 魔王軍との死闘で負った傷を癒す間もなく、俺は部下の制止も聞かずに聖都へと急いで帰還した。


 そこで俺が見たものは……惨憺たる地獄だった。


「聖都が……燃えている……?」


 到着したのは夜中だというのに、空が赤々と照らされていた。

 数百年の歴史を持つ聖都が、猛々しく燃え盛る紅蓮の業火に焼かれていたのだ。その火勢もさることながら、聞こえてくる悲鳴と慟哭も凄まじかった。


「誰か、誰か助けてぇー!」

「子供が家の下敷きになってるの! 誰か手を貸して!」

「うぇええん……! パパ、ママ、どこぉ……?」


 そこにはすでに見慣れた街並みはなかった。


 悪魔から必死に逃げる者。

 悲しみに明け暮れる者。

 絶望に打ちひしがれる者。


 ああ、この世の地獄とはまさにこれを言うのか。

 地面に広がる血の海を以てしても鎮められぬ炎に、さっきまで生きていた人型のが黒く焼き焦がされていた。

 生まれて初めてだよ。ここまでの無力感を覚えたのは。

 それでも騎士としての矜持が俺を突き動かした。襲い掛かる悪魔を切り払いながら、何とか人助けに奔走した。


「大丈夫か!? 今助ける!」

「──団長!! ご無事だったのですね!?」

「その声……エレミアか!? 生きていたのだな!」

「お恥ずかしながら……!! ですが、今はそれどころではありません!! 団長はどうか教皇様の下へ!!」

「教皇様が……!? 分かった、ここは任せるぞ!!」


 途中、生き残っていた騎士にその場を任せ、俺は教皇の居る大聖堂へと向かった。

 敵の居城を攻め入るとして真っ先に狙うべきは相手の頭……それは人も悪魔も変わりはしない。


 俺は走った。

 火の中、血の中を。

 その途中だったよ。


「ミカは……?」


 炎に焼かれる聖都の中、俺は愛娘の安否が気になって仕方がなくなった。

 あの子はまだ8歳だ。聖都が焼かれているとして、一人で逃げ出せるほど大人じゃあない。遠征の際に面倒を見てくれる御仁に頼んだはいいものの、この状況の中では万が一ということも考えられた。


(だが……!!)


 俺は私欲を振り払い、教皇の下へと向かった。


 本当は今すぐにでも家に帰りたかった。

 ミカが居たならば『怖かったろう』と抱きしめてやりたかった。

 居なければ居ないで『すでに逃げたのだろう』と安心できたはずだ。


 それでも俺はディア教国聖堂騎士団長。

 一個人の意思を優先するわけにはいかないと、死んだ親友が俺に語り掛けているような気がしていた。


 血を吐くような思いで駆け抜けた俺は、とうとう教皇の居る大聖堂へと到着した。

 やはり大聖堂は惨憺たる有様であり、無数に群がる悪魔が守備に出ていた騎士達を惨殺している真っ只中だった。


 そんな悪魔共を切り払い、俺はいざ有事に教皇が居座る祭壇の間へと向かった。


 幸いにも大聖堂内にはそこまで悪魔が侵入してはいない。

 ならば教皇も無事だろう。無事なはずだ。


 そう己に言い聞かせ続けて足を進めたが……俺の幻想はまんまと打ち砕かれた。


 大聖堂の最深部、祭壇の間。

 普段は、ディア教の神を祀る石像と荘厳なステンドグラスが調和した、この世ならざる空間が広がっていた場所だった。


 そこは、地獄と化していた。


 無数に倒れる騎士の死体。

 ステンドグラスは燃え盛る業火の熱で割れ砕け、石像も何者かの手によって上半身から上が斬り落とされていた。

 そんな死屍累々を踏み越えた先の壁に掲げられた十字架には、一人の人間が磔にされていたではないか。


 威厳を覚える荘厳な祭服。

 代々教皇が受け継いだミトラ。

 そして、胸を貫く一本の権杖。


 貫かれていたのは……我々が敬愛する教皇その人だったのだ。


「そんな……教皇様っ!!」


 すぐにでも十字架から降ろそう。

 そう駆け出した俺の前に、一人分の人影が立ち塞がった。


「何者だ、貴様は!! そこを退けぃ!!」

「ま、待て、ベルゴ……そ奴は……!!」


 教皇が血反吐を吐きながら俺を止めようとしたが、当時の俺は怒りの余り耳を貸す余裕もなかった。


 だから、この惨状を作り出したであろう下手人と刃を交えた。

 だから、その顔を眼前で目撃してしまった。




「──レイ……?」




 数年前に死んだはずの親友の顔が、そこにはあった。

 一瞬、時が止まった。

 いや……理解できなくて、俺の思考が止まったんだ。


 そして、その隙を許してくれるような相手ではなかった。


 鋭い一閃が俺の体に浴びせられた。

 昔から頑丈だけが取り柄の肉体だったが、この時ばかりは防御も糞もなく、間もなく大量の鮮血が舞う光景を見た。


 まるで赤熱した鉄を押し付けられたかのような熱さが傷口に奔った。

 同時に全身から力が抜けた俺は、その場に跪くように崩れ落ちてしまった。


「レイ……なぜ……?」

「──」

「さがれ、ベルゴ!!」


 俺は振り上げられた剣に反応することもままならなかったが、磔にされている教皇が魔法で横槍を入れた。

 そのおかげで剣は俺を切り裂くことはなく難を逃れたが……。


 かつての親友が生きていたこと。

 そいつが俺に刃を振るったこと。


 すべてが俺にとって理解の外だった。

 敵の術で操られている可能性もあるにはあったろうが、当時の俺はその可能性さえ考えられぬほどに放心していた。


 もし、自ら権杖を抜いて降りてきた教皇が魔法で傷を癒してくれなければ、俺はその場で息絶えていただろう。そうでなくとも戦意を失っていた俺を屠るなど、あいつにとっては容易いことだったはずだ。


 しかし、教皇は俺にこう言った。


「ベルゴよ……お前はここから逃げろ」

「教皇様……?」

「今は逃げて、生き延びよ」

「ですが……私は……っ」

「──『我ら、灰より蘇る不死鳥の如く』」

「!」

「己が内に宿る火を絶やすな……それがいつか、魔王を打ち倒す反撃の狼煙となろう!」

「教皇、様……」

「ゆけい、ベルゴっ!!」

「っ……は!!」


 俺は、また逃げた。

 逃げることしかできなかった。


 教皇が命を懸けて繋いでくれた“火”を絶やさぬ為にも、一心不乱で逃げ続けた。

 俺は大勢の悪魔に追いかけられたが、幸いにも奴らは聖都の構造まで把握している訳ではなかったらしい。


 地下水路に逃げ込んだ俺は、傷を癒しながら外に出る機会を窺った。

 このまま水路から聖都の外まで出られたが、その前にどうしても確認したいことが一つだけあった。


(ミカは……ミカは無事なのか!!?)


 地下水路を辿り、家がある場所まで向かう。

 地上の全容を知っていれば、家近くの出入り口から出るのはそう難しいことでもなかった。


 そうやって俺が目にしたのは、焼き崩れた家と──。


「あ、あぁ、ああぁぁあ……」


 瓦礫の下。

 不出来な黒い人形。

 それが焼け焦げた木材ではなく人間だと理解したのは、炭化した皮膚から真っ赤な血と肉が覗いていたのを見てからだった。


「──……」


 それからの記憶は……よく憶えていない。

 無心で襲い掛かって来る悪魔を蹴散らしながら、何処へともなく彷徨っていた。


 そうしている内に辿り着いたのは、教団が運営している共同墓地だった。

 戦場で死した騎士の仲間はここで弔われる。


 死体が帰ってこなかったレイエルも、我が子を愛でる時間も与えられなかったアニエルも……。


「……待っていてくれ。今、そっちに向かう」


 俺は、騎士として散っていった者達を弔う墓前で両膝を着いた。

 そうして血まみれの剣の切っ先を、己の腹へと突き立てた。


 もう……どうでも良くなっていたんだ。


 死んでいたはずの親友は俺に刃を向け。

 想い人の忘れ形見をむざむざと死なせ。

 それでも生きろなどと──到底俺には耐えられなかった。


 震えた切っ先が皮膚をプツリと裂いた。

 すれば、瞬く間に鮮やかな血があふれ出してくる。


 ああ、もうすぐだ。

 もうすぐミカ達の居る場所へと赴ける。

 そう思えば真っ白な灰同然になった俺の心にも、ほんのわずかな安らぎが生まれた。


「──うぇぇええん……」


 手が、止まった。


「……泣き声?」


 どこからともなく聞こえてくる鳴き声。

 それは町を焼く業火の中でも、はっきりと聞こえた。

 そして少女の声だった。


「どこだ……どこに居る!!?」


 俺は必死になって泣き声の下を探った。

 幸いにも墓地に悪魔は居らず、煩わしい嘲笑や罵声に耳を惑わされることもなかった。


 故に、見つけるまでそう時間はかからなかった。


「……お前、は」

「お母さん……お母さぁん……!」


 墓地の一角に、倒れた母親とそれによりそう少女が居た。

 遠目から見ても母親は血の海に沈んでおり、間に合わない状態だと分かった。にも拘わらず、少女は涙を流しながら延々と母親の身を揺すっていた。


「……」

「お母さん……起きてよ。ねぇ、お母さん……!」

「……」


 俺は、なんて馬鹿者なのだろう。

 どうして教皇が命を賭してまで俺を生き永らえさせたのか。その意味を知った上で、無為に命を投げ捨てようとしていた事実が、あまりにも愚かしく思えてきた。

 恐る恐る少女に歩み寄った俺は、絞り出すように声を掛けた。


「ここ、は……ここは、危ない。早く、逃げよう」

「でも、お母さんが……」

「お母さんは残念だが……」

「ひっく……うああ、うぁああああん!」

「っ……!」


 他者に告げられ、ようやく少女も母親の死を受け入れたのだろう。

 箍が外れたように泣き叫ぶ少女を、俺は優しく抱きしめた。


──この子だけは。

──せめて、この子だけは。


 灰同然に崩れ落ちそうな俺の存在であっても守り抜かねば、と。

 今にも壊れてしまいそうな自分の心ごと抱き留め、俺は血と涙を流しながら聖都を後にした。

 道中で助けられた民は……そう多くはなかった。たとえ助けられたとしても傷が深く、逃げ延びる最中に命を落とした者も多かった。


 そうやって聖都を後にした俺は、どこへ行く当てもなく彷徨い……いつしかシルウァの村へと辿り着いたよ。


 村の住民は親切でな、流れ者の俺達も優しく受け入れてくれた。

 その恩を返すように手伝えることはなんでも手伝った。畑を耕すこともあれば、家の修理も請け負った。時折村の周りに出没した魔物なぞは率先して討ち取ったりもしてな。


 俺はそうやって村での居場所を作った。

 この子が不自由をしないように。

 何をしてでもこの子を幸せにしてやらねばと……その一心でな。




 そうして10年の時が経ったんだ。




 ***




「……察しの通り、その時に拾った子供こそベアティだ。少なくとも独り立ちできる年頃になるまでは面倒を見なくてはと……その思いで今日まで育ててきた」


 淡々と語っていたベルゴは、そこでようやく話に一区切りがついたのか、深々と息を吐いた。


「……これが俺の過去だ。どうだ、つまらない話だっただろう」


 そして、自嘲するように鼻を鳴らした。

 何に対しての自嘲か──それは親友を見殺しにしかできなかったことだろうか。

 それとも想い人の忘れ形見を守り切れなかったことか、国を守れず民の大勢を死なせてしまったことか……はたまた、それら全部か。


「それにしても」


 疲れた表情のベルゴがこちらに顔を向ける。


「号泣しているが大丈夫か?」

「「う゛んっ」」

「そ、そうか……」


 号泣、否、大号泣している俺とアータンを見たベルゴが、困惑したように返事を返す。


 いや、だって……こんなもん泣くでしょ。

 何がつまらない話よ。親友が死んだ辺りから涙を禁じえなかったよ。


「大゛変゛た゛っ゛た゛ん゛た゛な゛」

「う、うむ。そっちも随分大変そうだが……」

「ゔぇうごぁん、うぁあったえぅね……!」

「なんだって?」


 泣きに泣いてダミ声となった俺の声はギリギリ聞き取れたらしいが、涙と鼻水がズビズビなアータンは無理だったらしい。

 訊き返したベルゴは、わざわざ懐に忍ばせていたハンカチ──ピンク色に染められたかわいらしいデザインの──をアータンに渡し、惜しげもなく鼻をかませていた。


 ちーんっ、と鼻をかむ音が辺りに響き渡る。


「ずびっ! ……ベルゴさん、辛かったですね。そんな過去があっただなんて」

「……辛い思いをしたのはベアティの方だ。この10年間、俺はあの子の親代わりだったが……きっと俺を憎んでいるだろうな」

「そんな!」


 アータンは咄嗟に否定しようと声を上げるが、ベルゴはううんと首を横に振った。


「あの子が辛い思いをしたのは俺が騎士として情けなかった所為だ。俺がもっと強ければ、故郷も、そして家族も失うことはなかった」

「ベルゴさん……」

「俺とてあの子には親として愛情を注いできたつもりだ。だが、そこに贖罪の気持ちがないと言えば嘘になる」

「そんな……」

「こんな俺があの子の親を名乗ろうなど……そんな資格、俺にはないさ」

「そんなことありませんっ!!」


 ぴしゃり、と。

 暗い闇の中にアータンの叫びが響き渡った。


 思わぬ反応に驚いたのか、さっきまで暗い顔を浮かべていたベルゴもこれには目を見開いている。

 一方でアータンは、先ほど拭ったばかりの目尻にこれまた大粒の涙をこしらえ、ベルゴをじっと見据えていた。


「ベアティちゃんの親の資格がないだなんて、そんな悲しいことを言わないでください」

「君は……どうしてそこまで?」

「お願いですから……!」


 再び号泣しそうになるアータン。

 これでは話すのもままならないだろうと、代わりに俺が前に出る。


 任せろ、アータン。

 お前が言いたいこと、俺にも痛いほどよく分かるよ。


「……この子も魔王軍に故郷を滅ぼされてな。その時、唯一生き残った姉と生き別れになっちまったんだ」

「!」

「その後はまあ……色々苦労してな。でも、この前ようやっと姉を育ててくれた親御さんに出会ったんだ」


 無論、アイベルん家のことだ。

 パーターさんもマーターさんも、今頃元気にやっているだろう。村再建中はビュートも居るだろうから、悪魔の襲撃もへっちゃらだ。


 まあ、それは良いとしてだ。


「その親御さん、養子の妹アータンにも『ぜひうちの子に』って乗り気でな。最初はこの子も悩んでたんだ。自分を家族に誘ってるのは、ただ養子の姉と血が繋がってるからだけじゃないか、って……」

「……それでどうしたんだ?」

「ははっ、んなもんただの杞憂よぉ! 向こうはんな小難しいこと考えちゃいなかったよ。姉の方から散々話を聞かされてたらしくてな、はなっから娘にする気満々だったのさ」


 いやぁ、あの親馬鹿っぷりは見ていて微笑みを禁じえないわ。

 見ているだけでだんだん顔がニヤけてきちゃう。温かい家庭っていうのはああいうのを言うんだなってしみじみしたもの。


 そうだ、あそこは確かに“家族”だったんだ。


「血の繋がりなんて大した問題じゃない。親が子を、子が親を。互いが互いを家族だと思えば、そいつらはもう立派な家族なんだぜ?」

「──」

「だからアンタとベアティも……アンタがベアティを大事な愛娘だと想ってるんなら、親の資格がどーのこーのとか関係ねぇ。一番大事なのはアンタの気持ちと……ベアティがアンタを親と思ってるかじゃねえの?」


──そうだろアータン?


 そんな風に目配せすれば、鼻を啜り、涙を拭っていた少女がにぱりと笑みを咲かせた。


「うん! ベアティちゃんが言ってました。ベルゴさん……お父さんは自慢の父親だって」

「!」

「だからもう二人は親子なんです。血なんかよりずっと固い想いで結ばれた……!」


 涙を流しながら、アータンは訴える。


 それは紛れもない心からの叫びだった。

一度は家族を失い、離れ離れになり、それでも新しい家族と生き別れた姉と繋がりを持った少女の実体験を伴った意見。


 だからこそ、義理の親子関係を結ぶベルゴにとっては──。


「っ……!」

「ベルゴさん……」

「……そうだな、俺はなんて馬鹿な考えを」

「ベルゴさんはベアティちゃんのこと……家族だと思ってないですか?」

「そんなことはないっ!!」


 涙をまき散らしながら、今度はベルゴが叫んだ。

 今は残された臭いを辿らねばならぬというのに、大量の鼻水を垂れ流しながら、


「あの子は俺にとって……世界で一番大切な家族だ!! 愛する家族だ!! だからこんなにも守りたい!!」

「じゃあ、もううじうじ悩む必要はねえな」

「無論だ!!」


 涙を拭ったベルゴは、しかと前を見据える。

 そこには背負った十字架など関係なく、ただ純粋に家族を救おうとする父親の背中があった。


 しかし、今はそれが何よりも力強く頼もしい。

 家族を守ろうとする父親とは斯くも立派なものなのか。


 これでこそベルゴだ。

 守りたいものを前にしたこいつは、どんな相手にだって勝ちかねない覇気を放つ。


 ……というのも、俺はゲームで何度かベルゴに負けたからね。うん。

 薄々察していると思うがこのベルゴというキャラクター、しっかりとギルシン本編に登場してくる。


 登場シリーズは『ギルティ・シン外伝 悲嘆の贖罪者スケープゴート』。

 皆様ご存じ、我らが天使ことアータンと同じ作品に出てくる。

 立ち位置としては物語中盤に出てくる中ボスだ。元聖都ことドゥウスで遭遇した謎のアンデッド騎士として、原作主人公に襲い掛かってくるのだ。


 その時点では何のバックボーンもないポッと出のキャラクターであるが、死に際の意味深なセリフと収集要素であるアーカイブを確認すると、今語られたような過去の出来事を把握することができる。


 ……のだが、このベルゴはアータンに勝るとも劣らない悲劇に見舞われるキャラクターなのだ!


 聖都が魔王軍の手によって陥落し、シルウァの村に移住するまでは同じ。

 養子として育てた娘が村の青年と結婚することになり、ようやく暗い過去から立ち直れそうになった……まさにその時! 野暮用でベルゴが村を離れていたタイミングで野盗が村を襲い、村の住民は惨殺。

 娘も連れ去らわれたベルゴは必死に足取りを追い、とうとう娘を見つけた──が、しかし、安い娼館に売り払われた娘は劣悪な環境で病に伏し、父親と再会する前に病死。


 その亡骸は娼館近くの川に投げ捨てられ、そこでベルゴは物言わぬ亡骸を抱き抱え慟哭するのだった──。


 うーん、悲惨。

 思い出すだけで胃がキリキリしてきちゃった。辛い。耐えられない。誰か俺に度数高めの力強そうなアルコール飲料を寄越してくれ。

 巷では亡骸を抱き抱えるベルゴのスチル絵が宗教画とか言われているが、あんな邪悪な宗教画があってたまるか。見た者全員胃に穴が開くわ。


 そもそも三度も故郷を滅ぼすな。

 本編のアイベルでさえ二度だぞ? 超えるな、そんなところで。


 でも、ここまでなら物語に干渉しない一般人の悲劇でしかない。

 だがしかし、何の因果か本編では壊れた人形のようになったところを偽物勇者一行に拾われることになるのだ。

 なんでも二度も娘を失った耐えがたい現実から逃避するように、すでにパーティーに居たアータン(原作)に娘の面影を見出し、彼女を守り抜くことを生きる気力にしたらしい。


 そうやって元騎士団長がパーティーに入りウハウハの偽物勇者であったが、運悪く“大罪”を求める魔王軍の襲撃に遭う。

 ロクに戦えない偽物勇者は真っ先に逃げ、代わりにベルゴがアータンを守るべく殿を務めるのだが奮戦虚しく──。


 悪魔に殺された後、屈強な肉体は魔王軍に改造され、地上侵攻勢力の一つとして利用されるのだった。


 そして──いや、これはいいや。


「とにもかくにもベアティは助ける! 元騎士団長が居るなら心強いことこの上ないぜ!」

「昔の話だがな……まあ、鍛錬は欠かしてはいない。そこいらの雑魚に遅れを取るつもりはない……!」

「そして俺はプルガトリア一の勇者! さらにさらに! ここに居わすはプルガトリア一可愛いアータンが!」

「可愛さは強さに関係ないよねっ!?」

「いいや、俺の強さに直結する」

「強化要員!?」


 俺はね、アータン……お前に応援してもらえるなら、赤い変態や魔王ぐらいボコボコにしてやれるんだよ。

 ポンポン持ったチア姿のアータンが『頑張れー☆』なんて恥じらいながら応援してくれた暁には、オールステータスMAXの最強無敵勇者が爆誕する。これは嘘じゃない。


 そうでなくとも、今ここにはベアティ救出に十分過ぎる戦力が揃っている。

 雑魚悪魔ばかりの烏合の衆なんぞ相手じゃあない。


「どうせ向こうも逃げ帰って消耗してるだろう。闇に乗じてボコボコにしてやろうぜぇ……!」

「おおよそ人を助けに行こうという人間のセリフじゃない……」

「お前も助けに行くんだよぉ! ケヒャー!」

「悪役の笑い方?」


「……フフッ、ハハハハッ! お前達は愉快なパーティーだな」


 俺とアータンのやり取りを見て、ここまで暗い顔か真面目な顔ばかりを浮かべていたベルゴが破顔する。


「なんだかな、お前達と一緒ならどうとでもなるような気がしてきた」

「へへっ、気づくのが遅いな。俺とアータンが居るなら、どんな相手も敵じゃあないぜ」

「が、頑張りますッ!」

「うむ! 共に力を合わせてベアティを救おう!」


 ベルゴの雄叫びを皮切り、再び足早に歩を進める俺達。

 そうすれば間もなく闇の中に不気味に佇む一つの廃城が見えてきた。どうやら血の臭いもそこに続いているらしい。




「さあ、行くぜぇ……! ベアティ救出作戦開始だ!」

「「「おぉ!」」」




 悪魔が巣食う廃城までもう少し。

 俺のフィクトゥスとイリティムも血を求めてるぜぇ……ケヒャー!!

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